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63. シークレットエージェントからの報告

 翌日、朝早くからフェリシテはラザフォード本邸へ向かった。


 馬を走らせ、休み無しで4時間。

 到着したのは、午前9時で、ちょうどヒューイットの執務が始まる頃だった。


「ーー来たか。座ってくれ」


 一応、昨日のうちに先触れを出していたので、時間を空けてくれていたらしい。

 執事に案内され通された執務室で、ヒューイットと3人の補佐官達に出迎えられ、フェリシテは大人しく勧められたソファに腰を下ろしてヒューイットと向かい合わせに座った。


 疎遠にするはずが、しょっちゅう顔を合わせているから妙な感じだ。


 忙しそうに机に向かって仕事をする3人の補佐官のうち、エリオットとガブリエルからトゲトゲしい視線がよこされるが、ローレンスからは嬉しそうに手を振られる。

 手を振り返していると、向かい側のヒューイットから冷ややかな空気を感じ、フェリシテは慌てて向き直った。


「ーーそれで、今日は何の用です」


 素っ気なく本題に入ったヒューイットに、フェリシテもすぐに話を切り出す。

 多忙なヒューイットの時間を、長時間奪う訳にはいかない。


「率直にお聞きしますが、ノアゼット家から連絡が来ているのではありませんか?」


 真顔で問いかけたフェリシテに「その事か」と静かにヒューイットが応じる。


「エルヴィラの結婚式の招待状と、グランデールへの支援要請。その様子だと届いているんですよね?」

「ああ、両方届いている」


 あっさり認めたヒューイットは、面倒そうに言った。


「結婚式は今日だ。ーー恐らく、明日から参列した貴族達から、どういう事だと質問攻めの手紙が来るはずだ。ーー覚悟はしている」


「……今日⁉」


 ーーーービックリ、まさかの当日である。

 今頃、参列者たちも驚いている事だろう。なにせ、花婿が別人に入れ替わっているのだから。


 多分、送られた招待状には花婿の名前が記載されているだろうが、醜聞なのでノアゼット家では公に婚約者の入れ替わりについて公表していない。

 花婿の名前が違うのを見落として式に参列して、今頃、唖然としている人もいるだろう。

 

 フェリシテはカシアンに散々無視されていたし、もう彼らについてはどうでもいいが、ヒューイットは相思相愛と言われていたところからの裏切りなので、相当傷ついて複雑なのではーー


 どう慰めたらいいか……とフェリシテは恐る恐る見たが、ヒューイットは平然としていて、おやっ?と首を傾げた。

 結婚式当日という間の悪さに、恋が破れたのを思い出し、フェリシテを見るのも腹立たしいのでは……と思ったので戸惑う。


「……ノアゼット家がご迷惑をおかけし、誠に申し訳ありません」


 頭を下げ、殊勝に謝罪を述べたフェリシテだったが、「もう、気にしていない」と、本当に興味無さそうにヒューイットが肩を竦めたのを見て拍子抜けした。


「過ぎた事だ。ただ、この忙しいのに、彼らのために時間を割くのは無駄だから、招待状は無視した。君が参列したかったのなら、済まなかったな」

「……いえ、私も参列する気はなかったので構わないのですが」


 えらく淡々としたヒューイットが意外過ぎる。

 ーーだが、フェリシテは、むしろヒューイットより黄昏れているエリオットが気になった。


 視界の隅で、結婚式の話が出たとたん、何処か遠くを見て涙を堪えている彼の姿が入って来てしまう。

 ……天井の一画を見つめているようだが、彼には何か見えているのだろうか?

 おまけに無言なはずだが、見ていると切ない管弦楽の音と共に、乙女な失恋ポエムの幻聴が聞こえてきそうになる。

 見る者の幻覚を誘う何かの物質を発しているーー非常に危険だ。


 エルヴィラに片思いしていたと言うが、何と分かりやすいのかーーと冷や汗をかいていると、その隣で「ヒューイット様、おいたわしい……!」と敬愛する主の悲劇的な境遇を嘆き、ハンカチで目頭を押さえて嗚咽を漏らすガブリエルの姿と、そんなガブリエルの肩を抱き、熱く慰めるローレンスの姿が飛び込んでくる。


 ーーーーーー温度差がすごい。

 

 この補佐官達に囲まれていたら、ヒューイットが冷静にもなるだろう。

 なるほど、とフェリシテは深く納得した。


「それでは、グランデールの件ですがーー」


 言いかけたところで、ふっ、と皮肉気に笑う声が重なった。


 何だ?と思ったら、瞳を潤ませたエリオットがこちらを見て、眼鏡を押し上げる。


「……グランデールの噂、聞き及んでいますよ。フェリシテ嬢は住民から堤防の工事をしてほしいと訴えられていたのを無視していたと言うじゃありませんか。それが水害に繋がったんですよ。ちょっとは見直しかけていたのに、ガッカリです。全く、見損ないましたよ……!」


 ーー相変わらずテンションが高い。

 先刻までの黄昏れた空気を払拭した、変わり身の早さが見事だ。

 だが、身に覚えのない事を言われ、フェリシテはポカーンとした。


「……見直しかけてもらっていたとはーーそれは、ありがとうございます……?」

「そ、そこじゃありません!見損なったと言ってるんですよ……!」

 

 頬を赤く染めてエリオットが反論するが、説得力が無い。


「ーーちょっと待て。その噂は、どこで聞いた?」


 怪訝そうに眉をひそめるヒューイットに、エリオットは「はっ!」と背筋を伸ばし、簡潔に答えた。


「ノアゼット領から来る商人が、フェアファックス市場の商人にそう話しているそうです。一昨日、市場調査に行きましたら、一部で噂になっていました」


 それを聞いたヒューイットが、はあ……と額を押さえて溜息を吐く。


「ーーーー全く、ノアゼット伯爵がこれまでにも巧みに情報操作してきたことが分かるな。エリオットも真に受けたのかーー」

「は?」


 深刻な表情のヒューイットに、エリオットはたじろいだ。


「まあいい。誤解を解くいい機会だ。仕事を中断してこちらに3人共集まってくれ」


 戸惑いながら顔を見合わせた補佐官達だったが、主人の命令通りにソファへ移動する。

 テーブルを囲んで顔を突き合わせたフェリシテと補佐官達の顔を見回し、緊迫した雰囲気の中、ヒューイットは落ち着いたそぶりで口を開いた。


 *



「ーーーー半月も経っているのに、グランデールの復興が手つかずのままなんですか⁈」


「エルヴィラ嬢がハイヒールで被災地入りして、被災者の顰蹙を買っただあ⁉何やってんの……⁈」


 やはりヒューイットは、グランデールの状況を把握していたらしい。

 ルマティから聞いたのと同じ内容の話をするヒューイットに、初耳だったらしい補佐官達が衝撃を受ける。


「実は最近、ノアゼット伯爵から、フェリシテ嬢を帰省させて欲しいと書かれた手紙が何通か届いていた。ただ理由が分からなかったので、ノアゼット領へ駐在させていた偵察部隊に理由を調べさせたら、新聞記事になっていないがグランデールで水害が発生した様だと連絡があったんだ」


 ヒューイットは情報収集のために、各領地に非公式で騎士数人を駐在させて、きな臭い噂を報告させたり、異変があれば極秘に調査させているらしい。

 平和な時代になって、騎士団を縮小してその時々で傭兵を雇い、騎士は名誉職のお飾りにしている領主も多い中、正統派な使い方をしているヒューイットにフェリシテは感動した。


「どうもノアゼット伯爵によって情報統制されていたらしく、当初はほとんど外部に詳しい話は漏れていなかった。そのため現地の詳しい様子が分からず、秘密裡にグレンデールに食料を持たせた小隊を派遣してみた」


 忙殺されていたのに、自分達が知らないうちに裏でそんな事もしていたのかーーと補佐官達が呆気に取られる。


「小隊が現地に到着したのは、エルヴィラ嬢が逃げ帰った直後だ。彼女が持ってきた食料は調理が必要な物が多く、水や燃料が不足している被災地に不向きだったため、被災者達の困窮は解消されていなかった。井戸が復旧していないため家屋の掃除も進まず、堤防の決壊の補修も中途半端で、それは悲惨な有様だったらしい。見かねた隊員たちが堤防の補修を行い、井戸から土砂をかき出したが、水が濁って使い物にならなかったそうだ。他領なので勝手に干渉は出来ないので、被災者に話を聞いてから食料を置いて帰ったが、非常に後味の悪い任務だったと聞いている」


 ヒューイットの説明を聞いた全員が黙り込む。


 領主から請われれば他領に災害派遣を行うが、本来は勝手に支援は出来ない。

 騎士団の派遣は侵略行為と見なされる事もあるので、ヒューイットはかなり無茶をした事になる。


「そこで得られた正確な情報はこうだ。被災時、ノアゼット伯爵は王都のタウンハウスにいて連絡が取れず、4日後に領地のカントリーハウスに到着。一週間後、やっとエルヴィラ嬢が来たと思ったらパーティーに行くような格好で来て、被災者になじられ、現場を見ずにすぐ帰って行った。ーーその後の追加情報では、数日後に伯爵の代理人が来たが、やはりろくに見もせずに帰り、結局、被災地への支援は途絶え、近隣住民によるボランティアが物資を賄い続けている。だが、それも長期化して疲弊し、これ以上続けるのは困難な様子だ」


 公的な援助も無く、半月も善意だけで食糧を運んでくれた近隣住民は、賞賛に値する。


「ーーそれを聞くと、明らかにノアゼット伯爵の対応が悪いだけだよな。何でフェリシテ嬢の名前が出てきてるんだ? グランデールの水害のひと月前にはラザフォード領に嫁に来てるんだから、関係ないだろ?」


 ローレンスが眉をひそめると、エリオットがフェリシテの方を睨んで来る。


「被災地で堤防の工事をあなたに依頼していた、と言うのは嘘なんですか?」


 問われたフェリシテは、少々悩んだ後、「……嘘とも本当とも言えますね」と考えながら言った。


「どっちなんです⁉本当の事を言いなさい!」


 エリオットとガブリエルが疑いの目を向ける中、フェリシテは仕方なく口を開いた。


「ーーーー実はですね。領地視察と領地経営を行っていたのは、祖父と私だったんです。父とエルヴィラは、働くのは下賤の仕事と思っているので視察をしたことは無く、領民の嘆願書に目を通しません。なので領民の認識では私が苦情係なんでしょう。……しかし、婚約者の入れ替えで私がノアゼット領の後継者でなくなったので、今年に入ってからは領地経営に関わっていなくて、ご指摘のグランデールの堤防工事の嘆願に心当たりがありません。書面が届いていたとしても、放置されていたのでは」


 信じがたい事実の暴露に、補佐官達が固まってしまう。


「ーー領主が領地経営した事が無いって冗談だろ?じゃあ、今のノアゼット領でまともに仕事できる奴が不在ってことだよな?」


 困った顔でローレンスが質問するのに、フェリシテは頷く。

 ベテランの補佐官はいるが、決定権は領主にあるから勝手なことが出来ない。


 ーーフェリシテの祖父は、昨年から病気で現役を退いている。

 フェリシテが本格的に領地経営に携わった矢先にノアゼット領の後継者から外されてしまったので、つまりは、まともに仕事が出来無いフェリシテの父親とエルヴィラが舵取りする事になったわけだ。


「その話は本当だ。被災地で地元民たちの間に、いつも視察に来るお嬢様が来ない、いつものお嬢様を寄こせと不満が出ていたらしい。なので、なだめるために小隊長が、フェリシテ嬢なら結婚してラザフォード領にいるから来れないのだ、と説明したら、驚いていたそうだ。そうしたら、今後は誰に頼ればいいんだと青褪めていたと言っていた」


 えっ、とフェリシテはヒューイットへ顔を向けた。


「説明して下さったんですか?結婚した事が広まりますが、大丈夫ですか?」


「ーーどのみち知れる事だ。それより、君に責任が擦り付けられているのを見ていられない。エルヴィラ嬢のせいで後継者を外されてラザフォードに居るのに、エルヴィラ嬢の失態とノアゼット伯爵の怠慢が語られずに、君の責任論が広まっているなんて、おかしいだろう。情報を捻じ曲げて、責任逃れをしているエルヴィラ嬢とノアゼット伯爵の卑劣さは許せるものでは無い」


 

 

 


 



 

 



 

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