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66. ミルク祭り

  ラザフォード領内の自宅待機が解除されたのは、領境封鎖から8日後。

 歴代最短記録であり、感染者数が歴代最少、死者数に至っては0人と言う快挙であった。


 領境の検問所は、感染源となったミルドレット領と感染者が流入したリュドミル領、ガイル領での感染が収まらず、拡大した事から封じられたままとなり、感染者が出ていない南部側へ通じるノアゼット領側のみが解除された。

 領内の感染者は寛解しており、警戒は必要だったが、日常生活が再開できた領民達は大喜びで、久しぶりの青空の下で会う知人たちの無事で沸き返った。


 *


 ヒューイットがエインワースの別荘へ着いたのは、自宅待機解除の翌日だった。


 到着したのに、何故か門の傍に常駐しているはずのベンジャミンが出迎えに来ない。

 首を捻りながら屋敷へ向かったヒューイットは、扉を開けた玄関で外出着をまとった使用人達が集まっているのを見て、どうやらまたフェリシテが何かしているようだと呆れつつ、屋敷内へ足を踏み入れた。


「ーー! ようこそお出で下さいました、伯爵様。騒がしくしていて申し訳ありません。本日は奥様にご用事でしょうか?只今、お呼びいたしますので、応接室でお待ちいただけますか」


 ヒューイットの姿を認めて駆け寄って来たジュールが深々と一礼し、使用人達も慌ててお辞儀をする。

 その彼らの多くが重そうなカゴを手にしているのに目をやって、ヒューイットは手で制してかしこまるのを止めさせてから、近くにいた外出着姿の庭師のサミュエルへ声を掛けた。


「楽にして構わない。ーーところで、何を持っているんだ?これから出掛ける様だが」


 見た所、使用人の半数以上、10人がカゴを抱えてモジモジしている。

 荷物を持っている所から、買い物ではないだろう。

 好奇心に駆られて質問すると、サミュエルは緊張した面持ちで「はいっ」と姿勢を正した。


「あの、これは奥様に頂いたもので、ええとその……奥様曰く"ミルク祭り"なのでございます……!」


 ーーーーミルク祭り。

 気の向けるネーミングセンスである。

 何だそれは、と思ったのが顔に出たらしく、あわあわするサミュエルに代わり、隣にいたキャシーが急いで説明する。


「奥様が、いつも牛乳や卵を届けてもらっている農家が封鎖中に生じた損失を取り戻すために、昨日、大量に卵と牛乳やお肉を買い上げたんです。それで、大量の食材を消費しようと皆で料理をしまして、食べきれない分は、もったいないので家族や知人に配って良いと許可を頂いたので、これから出掛ける所だったのでございます」


 ーー成る程、フェリシテのやりそうな事だ。

 恐らく封鎖で食糧不足に陥っている家庭もあると、使用人達の家族のことまで考えたのだろう。

 使用人達の家庭は決して裕福ではなく、貧しい者が多い。


「……因みに、料理は何を作ったんだ?」


 尋ねると、サミュエルが直立不動でつっかえながら答える。


「パスティチオとほうれん草とベーコンのキッシュ、お菓子はバノフィーパイとエッグタルト、ルバーブジャムとクロテッドクリームを挟んだビスケット、バターミルクです」


 相変わらず珍しい料理の名前も出て来る。

 だが、美味しそうなのは何故だ。

 ちょっとだけ羨ましくなりながら、ヒューイットは頷いた。


「そうか。行って良いぞ。帰宅時間はあまり遅くならない様に」


 ヒューイットの一言に目に見えて安堵した使用人達は、一礼してから、揃って出て行く。

 室内を見回すと、窓や家具がよく磨き込まれて、ゴミ一つない。

 今度の使用人達は問題無いようだと安堵しながら、ヒューイットは応接室に向かった。



 応接室に入ったヒューイットは、すでに来ていたフェリシテに出迎えられる。

 テーブルには大量のお菓子と紅茶が揃っていて、挨拶を交わした後、ヒューットは苦笑しつつソファに座った。


「忙しい所、急に訪問して申し訳ない。今日は用事があったのではないか?」

「いえ、祭りはもう終わりましたので、今日はのんびりするつもりでした。ミョウバン水を入れる瓶もまだ入荷していないので、手が空いているんですよ。それより、ヒューイット様の方こそお忙しかったのでは。お疲れではないですか?」


 領民全員が自宅待機になったため、ガラス瓶も入荷中止になった。


 そこで何となく手持無沙汰になった使用人達を誘って、フェリシテは裏山へ行き、ラズベリーやグーズベリー、ルバーブ摘みをしてジャムやジュースを作ったり、果樹園のフラットピーチを収穫したり、楽しく過ごしてしまっていた。

 使用人達に分ける為だったが、忙殺されていたヒューイットに労わられ、目が泳ぐ。


 良心が痛んだフェリシテは急いでテーブルに並べたお菓子を勧め、ヒューイットをおもてなしすべく、空になったカップにお茶のお代わりを注いだ。


「ーーあの、こちらのバノフィーパイ、先日、キリング様に頂いた珍しい果物を使ってるんですよ!王都の植物園から収穫したそうなんですが、南国のバナナと言うフルーツに、トフィーと生クリームを載せたお菓子なんです。とろける様な食感で、美味しいですよ……!」


 先日ルマティが持ってきた青いバナナが黄色くなったので、料理人達と悩んだ末にパイにしてみた。

 そのままでも美味しかったが、パイにしてみたらさらに絶品になった。


 勧めると、興味津々でヒューイットがパイを食べ始める。

 意外とヒューイットは甘い物好きらしい。

 後でたくさんお菓子をお土産に持って行ってもらおう。


「……今日は君にお礼を言いたくて来た。今回、例年よりコレラの被害が少なかったんだが、君のくれた資料が役に立った。いつも感染者の死亡が多発する貧民街の井戸を見直したら、汚水が流入していたので井戸を封鎖してワインとビールを配給したところ、感染者がいたにも関わらず広まらなかった。大体、死亡が多発する地域は決まっていて、薬も支給していたんだが、どうしても悪化していたから不思議だったんだ。健康状態が悪いからかと思っていたが、水が汚染されていたと分かったので、今後改善するつもりだ。有難う」


「私は資料をお渡ししただけですよ」


 医師の指示を読み、対応したのはヒューイットだ。

 不確かな情報だからと無視することもできたのに、井戸封鎖までしたと言うのだから驚く。


「周囲の領地では感染拡大しているのに、我が領だけ終息するなど今までにない事だ。経済活動も再開できて、損失が非常に少なく済んだ事に驚いている。君は謙遜し過ぎだ。ーーそれと、もう一つ報告だが、感染拡大した3つの領地の状況が悪いらしく、国の救援隊が動く事になりそうだ」


「え?」とフェリシテはキョトンとした。


「国が動くって……そんなに状況が悪いんですか?」


 封鎖中は新聞が来なかったので、外部の状況が把握できていなかった。

 ラザフォードであっさり終息したので、大した事が無かったと思っていたフェリシテだったが、ヒューイットは硬い表情で説明した。


「相当悪い。検問所を封鎖しているので伝書鳩で偵察隊から情報収集していたが、ミルドレッド領のコレラの発生は三週間前以上前からだったらしい。相変わらず領主が仕事せず、大々的に流行してから領民が気付いたと言うわけだ。ラザフォード領にも感染者がかなり入り込んだが、領境封鎖が早く蔓延を免れた。……それでリュドミル領とガイル領方面に感染者が大勢流れてしまったのだが、今回は強毒化していた様で、症状が激しく、感染者数に対して死亡率が高くなっているそうだ。終息には向かっているが、薬や医療物資が足りなくなって医師達が救援要請を国に送り、それを受けて国は、被害を受けていない領地に支援協力を行うよう通達した」


 フェリシテは嫌な予感がして、ヒューイットを見返した。


「……まさか、ラザフォード領にも支援を行えと通達が来たとか言いませんよね?」


 被害が少なかったとはいえ、一応ラザフォードも被害を被っている。

 さすがに、そんな鬼畜な事ーーーーと思ったが、甘かった様だ。


「いや、ラザフォード領も少なくていいから支援しろと言ってきた。それから、早期終息した理由を教えろと。終息理由の方は君からもらった資料を提出するつもりだ」


 資料が日の目を見る事が出来たのは良いが、次から次へと様々な事が起きて目まぐるしい。

 

「感染家庭に給付するつもりで購入した食料があるから、とりあえずそれを提供しょうと思う。万が一、再度ラザフォードに感染者が出たら困るから薬は提供できないが、恐らく薬は他の領が融通してくれるだろう」


 即断した口調から、ヒューイットが緊急事態に慣れている事が分かる。

 若いのに、本当に出来た領主だ。


 そう思っていると、応接室のドアがノックされ、ジュールが来客を告げる。


「――お話し中に失礼いたします。奥様にお会いしたいと、オリバー様とハーベイ様がいらっしゃいました。いかが致しますか?」




 



 

*パスティチオ:ギリシャ料理。ミートソースとパスタ(ペンネ)にベシャメル

        ソースをかけ、オーブンで焼いた料理。

        グラタンに似ている。


*バノフィーパイ:イギリスのお菓子。パイ生地にバナナ、トフィー(キャラ

         メルに似ている)、生クリームを重ねたパイ。


*エッグタルト:ポルトガルではパステル・デ・ナタ。

        イギリスだとカスタードタルトになる。卵風味のカスタード

        を使ったタルト。


*バターミルク:生乳からバターを作った時に残る液体のこと。栄養があり、

        飲むと美味しい♪



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