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75. 領地視察が始まりました

 うわー、とローレンスと部下達が口を開けて庭を眺める。


「――こちらフェリシテ様が作成した、青い池でございます。こちらが温泉を引いて出来た入浴場。そしてこちらは現在、大好評をいただいております、ミョウバン水の詰め込みをする作業場でございます」


 執事のジュールの案内で、ゾロゾロと別荘の敷地内を視察していたローレンス一行は、庭園の中のガゼボへ案内されて座り込んだとたん、大きな溜息を吐いた。


「一年ぶりに来ましたけど、別荘、変わり過ぎじゃありません⁈ 何あの綺麗な池!入浴場もあるなんて、羨まし過ぎですよ……!」


 ローレンスの部下のひとりが興奮して本音を漏らし、無言で隣の同僚に口を塞がれる。

 今日は年一回の領地視察の為に別荘を訪れているのだ。遊びではない。


 先代の時代に税を徴収する管理人達が不正をし、混迷を極めた事から、年に一度、ヒューイットが信頼する補佐官3人が中心になって、各地方へ抜き打ち視察を行う事を決めたのだ。

 今回の視察はコレラの被害状況を確認しつつ、地域に必要な補助を割り当てていく大切な役目を兼ねてもいる。

 ローレンスはコホン、と咳払いして向かいに座るフェリシテへ改めて挨拶をした。


「フェリシテ嬢。本日は快く視察にご協力いただき、有難うございます。そして、その……昨日届いた宝石についてもお礼を――」


 丁寧に言いかけて、ローレンスはわっと泣いた。


「――お礼は言うけど! ヒューイット様が怖かったんだからな! 俺の命が惜しかったら、もう二度とサプライズなんてするんじゃねぇーーーー‼」


 さめざめと泣くローレンスに、はて?とフェリシテは首を傾げた。


「……宝石、贈っちゃダメでしたか?」

「ははは、いや、大丈夫ですよ。面白かったので!」


 部下達が楽しそうに請け負い、ローレンスが「面白いじゃねーよ!」と突っ込む。


 * 


   ――――説明しよう。果たして、昨日何があったのか?

 

 部下達はお気楽にしているが、昨日、工房からローレンス宛にフェリシテから宝石が届き、本邸は阿鼻叫喚に包まれた。


 その届いた宝石と言うのは、先日、コレラ騒ぎになる前に宝石職人の工房へ細工の依頼をしたもの。

 忙しくてすっかり忘れていたが、別荘の裏山から採取したアメジストのジュエリーだった。


 昨日、フェアファックスの本邸で仕事をしていたローレンスは、ヒューイットと執務室でいつもの様に仕事をしていたのだが、そこへ宝石を依頼した工房から荷物が届いたと報告を受けた。


 そう言えば、工房に宝石を預けていた事を思い出したローレンスは、ヒューイット様宛だな、とすんなり受け取ろうとした。

 ところが、宝石箱を抱えた工房の職人が「こちらはフェリシテ様から、ローレンス・カッセル様へ贈り物です」と、のたまった為に「どういう事だ⁈」と執務室にいた全員に衝撃が走ったのだ。


「へ……?」


「こちら、ご確認くださいませ。ご注文のジュエリーはクラバットピン(現代ではネクタイピンに相当するもの)でございます。中央のストーンはお預かりした石をカボッションカット(丸く磨いた形)にしたスターアメジスト48カラット。カッセル様は騎士との事で、ストーンの周囲をプラチナのモールで囲み、ターラントチェーンで吊り下げたタッセルで、飾緒(騎士服の肩に下げられた紐のこと)を模したデザインとさせて頂きました。こちらのアメジストは、非常に珍しいインクルージョン(内包物)を含み、通常、サファイアやルビーに現れる6条のアステリズム効果(スター効果)が発現しており、大変希少なものとお見受けします。この度は貴重な宝石をお預かりできて光栄でございました。またのご来店をお待ちいたしております」


 やたら高そうなシルクで裏打ちされた宝石箱をローレンスの手に置いていかれて呆然としていると、ガブリエルが奇声をあげて覗き込んだ。


「うっそ、何これ⁈ スターアメジストって冗談かと思ったら、本当じゃないの! クラリティも色も最高ランクだし、細工がプラチナですって? ローレンスにはもったいない!……じゃなくて、何でこんな高価な物をローレンスが貰ってるの? どう言う事か吐きなさい……!」


「は?どういう事って……くっ、苦しい、苦しいって、締めるの止めろ……‼」


 ガブリエルにガクガクと襟首を締め上げられて、ローレンスがもがく。


「――この緻密な細工、おまけに初めてお目にかかるスターアメジスト……こんな高級品を何故、フェリシテ嬢がローレンスに……? ヒューイット様さえもらった事が無いのに、どういう事だ……⁈」


  あ。


 エリオットが動揺して、ついぽろりと口にしたセリフに、補佐官3人が凍り付いた。――滅多な事では動じないヒューイットも凍り付いている。


「い、いや、ジュエリーって本来は、男性から女性へ贈るものだろう⁈ フェリシテ嬢から俺になんて、何かの間違いじゃないか……⁉」


 エリオットよ、空気を読め!と、だらだら冷や汗をかきつつローレンスが反論する。だが、ヒューイットがその言葉にさらにダメージを受けたのは予想外だった。


「うっ……す、すまん……そうだな……フェリシテ嬢へ碌にプレゼントを贈った事も無いのにショックを受けるなど……そんな資格は無いな……」


 冷静を装っているが、ヒューイットの握る羽ペンの先がプルプル震えてインクが飛び、書類が水玉模様になっている。ヒューイットがしゅんとしているのが分かって、ローレンスは内心でヒイイィ……‼と悲鳴を上げた。


 通常、貴族のご令嬢はプレゼントを貰うのが専門で、男性にあげるのは刺繡入りハンカチとか手作り御守りとか、ほぼ小物に限られる。

 いきなり高額のジュエリーを贈ってよこされたら、何か深い意味があるのではと思われても可笑しくない。

 

 フェリシテ嬢は何考えてんの⁈ 誰か助けてー!と言う必死の祈りが通じたのか、家令のディケンズがこれまでに見た事が無い速さで廊下を駆け抜けて、バァーン!と扉を押し開け、執務室へやって来た。


「ひ、ヒューイット様!フェリシテ様から贈り物でございますっ……!先程とは別の宝石工房から、職人が参りました……ッ‼」

「お、おおっ……!ヒューイット様、贈り物ですってよ!ささっ、早く見てみましょう……!」


 天の助けとばかりにホッとした補佐官達だったが、工房の職人が開いた宝石箱の中身を目にした執務室にいる面々が、再び固まる。


「奥様から、領主様への贈り物でございます。ご確認下さいませ。オーダーいただきましたのは、クラバットピン、ブローチ、カフスのパリュール(3点セット)で、ストーンはお預かりしたスターアメジストを使わせていただきました。クラバットピンは85カラットカボッションカットのストーンの周囲にプラチナ細工のノット(ケルト式編み模様)を配し、縁どりにメレダイヤ(小粒ダイヤ)を散りばめました。ブローチは22カラットカボッションカットストーン5つを使ったクロス(十字架)で、ピアッシングによる繊細なオープンワーク(レース状の細工)を施しており、一部に3カラットマーキスカット(ラグビーボール型)のサファイアを合わせております。カフスは36カラットカボッションカットストーンにプラチナのスクエアノット、縁取りにミルグレイン(粒状細工)を施し、ブラックダイヤと菫青石をアクセントに致しました」


 うやうやしく工房の職人が、ヒューイットの手に宝石箱を渡す。

 燦然と輝く豪華なジュエリー3点セットが眩しい。


「それと奥様から言付けを預かっております。ローレンス様にはオーダーの際、苦労をかけてしまったのでそのお詫びとお礼を、領主様へは、きっとお似合いになるだろうから、普段お世話になっている事へのお礼を贈りますとの事でございます」



 ……………………えっと、これって、お幾らするの?



 確か、アメジストについてはヒューイットからまだ資金を渡していないはずなので、フェリシテのポケットマネーから支払いされた事になる。


 奥様の金銭感覚はどうなっているんだ⁈

 この日、本邸内の隅々までこの話が駆け巡り、新たな奥様伝説が出来上がったのだった。


 


 


 

*作中のスター効果が出ているアメジストは、現存しておらず、創作となって

 おりますのでご注意ください。

 (もしスターアメジストが採れたら、とんでもない希少石になると思います)

 そのため、今回は色が似ているヴァイオレットスターサファイアと言う

 紫のサファイアをジュエリーの参考にしました。

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