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65. 自宅待機とおまじない

 エインワースへ戻る道すがら、フェリシテは疾走する馬の上から、すれ違う商人や旅人が慌ただしく街道を急ぐのを目にする。


 人々の口から「伝染病がーー」「早く宿をーー」との声が聞こえて来て、皆も領内でコレラが発生した事を聞いたのだと分かった。


 ーーやはり慣れているためか、ラザフォードは情報伝達が早い。


 しかし、感染を確認してすぐ、領境にある検問所を全門閉じたのには驚いた。

 ヴェルファイン王国では、他の領地と接する領境には、領土を隔てる高い煉瓦塀が設置され、街道上に検問所がある。

 ラザフォードでは現在4カ所の検問所があるのだが、全てを閉じたとすると、人の通行、商品の輸出入の全てが停止し、領内の経済活動もストップすると言う事だ。


 さらに驚いたことに、明日から領民は全員、一週間の自宅待機になる。


 随分厳重な対応を行うんだな、と思いながらエインワースの街に入り、市場のある通りを突っ切ろうとして、人々が往来にごった返しているのを見てギョッとした。


「ああっ、フェリ様……!」

「あっ、フェリだ!丁度よかった、こっちこっち!」


 聞き覚えのある声に呼び掛けられ、振り向いたフェリシテは、人に押しつぶされそうになっている二人を見付ける。

 視線の先で、カバンいっぱいに食料を詰め込んだオリバーとデビットが飛び上がって手を振り、人波を縫って息を切らしてフェリシテの元へやって来た。


「フェリは聞いた?明日から一週間の自宅待機になるんだ。だから買出しに来たんだけど、凄い混雑だよ」


 ぐったりしたデビットの話で、フェリシテは、この混雑は買い出しか!と気付く。

 いつもは和やかな市場が殺伐としているのを初めて見た。

 確かに一週間も家に籠りきりになるなら、食糧確保に必死にもなる。


「ええ、話は聞きました。人が殺到してますが、お二人とも食料は買えましたか?」


 奪い合いや喧嘩には至っていないが、人がひしめき合っている。

 すでに売り切れの店舗が続出していて、食材が根こそぎ無くなる勢いだ。


「うん!フェリのお陰で、今年は準備できる人が増えたんだ。ありがとな!」


 ニッ、と笑うデビットのセリフに首を傾げたフェリシテに、オリバーが説明する。


「例年は経済的余裕が無くて食料や薬を買えない人達がいて、飢えや薬を飲めずに亡くなる方も少なくなかったんです。でも、今年は小麦が高く売れて余裕ができた家庭が多く、その心配が減ったんですよ」

「それなら良かった」


 ホッとしたフェリシテが表情を緩めると、オリバーがカバンから大きな茶色い瓶を取り出し、フェリシテへ差し出した。

 「ん?」と思っていると、デビットがぐいぐい瓶をフェリシテの手に押し付ける。


「フェリ様、これ、キニーネです。コレラの薬ですよ。輸入品で売り切れることがあるので、フェリ様とお屋敷の方々の分を買っておきました。デビットと僕から、いつもお世話になっているのでお礼と言ってはなんですが」


「えっ」とフェリシテは驚きながら瓶を受け取った。


「あ、有難うございます……!いいんですか?貴重な物ではーー?」

「大丈夫です。罹らなければ使用せずに済みますが、念のためですよ。ーーそれに、今回はコレラ患者の発見が早かったんです。フェリ様がヒューイット様に流民の話をされた事で、急遽、領内に流れて来た流民から移動して来た理由を聴取する事になったんです。流民を集めて調査していたら、ミルドレッド領でコレラが発生していたのが分かり、発症前にミルドレッド領の流民を隔離できました。すごいタイミングですよ。お陰でラザフォードの領民はほとんど感染していません。なので、今回の収束は早いのではと思っているんです」


 それは朗報だ。

 ホッとしたフェリシテだったが、混雑した中でゆっくり話す事も出来ず、急いでオリバーにカバンから出した書類を渡した。


「これ、屋敷の図書室で見つけた資料の写しです。ちょうど伝染病の資料を見付けてヒューイット様にも渡して来た所なんですが」


 今日、ヒューイットに会いに行ったのは、偶然見つけたこれを渡すためでもあったのだ。


「これは、10年前にコレラが大流行した時に、各領地の医師の治療報告書をまとめたものからの抜粋です。感染者の観察から得た感染予防法と、効果があった薬草が書かれています。王都の東、ベルディーニ領の小さな町の医師で平民のため、報告書の末尾にオマケの様に載せられていました。なのであまり治療法として採用されなかったようですが、かなり具体的なので、きっと役に立つと思います」


 治療報告書の内容は大体みんな似たり寄ったりで、しかも身分の高い順で掲載されていた。くだんの医師は地方の平民と言う事で報告書が最下位の、しかもオマケになっていた。とんでもない事である。

 医師には、自分が知り得た伝染病の患者数と死者数の報告義務があるのだが、他市町村の膨大な死者数に対し、この医師が治療した患者の死者はゼロだったーーそれだけでも異彩を放っていたのに。


「えっ⁈ 予防できるんですか?」


 オリバーとデビットが書類を覗き込む。


「これは一部の記述ですが、コレラが劇症化した患者を調べたら、特定の地域に集中していたそうです。そこで調査を重ね、水場が感染源になっているケースが多いと報告しています」


「水場⁈ ーーこれ、生水、魚からの"菌"と言うもののの感染を疑っていますね。感染が集中している場所の水場に近付かない事。飲食物は必ず火を通す事。飲料水を汲む井戸や川に排泄物や汚物が流入しない様にする事。……治療は栄養補給⁉水分と栄養をとり、薬草は下痢止めは使用せずに、体力を保つ効果のある物を補助的に使用する……風邪の時に使うハーブと同じものが多く書かれてます。ちょっとビックリする内容ですが、確かに具体的ですぐ実行できるものばかりです」


 オリバーが目を丸くして書類を凝視する。


「へえ、土や水から湧き出る“瘴気”に当たるんじゃないのか? “魔”に憑かれた動物も原因じゃないって事?」

「その様ですよ。目に見えない“菌”というのが悪さをするそうです」


 あまり字が読めないデビットがオリバーの話を聞いて、意外そうに言うのに、フェリシテは頷いた。

 今の時代、医学書を読んだ事が無い一般の人々は、病気は“瘴気”や“魔”に取り憑かれると罹ると思っている人が多い。

 アカデミーで科学を学んでいたヒューイット達は“菌”が原因とすんなり納得してくれたが、オリバーやデビッドからは戸惑いの感情が伝わって来る。


 理解してもらえないかと思ったが、オリバーは大切そうに書類を抱えてキッパリ言った。


「感染者が多い場所の井戸は飲まない事にして、キニーネが買えなかった人達にはこの薬草を勧めます。フェリ様、貴重な情報を教えていただき、有難うございます……!」



 フェリシテも改めてキニーネの礼を言い、そのまま二人と別れて屋敷へ向かう。

 すでに夕方に差し掛かった時間だったが、まだまだ人が引きそうにない市場の通りを迂回し、遠回りでフェリシテは家路についた。


 *


 ーーーー屋敷へ戻ると、門の所で馬番のベンジャミンが、何故か羊皮紙とワイン瓶を抱えて待ち受けていた。


「奥様、お帰りなさいませ、お待ちしていました……! もっと遅くなられるかと心配していましたよ。コレラが発生したので、待機命令が出たんです。何事も無く帰って来られて良かったです」


 ホッと胸を撫で下ろすベンジャミンに謝りつつ、馬を降りたフェリシテは彼の手にある羊皮紙へ視線をやった。


「途中の道が混んでいて遠回りになってしまいました。……えーと、気になるので聞いて良いですか?その大量の羊皮紙は一体……?」

「ああ、奥様はあまりご存じじゃないですよね。これは医療神クレイピュア様のお姿です。伝染病が屋敷内に入らないおまじないなんですよ!」


 ベンジャミンはおもむろに門の外側にべたべた複数の羊皮紙を張り付けた後、豪快にその前の地面にワインを撒いて手を合わせた。

 フェリシテが目を点にして見ていると、清々しい笑顔を見せてベンジャミンが振り返る。


「こうすると病気の悪い精霊の眼に見えなくなって、病気にかからないんです!」

「ーーーーなるほど」


 ーー初耳の情報である。

 若干、蟻が寄ってきそうだが、悪い精霊が群がる蟻に恐れをなして避けていくかもしれない。

 納得したフェリシテは「お疲れ様です」とベンジャミンの肩を叩き、馬を預けると、そのまま近くの厨房の裏口へ向かった。


 キニーネの保管に厨房の冷暗所を使おうと思い、裏口の扉を開けたフェリシテは、そこにベンジャミンを除く全使用人達が集まっているのを見て驚いた。


「奥様、お帰りなさいませ!お聞きになりましたか?コレラが領内で発生したので、明日から自宅待機になるんですよ」


 いつもは「使用人の様に裏口から入るとは……」と小言を言う執事のジュールだが、今日はそれどころでない様子ですっ飛んで来て、安心した様に出迎えてくれる。


「ええ、聞いています。それにしても、皆で厨房に集まってどうしたんですか?」


 今日は、見慣れない光景をよく目にする。

 質問すると、ジュールがテーブルの上からガーゼに包んだ握りこぶし大の何かの物体を手渡してきたので、フェリシテはよく分からないまま受け取った。


「これは焼き塩です。奥様はご存じないと思いますが、コレラ予防に塩を持ち歩くんですよ。布でお腹に巻いても良いんです。今、皆に配っていたんですよ」


 何となく魔除けっぽい感じがする。ーーやはり皆の中で、病気は“魔物”的なものとして捉えられているらしい。


「ベンジャミンはクレイピュア神の絵を飾ってましたが、他にもあるんですか?」


 尋ねると、使用人達が口々に答えだす。


「布に手形をつけてドアに貼るんですよ!」

「聖獣の絵を描いて、東西南北の壁に貼ります」

「枕元にナイフを置いて、呪文を唱えます……!」

「玄関に、カカシを立てておくと良いんですよ!」


 使用人達に、妙に力が入っている。

 ちょうど男性4人が紙に聖獣を描き、女中のジェシカが小麦の藁を持ってきてカカシを制作中だったらしい。

 フェリシテは思わず二度見したが、さり気なさを装って聞いてみる。

 

「……レオン、これは……えーと、ヒヨコ?ですか??」

「いえ、めっちゃカッコイイ、フェニックスです‼」


 ーーーーうん、病魔もきっとメロメロだろう。

 ばんざいをして、火を噴くヒヨコ……斬新だ。

 きゅんと心臓が動悸と息切れに見舞われ、不整脈を感知するくらいには破壊力がある。

 

 フェリシテはそっとロビンを見た。

 ロビンはまだ9歳の小姓で、皆のお手伝いをしている子なのだが、ロビンが一生懸命描いているのは、どうしてもカワイイ短足の猫にしか見えない。恐らく、異国の白虎という聖獣なのだろうが。

 オランドが描いているつぶらな瞳のドラゴンや、サミュエルが描いている筋肉質のカメもいい味を出している。


 ジェシカはと言うと、キャシーやトリシアと一緒にカカシにエプロンとピンクのリボンをつけ、可愛くツインテールにしている。


 ーーーー何故かコレラで、屋敷がファンシーになっていくらしい。


 自宅待機で荒んだら、屋敷内をうろつけば、間違いなく癒される自信がある。

 門の前では蟻の観察もできる。

 おまじないとやらの効果は半信半疑だったが、これがおまじないの力か……!

 フェリシテには目から鱗だった。


 


 



 

 

 

*ご覧いただき有難うございます。                    

 誤字報告を頂き、修正させて頂きました。ご報告いただいた方、有難うござ

 います……! *感謝*

  所々、妙な表現をしている所は作者が狙ってしている場合があったりしま

 すが、うっかり間違いもございまして、勉強が足りないなと反省しきりです。

  因みに、「ずつ」を「づつ」と書いていたのですが、それが標準だった

 のが第二次大戦後くらいまでだったそうで、大層ビックリしております。

 作者はミジンコ程も存在していない時代の仮名遣いですよ!

 そういうわけで、急いで修正致しました。今後は間違えないはず……?


 

  

 

 

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