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71. 暁の魔法使い

  ジェシカの家から帰路についたフェリシテは、途中でエインワースの町医者の所に寄り、ジェシカの話の検証を行った。

 

 ところが当然と言えば当然なのだが、メリッサの診察には行ったことはあるが、ジェシカの家の近所の人達を診察した事が無いので、近隣の人達がメリッサと似た症状が出ているかや死因が同じかは分からないと言われてしまった。

 ただ、貧しい人々が多く、亡くなる人も多い様だと言う事だった。


「冬季は食料が少なくなりますから、保存食が買えない人達が飢えて弱り、春に亡くなる事は良くありますね。後はコレラの後遺症で体が弱っていて、寒さに耐えきれなかったり。領主様が食糧配給はしてくれてますが、予算に限りがありますし、薪や石炭までは配給されませんから――」


 グレーの髪をした中年の町医者は親切に教えてくれたのだが、近年のコレラの発生回数を聞いて唖然としてしまった。

 皆の口ぶりで3~4年に一度コレラが発生すると思っていたが、過去5年間では、4年前と去年、今年と3回も発生していたらしい。むしろ発生しない年のほうが少ないではないかと呆れ返る。


 コレラ対策をするより隣のコレラ発生源のミルドレッド領主をしめた方が永久に安心かもしれない――と物騒な考えもよぎる。



 ――――それにしても、考えることが多過ぎじゃなかろうか?

 グランデールは心配だし、メリッサや流民も、問題が山積みだ。


 屋敷に戻って、私室で帳簿をつけながらフェリシテは頭を悩ませた。


 *


 

 オレンジとレモン。セージ、ローズマリー、タイム。


 レッドカラント、ラズベリーにザクロはビネガーに。レモンとオレンジスライスは蜂蜜に。



 ――――翌日、フェリシテはせっせと保存食を作っていた。

 以前、ローズウォーターを作った野外厨房は、丸ごとフェリシテが使って良い事になっている。

 ここは地下に広々した食料貯蔵庫があり、ラザフォードの冬は長いと聞いたので、栽培したハーブ類や保存食をたくさん保管しておくつもりだった。


 外はミョウバン水を汲む作業をする人達の声で賑やかだ。

 ミョウバン水は売り上げが好調で、使用人達が張り切って作業してくれており、執事のジュールとウォルターが交代で監督するため、最近はウォルターも忙しい。

 

 忙しいと言えば、ローゼル商会は現在、コレラが南部にも拡大するのでは……と恐れる貴族たちの要望でキニーネをあちこちに配送しているとミョウバン水を運ぶ馬車の御者から聞いた。

 しかし、商人の鑑のルマティは右肩上がりに売れるミョウバン水の売り上げをしっかり把握しているらしく、『増産していただいてもさばけますよ‼ 増産大歓迎でございます!』という内容の手紙をよこした。


 ……世の中には、人に話せない悩みを抱えている人が多いのだな、とフェリシテは遠い眼をした。

 

 桃とレッドカラントをシロップ漬けにして、ラズベリーとレモンバーム、オレンジとミント、ザクロとローズヒップをビネガーに、ブラックカラント、ピーチとシナモンは白ワインに入れる。

 後はカモミールとリンゴ、レモンとミント、オレンジとローズマリー、ブルーベリーとラベンダーを蜂蜜に漬けてハーブハニーも次々と出来上がった。

 このあたりは蜂蜜やビネガーに入れるだけなので簡単に出来る。

 

 さて次はジャムを……と大鍋を手にしたところで、フェリシテは背後の窓からのぞく小さな頭に気付いて手を止めた。


 この屋敷で小さな子と言ったら一人しかいない。


「ロビン?」


 近寄って窓を開けると、「ひゃっ⁈」と逃げ遅れたロビンが後ろにのけぞり、引っくり返って尻餅をつく。

 見つかっちゃった!と言う表情で慌てているので、つい笑ってしまいつつ、フェリシテはロビンを手招いた。


「気になるなら、こちらで見ていて構いませんよ。確か今日は仕事がお休みでしたよね?保存食を作っているだけですが、よかったらどうぞ」


 ――ロビンは屋敷で雇っている唯一の小姓で、9歳の男の子だ。

 この子は元々、この屋敷で父親が働いていたのだが、4年前のコレラで家族全員を亡くして一人きりになり、当時は同じような状況の子が多かったため孤児院にも空きが無くてこの屋敷に引き取られたらしい。


 草取りや薪運び、庭掃除など使用人の手伝いをして、誰かの後をちょこまかついて歩いているのをよく見る。

 特にウォルターに懐いていて、傍から見ると孫とお爺ちゃんみたいで微笑ましいのだが、最近、ウォルターがミョウバン水の仕事で忙しいから、手持無沙汰になっているのかもしれない。


 あまり接点がないので、ほとんど喋ったことは無かったのだが、何やら変わった事をしているフェリシテを好奇心で覗いていたのだろう。

 大人しい子なので人見知りして逃げてしまうかなと思ったが、厨房のドアから恐る恐る入って来たロビンを見たフェリシテはホッとして彼をイスに座らせた。


「何か気になる物がありますか?」


 ここはフェリシテ専用なので、使用人達が入ることはまず無い。

 だが、基本的に調理場はどこも似た様な造りなので、変わったものは無いはず。

 物珍しそうにキョロキョロするロビンに、フェリシテは首を傾げた。


「……あの、何を作っているんですか?」


 少しそわそわしながらも、お行儀よく座ってロビンが尋ねる。

 同じくらいの年なのに、ジェシカの弟たちとは大分違う様だ。

 動き回りたい年頃だろうに、かなりしっかり自制できているのは凄い。


「冬に栄養補給するための、保存食を作っているんですよ」


 フェリシテは今作ったばかりのフルーツビネガーや蜂蜜漬けを見せた。


「えいよう……ですか?」


 ――しまった。一般の人々は本を読まないから、栄養素と言う概念を知らないんだった。

 栄養素は最近になって学者が発見したもので、学界でも新規の説のため認知している人が少ない。フェリシテは偶然、入学していたアカデミーの図書室で論文を読んで、面白かったのでその学者の研究を調べていたのだ。


「ええとですね、食べ物には人の体を元気にする力があって、食材によって力が違うんですよ。その力を"栄養"と偉い学者の方が名付けたんです」


 へえ、と目を丸くして聞いていたロビンは「……まるで魔法使いみたいです」と呟いた。


「魔法使い?」


 妙な事を言う、とはよく言われるが、予想外な反応に、フェリシテがキョトンとする。


「えっと、あの……絵本で見たことがあります。魔法使いは色んなハーブでお客様の悩み事を治して元気にするんです」


 言いながら、ロビンは赤面してぼそぼそ言った。


「す、すみません、子供みたいなことを言いました」


 ――いやいや、子供らしくて可愛い。小さい子には本当に癒されるなあと、ほっこりする。それに、そこまで言われたら、期待に応えないといけないのではないか?

 フェリシテは「ちょっと待っていて下さい」と言って、様々な種類のハーブを入れた瓶を漁った。


「では、ロビンに幸運が訪れるお茶を差し上げましょう!」


 調子の良い事を言いながら、フェリシテはピッチャーに水を入れ、ガラス瓶からハーブを取り出して入れた後、棚からグラスを2つ持ってきた。

 ついでに、おやつにしようと用意していた紅茶とオレンジのマフィンとショートブレッドを皿に盛り付け、テーブルに置く。


「さて、ご注目。こちらのピッチャーのハーブティー、よく見ると、何と夜空の様な綺麗なブルーに染まっております」


 そう。ガラスのピッチャーの中の水がハーブを入れた後から、みるみる青く染まって行くのをロビンは驚きながら見つめていたのだ。

 何これ⁈と叫びたい衝動をこらえ、ロビンはハッ、と息を飲んだ。


「……蓮池の水も青くなってました……!やっぱり、奥様は水を青くする魔法が使えるのでは……?」


 ――――いや、どんな魔法だ。

 えらくマニアックで、どんな池も観光地にするくらいしか使い道がない。

 フェリシテは真面目くさって、首を振った。


「ところが、これはただの青いハーブティーではないんです。実はグラスに注ぐと……」


 言いながら、テーブルの上のグラスへ青いハーブティーを注ぐ。

 するとグラスに注いだ瞬間、ハーブティーがぱあっと愛らしいピンク色に変化し、ロビンは歓声を上げて拍手した。


「わあっ、ピンク色になった⁈すごい、本当に魔法だ!」


 興奮して無垢な尊敬のまなざしを投げかけて来るロビンに、フェリシテは笑って種明かしした。


「じつはこれ、魔法じゃなくて、マロウと言うハーブなんですよ。このハーブティーは面白くて、レモン汁を混ぜるとお茶の色が綺麗なピンク色になるんです。グラスへ先に、さっき作ったレモン入り蜂蜜を入れたんです。だからお茶を注いだとたんに青からピンクに色変わりしたんですよ」


 どうぞ、とフェリシテからピンク色のハーブティー入りグラスを手渡されたロビンは、説明を聞いたものの、夢見心地でお茶に見惚れた。

 不思議なだけでなく、とても美しい透明なピンク色だからだ。


「味は蜂蜜とレモンの味です。この色変わりが、夜が明けて朝になる様だと言われていて、マロウティーは別名"夜明けのハーブティー"と呼ばれるんですよ」


 フェリシテがそう言って、ロビンにお菓子を勧める。

 

 ――奥様が来る前は、お菓子なんてほとんど食べた事が無かった。

 ロビンは今でもお菓子を食べる時、いいのかな?とドキドキしながら食べてしまう。

 砂糖は贅沢品だから、普通は使用人にこんなに気軽に振る舞われることは無い。


 フェリシテが来る前は、この屋敷の一部の使用人達の横暴で、大変な目に合っていた。

 でも、使用人達が入れ替わってから、みんな優しくて、ビックリするようなご馳走も食べられるようになって、皆が楽しそうに働いている。

 ロビンも、今日は何があるのかな?とワクワクして朝起きるのが楽しみになった。


 ――――もしかして、奥様は気付いていないだけで、実は魔法使いなのかもしれない


 フルーツとハーブの甘い香りに包まれ、幸せ色のお茶を飲みながら、ロビンは、きっとそうだ……!と思ったのだった


 


 


 



 





*こちらに出ているビネガー漬けや蜂蜜漬けは、実際にイギリスなどで作られて

 いるレシピになっています。作ってみたい方は是非どうぞ!


*マロウティー:ここで出ているのはブルーマロウと言うハーブで、実在する、

         色の変わるお茶です。

        お湯より水出しにしたほうが綺麗な色が出ます。レモンなど、

        酸性のものを入れると可愛いピンク色になります。

        

        

 

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