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74. 魔法使いではない証明2

 次に訪れたローリーの家は、町外れの納屋のある一軒家でかなり大きかったが、手入れが行き届いていないらしく、漆喰の壁がひび割れたままになっていたり、雨どいが壊れていたり、困窮が見て取れた。


 ローリーの家は4年前のコレラで父親を亡くし、母親もコレラの後遺症で体調が悪くなったまま寝たり起きたりの生活だと言う。

 それを幼いローリーと姉のふたりの姉妹が支えていたらしい。

 


「――まあ、ローリーの勤めているお屋敷のご主人様なの?いつも娘がお世話になっております。せっかく来ていただいたのに、碌におもてなしも出来なくて、すみません」

「いえ、突然訪問して、こちらこそすみません」

 

 ここ数日ベッドで寝たきりだったと言うローリーの母親は、やせ細っていて顔色が悪かったが、一見元気そうである。

 ローリーの母親が普通の病人である事にホッとしたフェリシテだったが、先程のレオンの父親の件もある。予想外が起こらないよう慎重にいかねばならない。


「あの、ローリーのお母様。お加減はいかがですか?今はどういう症状が出ているか教えてもらえますか?」


 フェリシテが神妙な面持ちで質問すると、ローリーの母親は目を丸くした。


「まあ、貴族の方が私に敬語だなんて……!ローリーは良い方にお仕えしてるのねえ」


 パァーッと笑顔を全開にして、ローリーの母親が答える。


「今日はだいぶ調子が良いですわ。普段は食欲が無かったり、吐き気がしたり、頭痛や皮膚炎が酷いんです。でも、この前ローリーに皮膚炎のお薬を買ってもらいましたのよ。これがよく効くんです。きっとお薬のお陰ね……!」

「それは良かったですね」


 ローリーの母親が、嬉しそうに枕元のサイドテーブルにあった手のひらより大きい瓶に入った塗り薬を見せてくれた。

 医師の処方の物ではないが、きちんと薬局で購入した品だ。フェリシテもつられて笑う。


 ……しかし、皮膚炎?

 医者では無いので単なる素人の直感でしかないが、さっきのレオンの父親とメリッサには似た様な感じがあったが、ローリーの母親はあの二人とは病気が違う気がする。

 フェリシテは内心首を傾げた。


「皮膚炎はいつごろから出ていましたか?」

「え?ええと……いつからだったかしらね?」


 再度質問するとローリーの母親が考え込む。ん?と思っていると、ローリーが横から答えてくれた。


「すみません。時々頭がぼんやりするみたいなんです。皮膚炎は、コレラに罹った次の年から出始めました。初めは左手の甲に何かにかぶれたみたいな小さな湿疹ができて、年々両手や足にも広がって皮膚がはがれるようになりました」


 確かにローリーの母親の寝間着の袖からのぞく手の甲に、赤く変色して炎症を起こした部分が見える。

 

「……やはりメリッサやレオンのお父様とは、病状が違う様ですね……」


 これはもしかして、ビネガー漬けで症状改善が見込めないのでは――そう思いつつフェリシテが呟くと、ジェシカがローリーの母親の手の炎症をまじまじ観察して言った。


「ああ、この皮膚炎。去年治りましたけど、メリッサも小さいのが3年前に出てました。これも近所の人達にも時々出てますよ」

「えっ⁈貧血だけでなく、この炎症を患っている人も多いんですか?」

「はい。すぐに治る人と悪化しちゃう人がいるみたいです。これにも多分、ビネガー漬けが効くと思うんですけど」


 ――???


 フェリシテは腕を組んで首をひねった。

 ジェシカの話が本当だとすると、貧血で咳が出て吐き気がして、頭痛がして皮膚炎になる病気なんてあっただろうか?


  頭の中で、以前見た医学書を思い出す。

 貧血は循環器、咳は呼吸器、吐き気は消化器、頭痛は脳神経、皮膚炎は……外皮の症状か。

 こんなに見事にバラバラな部位へ異常を呈する病気って、何だろう?一つの病気でなくて、複数の病気が関連しているとか?


 ローリーの母親だけでなく、他の人達にも同じく皮膚炎が出てると言う話だから、家によくある物の中にアレルギーを引き起こす物があるのだろうか?

 一緒に暮らすローリーにうつっていないから、感染性ではないはず。

 

 フェリシテは、真剣にローリーの母親を見回した。

 許可を取って皮膚炎が出ている部位を見せてもらうが、手の甲と足の甲、あとは首回りにしか無い。

 不思議な事に、衣服で隠れている場所には皮膚炎が無いらしい。


 寝間着やシーツがリネンだけど、リネンが肌に触れている背中や腕、脚は何ともないらしいので、リネンアレルギーでは無い。

 マットレス代わりの藁も違うだろう。

 藁につくダニが原因であれば、家族にも皮膚炎が出ないとおかしい。

 汗もすぐ乾く部分だし、ゴムで締め付けて擦れる部分でもない。

 ただ、そうすると他に皮膚へ接触するような物が無いので、炎症を起こす物質がさっぱり分からなくなる。

 ――まさか何らかの病気の二次性の症状だったりするのだろうか?


 うーん、と悩んでいると、ローリーの母親が不思議そうな顔で尋ねて来た。


「ローリーのご主人様は、何か悩んでるんですか?さっきからお医者さんみたいな事をされてますけど」


 まさかのご主人様呼びに、椅子から転げ落ちそうになる。

 突っ込もうとしたら、それよりいち早くローリーが椅子から立ち上がり、グッと胸を張った。


「――聞いて母さん。何と奥様は、“魔法使い”なのよ……! 今日は母さんの病気を治しに来てくれたの。凄いでしょう!」

「ちょっ……⁈」

「そうなんです!私の妹が病気で寝たきりになっていたのを治してくれて、ベッドから起き上がって歩けるようにしてくれたんです‼」

「まあっ、魔法使い⁈ 私、小さい頃から魔法使いに一度会ってみたかったのよ……素敵だわ……!」


 拳を握りしめたジェシカも熱弁をふるってしまい、あっさりローリーの母親が信じて大喜びする。

 止められなかったフェリシテは、椅子の上で灰になりかけた。


「……あのー、私は魔法使いでは無くて……」


 盛り上がる3人へ訴えかけようとすると、何故かフッ、とジェシカとローリーが口元に笑みを浮かべ、フェリシテへ自信満々に謎の目くばせをした。


「――ええ、奥様。皆まで言わずとも、分かっておりますとも……!」

「ご心配なく。無闇に言いふらしたりは致しません……!――奥様が魔法使いと言うのは、極秘事項なんですよね⁈だから、言えないんですよねっ」

 

 ――――何故か知らない設定が出来上がっていた。


「まあっ……ワクワクするわ……!貴族のご婦人の姿は世を忍ぶ仮の姿なのね……!因みに、どんな魔法で治して下さるのかしら⁈ 呪文?ポーション?それとも魔法の粉とか⁉」


 ローリーの母親が感激している。

 ――壮大な話になっているが、酢漬けを作るだけなのだが。


 もはや普通の人じゃなくなってしまってきている。どう訂正すればいいのだろうかと考えていたが、ついに訂正できず、フェリシテは、こっそり世を忍ぶ魔法使いと呼ばれる様になってしまった。

 

 これはこれでプレッシャーがかかる。

 杖の一振りで病気を治せればいいけれど、生憎、本物の魔法使いではない。


 ――――さて、どうしよう?


 メリッサやレオンの父親、ローリーの母親を治さねば魔法使いの名が廃るな、とフェリシテは思った。

 皆の夢を壊すのもなんだし、ちょっとは期待に応えられるように頑張ろう。

 取り敢えず、ビネガー漬けがヒントになりそうだと思い至り、その日からフェリシテはビネガー漬けの分析を開始したのだった。



 

 





 

*ご覧頂きありがとうございます……!

 いくつか誤字訂正致しました。

 なかなか手が回らず直せていない部分もあり、申し訳ありません。

 誤字を教えて下さった方、ありがとうございます。感謝!

 

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