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ダイニングに戻ったフェリシテは、冷めたお茶を淹れ直してくれたジェシカにお礼を言いつつ、買って来たベリーの木箱へ目をやった。
「妹さんは、食事できてますか?あの様子だと、固形物を食べるのは難しそうですよね」
「……実はあまり食べれていなくて……元々小食であまり食べられなかったんですけど、熱でさらに飲み込む力が弱ったみたいなんです。――でも、奥様に沢山頂いたお菓子は美味しかったらしくて、良く食べてくれました。特にジャムが気に入ったみたいで――それで今日、ベリーを買おうか悩んでいたんです」
「ジャムを?でも、あれはルバーブジャムで、かなり酸っぱかったはずですが」
子供はクリームの方が好きで、ジャムも甘いものが好きと思っていたフェリシテは、意外に思って聞き返した。
「ええ……私も驚いたんですけど、マーカスやショーンもジャムが一番好きだったみたいで。もちろんクリームもタルトも美味しかったみたいなんですが、何故かジャムがお気に入りでした。それが、母もそうなんですよ。母はそこまでジャム類が好きでなかったはずなんですが……久しぶりだったから、美味しかったのかもしれません」
ジェシカは戸惑った様子で首を傾げた。
酸っぱいのが好きなのだろうか??
フェリシテは少し考え、ちらりと壁際のかまどを見た。
買って来たベリーでジャムを作ることは出来るが、大量の砂糖と火を焚く薪がいる。
――そういえば、と、さっき市場で買い求めた物の中に、ちょうどいい物があるのを思い出し、フェリシテは「ジェシカ、ちょっといいですか?」と言って立ち上がった。
*
「――そうそう、お湯で消毒した瓶に半分くらいにラズベリーを詰めて……おまけにローズヒップとリコリスパウダーを加えて、ワインビネガーを注ぐだけで、ラズベリービネガーの出来上がり!で、こっちはカブを適当に切って軽く茹で、少量のビネガーと瓶に詰めて、ブルーベリーとブラックカラントを加えて、ベリーピクルスの出来上がり!ね、簡単でしょう?」
先程、ワインビネガーを買っていたのを思い出したフェリシテは、ジェシカにキッチンを借りてベリーを使った保存食を作った。
「ピクルスは数日で食べ切って下さい。ラズベリービネガーは半年以上持ちますよ。ビネガーは栄養たっぷりなのでジュース代わりに飲んで下さい。後はこれ。生クリームにリコリスパウダーを加え泡立て、スプーンで軽くつぶしたイチゴにかけて、ストロベリー&クリームの出来上がり。これだとメリッサも食べやすいと思います。まだあるベリーはそのまま食べたり、多過ぎたらご近所さんにでもあげて下さい。流石に買い過ぎたかもしれませんので」
さっき市場で買っていた、ワインビネガーとハーブが大活躍である。
リコリスパウダーはのど飴を作ろうと思って買ったものだが、甘味にも使える。
ジェシカが「お、奥様、本当にこんなによろしいんですか……⁈」と目を白黒させるが、フェリシテはジェシカの肩を叩いて落ち着かせた。
「今日はメリッサのお見舞いに伺ったついでに、保存食を作っただけですよ。フルーツビネガーは冬前に領民の人達に作ってもらって、冬季の栄養不足を補うべく普及させようと考えていた物なので、一足早くジェシカのご家族に試してもらおうと思います。味見ですよ、味見。後で感想を聞かせて下さい」
フェリシテの話にジェシカは面食らった様子でポカンとしたが、ふっと笑って「……はい、かしこまりました」と頷いた。
「――奥様の所で働くようになってから、もしかしてこれから先の未来が、良くなっていくのかもって思う様になりました」
お皿にイチゴとクリームを取り分けながら、ジェシカは呟く様に言った。
「勿論ですよ。頑張れば、それだけ報われるんですから……!」
領主の妻になったからには、領民が幸せに暮らせるようにしたい。
離婚するまでの期間限定だが、もともと領主となってノアゼット領民を護るつもりだったのが、ラザフォード領民に変更されただけである。
フェリシテが拳を握って力強く言い切ると、ジェシカが苦笑した。
「……前はあまりそう思えなかったんです。しょっちゅうコレラが流行しては生活が苦しくなるの繰り返しで、メリッサにもずっと薬を買ってやれなかったから。……ご覧の通り、我が家があるこの通りは、私の家と似た様な境遇の人達が集まっていまして。病気になったり亡くなる人が多く、そういうのが身近過ぎて、希望が持てなかったんですよ」
返す言葉が見付からなくてフェリシテが口ごもると、ジェシカは急いで手を振った。
「あっ、今は違うんですよ!以前は、と言う事です」
「――そんなに、この辺りは病人や亡くなる人が多いんですか?」
生活が苦しくて医者にかかれない人は多いだろうと思っていた。
実際に見たメリッサの状態は深刻だった。かろうじて医者に診てもらえていると言うのでホッとしたのだが、他の人々の状況が分からない。
コレラ以外には何の病気が流行っているのか気になる。
「ええ……実は、両隣の人もメリッサと似た様な病気を患ってるんです」
表情を曇らせるジェシカの言葉に、フェリシテは目をまたたいた。
「…………えっ?似た様な症状??」
――――どういうことだ?
妙な話に面食らうフェリシテに気付かず、ジェシカは真剣な顔で言った。
「はい。他の人は医者に診てもらってないので薬を飲んでいないんですが、心臓が悪いみたいなんです。息が苦しくなったり、急に歩けなくなる人が多いですね。するとそのうち寝たきりになります。それで、冬を寝たきりで過ごして、春になると息を引き取る人が多くて――――。境遇が似てると、かかる病気も似るんでしょうか。若いうちから病気が出て亡くなる人も多いんですよ」
*こちらのお話に出て来るビネガーとピクルスは、実際に作れます!
フルーツの漬物は珍しい気がしますが、
実は山形県ではサクランボの漬物があります。
味付けは甘めで、美味しいんですよ♪




