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64. 伝令

 ヒューイットが言い切ったセリフに、フェリシテはたじろいだ。


 ーーこれまでフェリシテのために憤ってくれた人などいなかったから、思わず動揺してしまう。

 エルヴィラの為に、少しくらい庇ってあげたら?と言われるばかりで、フェリシテが傷つくのには誰もが無頓着だったからだ。


「じゃあ、フェリシテ嬢はラザフォードに嫁に来てるって公表しようぜ。嫁に行ったのに、ノアゼット領のトラブルの責任を取れる訳ないからな。そうすりゃ噂がおかしいって、分かるだろ」

「ーー私も悪かった。今後は公にしよう。社交界にも出ていなかったし、今後はおかしな噂が払拭される様に努める」


 ローレンスが言うと、ヒューイットが即座に頷く。


 ーーーーそれだと、離婚する約束に響くのではないか?と思ったが、補佐官達がいる手前、言い出せずにフェリシテは言葉を呑み込んだ。


「ーー分かりました、信じましょう。疑って申し訳ありませんでした」


 エリオットが素直に頭を下げる。


「ごめん、僕も謝る。グランデールの話の全容を聞いたら、フェリシテ嬢に責任を被せるのはおかしいよね。もともと世間で流れてる噂からフェリシテ嬢のイメージが悪くて、深く考えずに噂を信じた。……それにしても、ヒューイット様があまりに吹っ切れているのはどうしてかと思ったら、エルヴィラ嬢の裏の顔を知ったからだったんだね。結婚せずに済んだのはラッキーだったんじゃない?非常識で被災地をほったらかしにする様な奥様なんて、願い下げだもの」


 溜息を吐きつつガブリエルが言うと、ローレンスも同意する。


「全くだ。しかし、被災地はどうする気なんだ?フェリシテ嬢が責任を擦り付けられてるけど、グランデールで水害があった事は徐々にバレてるんだろ?流石に救済しないままにはしないよな?」


 ローレンスの懸念に、ヒューイットは難しい顔をして腕を組んだ。


「ーーいや、フェリシテ嬢を呼び寄せたがっている点と領地経営を手掛けた事が無い点から察するに、ノアゼット伯爵とエルヴィラ嬢は救済方法を知らないんじゃないか?そもそも、ノアゼット領で近年、災害らしい災害は発生していない。それは先代ノアゼット伯やフェリシテ嬢の管理のたまものだろうが、災害対応のノウハウを誰も持っていなくて混乱しているのでは……?」


「ーーーー流石ヒューイット様。ご明察です」


 フェリシテが考えていた事を、そのまま言い当てたヒューイットは鋭い。


「ご指摘通り、ノアゼット領では近年災害にあっておらず、私も災害対応をした事がありません。最後に対応したのが10年ほど前の伝染病なので、自然災害だと私の記憶にない程前になります」


 ノアゼット領が栄えているのは、そのお陰だろう。

 資産を安全に蓄えられた事の恩恵は大きい。


「父も妹もプライドが高いので、マニュアルが無い救援作業で的外れな事をして、また被災者達になじられたり、赤ッ恥をかきたくないのでしょう。被災者と対話して進めればいいのですが、村の代表役の顔や名前も知らないかと」


 フェリシテは二人の性格を知り尽くしている。

 弁舌に優れて社交が得意だが、地味な作業や脚光を浴びない裏方仕事には本来興味がない人達だ。


 被災者を救うと言う劇的なシチュエーションに酔って失敗したエルヴィラを見て、父はグランデールを避けるはずだ。

 補佐官達がなだめすかしても、気が向かなければ動きはしない。

 これまで面倒はフェリシテに押し付けていたので、まだ同じ気分でいるのだろう。


 おまけに平民を下に見て軽んじているから、見棄てる気なのだと思う。

 グランデールは農業が主産業の小さな村だから、放置しても大した事が無いと思われているに違いない。

 だが、グランデールの被害を放置している事が隠しきれなくなってきて、焦っていると思う。


 フェリシテの名前で非難を逸らそうとしているが、ラザフォードに居る事が公表されれば、かわしきれなくなる。そうすれば危機感を覚えて急いで救済を始めるだろうが、それまで被災者がもつかどうかが心配だ。


「じゃあ、被災者達はどうなるんだろう。ーーあっ、だからってフェリシテ嬢は行くんじゃないぞ。救援に行った先で拘束されて帰れなくなるはずだ。被災地が落ち着くまで捕まるぞ」


 ローレンスが気の毒そうに言った後、ガブリエルが眉をひそめて付け足した。


「それだけじゃ済まないんじゃない?ラザフォードに嫁いだフェリシテ嬢が、エルヴィラ嬢に代わって見事に被災地を復興させたら、エルヴィラ嬢は後継者に相応しくないって事になる。フェリシテ嬢を後継者にしろって領民が出て来て、絶対揉めるよ。しかも、フェリシテ嬢の代わりにラザフォード領から救援隊を送ってもマズい。うちは災害に慣れてるから迅速に的確な救援しちゃって、ぐずぐずしてたノアゼット伯の面目丸つぶれ必至」


「そう。ーーーーノアゼット伯爵は本当に面倒臭い事をしてくれた」


 静かに切れているヒューイットに気付き、補佐官達はヒエッ!と震え上がった。


「昨日の報告では、グランデールで体調不良の被災者が複数いて、どうも何らかの感染症に罹っている疑いがあるらしい。発熱、嘔吐、腹痛を訴える者が増えているが、医師がいなくて病名が分かっていないそうだ」


 ーーあっーーとフェリシテは血の気が引いた。

 ーーーー誰かが、我慢できずに井戸の水を飲んでしまったのかもしれない。

 

「! それは初期の内に治療しないと危険ですね。ボランティアを通じて近隣の町村にも感染が拡がる事も想定してすぐさま対応しないと」


 エリオットが緊張した面持ちで焦る。


「だが、こちらに支援協力の要請は来ていないから、救助隊が派遣できない。物資や食料、医薬品を運ぶとなると中隊規模の派遣になる。コッソリ行ける規模じゃないから身動きが取れない」


 他領の領民まで心配するヒューイットを見ていると、彼が自領の領民に慕われている理由がよく分かる。爪の垢を煎じて、フェリシテの父に100杯くらい飲ませてやりたい。

 

 そういえば、と、ふとフェリシテは思い出した。


「グランデールはノアゼットの主都オルブライトと日帰りできる距離です。万が一伝染病だった場合、感染者がオルブライトで発症したら大事です。鉄道で王都へ直通なので、感染者が移動して国の中枢で感染者を増やしたら、手が付けられなくなります」


 ヒューイットの偵察部隊なら大丈夫だろうが、平和ボケした父の部下がのこのこ行って、感染して戻って来る可能性は非常に高い。


 ーーヒューイットがフェリシテと結婚したことを公表すると決めたので、早晩、父が慌ててグランデールに救援を送るだろうから、悪い予感しかしない。


 災害に詳しい、その場にいる全員が言葉をなくし、空気が一気に重くなる。

 フェリシテはひとつ息を吐いてから、ぐっと顔を上げた。

 ラザフォードが動くと外交問題になる。だが、自分一人なら、ノアゼットに拘束されるだけで済む。


「ーーノアゼットの不祥事は、身内である私が止めるしかないと思います。私がグランデールにーー」


 言いかけた時である。



 ーーーー突然、執務室の扉が廊下側から激しく叩かれる。

 ビクッ、と皆が驚いて振り向いたと同時に、大声で怒鳴る声が屋敷中に響いた。



「……緊急事態です! ミルドレッド領でコレラが発生、感染から逃れようと逃げて来たミルドレッド領民が、領境の街ヴァンフォレストで発症し、現在十数人が発熱!隔離措置をとり、伝染病対策法第八条にのっとり、ラザフォード領境の門を全門封鎖致しました……! 領主様にお知らせです、領内でコレラが発生致しました…………‼」

 





 



 






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