61. 流民とガラス工房
ーーーーそしてまた、ここにも一人、人手不足に悩む人物がいた。
「作っても作っても終わらないんです……!」
翌日、屋敷にガラス瓶を卸しに来た、近所のパスキン・ガラス工房のサム親方は、感極まった様にさめざめ泣いた。
妻と息子二人、それに作業員3人で細々食器を作るくらいの小さな町工房を経営しており、先日フェリシテからガラス瓶500本を注文され、大口注文だと張り切っていた。
ところが、その後にローゼル商会からも大量注文が入り、出来るだけ要望に応えようと頑張っていたのだが、容赦なく追加注文が来て悲鳴を上げているらしい。
ーーどうも、2万本の注文の後、ルマティの元にさらなる問い合わせが殺到していて、これは売れる!と見込んだローゼル商会がガラス瓶の発注をしまくっていると言う事らしかった。
「近隣のガラス工房から作業員を借りようかと思ったら、一帯のガラス工房に注文を入れたらしく、皆大忙しで人手不足なんです。どなたか働ける方がいたら、紹介していただけませんでしょうか……⁈」
お陰でガラス工房の経営者たちは大喜びだったのだが、いかんせん、急に忙しくなったため求人が間に合っていないのだそうだ。
暑さと荷運びが可能な元気な人なら、男女問わず何歳でも雇用可にしたが、近隣のガラス工房が速攻で求人をかけたので、小さい工房のパスキン工房は出遅れたらしい。
……ミョウバン水事業で雇用促進効果があるかもと思っていたが、ぶっちぎり過ぎではなかろうか?
昨日の今日で、波及効果を実感するとは思わなかったフェリシテは頭を抱えた。
瞳を潤ませて訴えるサム親方の切実さは、汗まみれの顔からもうかがえる。
徹夜で瓶を作って納品に来てくれたらしく、髪と髭が真っ白なドワーフに似たサム親方の頬がゲッソリしている。
夕べ、炉から出たガラスを運んでいたスキンヘッドの作業員が熱中症になりかけて倒れたそうで、髪も髭も毛がフサフサな親方のほうが汗をかいて熱いのではーーと思っていたフェリシテは勘違いしていた事を知った。ーーーー毛が無い方が、ダイレクトに熱気を浴びて危ないらしい。
とりあえず毛の話は置いておいて、自分が関わる事業なので何とかしないとーーと神妙な顔で腕を組んだフェリシテは、しばし悩んだ末、またもやいい考えを思いついたーーーー少々、斜め上だったが。
*
「……と言う訳で、流民の方々には労役に入ってもらう事が決まりました!警ら隊の方々の監視がつきますが、皆さんには留置所から出て近所の借り上げた民宿に寝泊まりしてもらい、お給料も出させていただきます。異論のある方は手を挙げて教えて下さい……!」
ポカーン。
23人の若い流民たちは、訳も分からず警ら隊エインワース支部の留置所からガラス工房に連れられてきたかと思ったら、ドワーフの様なサム親方とフェリシテに大歓迎を受け、拍手で迎えられて戸惑いを隠せずーーいや、むしろ動揺していた。
監視について来た警ら隊隊長の、テオール・バンカークラインも前代未聞の流民の扱いに不安いっぱいという顔をしていたのだが、その隣に並ぶ副隊長のオリバー・ロクスは、みじんも心配などしていない満面の笑顔で拍手をして「良かったですねえ」と呟いている。
「……良いのか⁈いや、ヒューイット様からの許可は、あのご婦人が取り付けたのだが……流民って、普通、獄中につなぎっぱなしじゃないのか……???」
深刻な顔でブツブツ言う隊長に、オリバーがのほほんとした平和な笑顔を向ける。
「良かったじゃないですか。凶悪犯でもないし本当は釈放しなきゃならないのを、単に保護してただけですからね。強制送還しようにも、エインワース支部には6人しか隊員がいないから流民の送還に人手を割くのは痛かったですし、雑魚寝させてるのも可哀想でしたし、取り敢えず2か月程度労役を課して、帰領費用を渡して開放するって決まりましたからね。流民にとって、かなりな温情ですよ。フェリシテ様がいてくださって、ラッキーでしたねえ」
「ーーあのフェリシテ様って、ヒューイット様の奥様なんだって?なるべく秘密にしててくれって言われたけど、何でなんだ。訳ありって事か?もとはノアゼット領のお嬢様なんだろう?喜ばしい事だと思うんだけどなあ」
テオ隊長は最近爵位を授かったばかりで、元々は平民なので、貴族間の噂をほとんど知らない。
オリバーは一応貴族の端くれなので、社交界の噂から察して、静観を決め込んでいた。
二人が喋っている間に、隊長の戸惑いを上回る戸惑いでざわついていた流民たちの一人が、思い切った様に手を挙げる。
「ーーあの。質問ですが、身分証明証がなくとも仕事に就いて良いんですか?」
そう。本来、ヴェルファイン王国では、出生届が出された領地と両親の名が分かる、各領主が発行する身分証明証がないと、仕事に就けないと決まっている。
そのため身分証明証を持ち出せなかった流民は、避難先で仕事に就けずに困窮することが多い。
正規でない仕事や犯罪に手を出す者が多く、治安悪化を招くため、流民が来ると強制送還するのが当たり前になっている。
伝染病で流民が発生するのが珍しくないため、下手に援助をすると流民が殺到して来ることがあり、混乱を招かない様にするには強制送還が、一番楽な方法だった。
「今回は、"労役"なので問題ございません」
しれっと言ったフェリシテだが、今回、流民の労働力を借りたいと、屁理屈でヒューイットを言いくるめた事を知っているオリバーは吹き出しそうになり、急いで口元に手をやった。
最初、警ら隊支部に、「流民がアルバイトすることは出来ないか?」と相談に来たフェリシテだったが、オリバーと隊長が困惑して、領主様に相談が必要だと言うと、
「故郷から逃げた人達を、ただ強制的に帰すのは良心が痛みませんか?居場所がないかもしれないのに、そんな場所に放置するなんて……飢えて思い余って犯罪に手を染めてしまった方々は、着の身着のままで何も持たずに彷徨っていたのですよ……?」
哀しみをたたえたフェリシテに訴えかけられ、少なからず流民たちに同情していたオリバーと隊長は、何と優しい方だと心打たれつつ、うっ、と返す言葉に詰まった。
ラザフォード領民の顔見知りの中にも伝染病のせいで村が全滅し、やむなく他領へ流出した者もいて、無力感にさいなまれながら、その人達を見送ったこともある。
良心を刺激されて、しんみりした二人に、フェリシテは静かに言い切った。
「ーーーーーーそんな流民たちに必要なのは、"お金"ですわ」
「………………は……エッッ???」
うっかり頷きそうになって、感傷に浸っていた人の好いオリバーと隊長の目が点になる。
「人生の道連れ、この世で最も頼れる物、それはお金ーーーー! 今、一番流民の方々に必要なのは、現金、そう、キャッシュです。彼らの犯罪の抑止力になる、最強の御守り。これさえあれば百人力。この多忙を極めるエインワースで、タイミングよく流民の方々と引き合わせたのは、きっと神の思し召しに違いありません……!」
お金と連呼し、神様が効いたら卒倒しそうなセリフを真顔で吐いたフェリシテが、ヒューイットの元へ行って直接訴えると言うので、オリバーと隊長は急いで止めた。
怒ると怖いヒューイットに、そのまま伝えては大惨事になりそうで怖い。
ーーーーこちらも命が惜しい。相談にのった手前、怒りの流れ弾に被弾するのは避けたい。全力で避けたい。
それで、慌ててオリバーがフェリシテの代役で馬を飛ばしてヒューイットへ相談に行ったのだが、どうやってもオブラートに包み切れなかった内容に、常に冷静沈着なヒューイットが呆然と魂を飛ばすのを目撃してしまった。
ーー最終的に、強制送還の人手が足りないので、留置所にいるより、確かにお金を稼がせて再犯を防止した方が効果的だと判断され、罰として"労役"を課すーーという体裁を整えたと言う訳だ。
留置所から出て働ける、と聞いて、信じられないと言う顔をしながらも、流民たちの表情がぱあっと明るくなる。
「給与は週払いで、宿泊費用と食費を天引きさせていただきますが、ハードな仕事なのでお給料は弾みます。体力がない方は、民宿のお手伝い、工房の掃除や軽作業があるので、そちらに従事してもらいます。交代で休みもありますし、町で警ら隊の付き添い有りで買い物も可能です。いかがですか?」
もちろん、留置所から出て稼げるなど、願っても無い事である。
身分証明証を持ち出せず、未来を悲観していた流民たちは、二つ返事で快諾した。
もちろん、その中にはハーベイもいて、数人が、すぐに送還されなくて済むと聞いて感極まって涙を拭っていた。
その姿を見て、オリバーもしばらくの間だが、流民たちの身の安全が確保できたと胸を撫で下ろす。
この先2か月で、何とか彼らの故郷の情勢が変わる事を祈るばかりだーー
*
ーーーーその後、フェリシテはヒューイットに感謝の手紙をしたためたのだが、ミョウバン水の注文が2万本を越えた様だと知らせた時の、ヒューイットの感情は計り知れないものであった。
『ーーーー君の事だから、そうなると思っていた』と言う、悟りの境地に至った手紙と共に、ガラス瓶代等の経費となるお金が山盛り添えられてきたのを受け取ったフェリシテは、神の如く寛大な彼を、エインワースから拝まずにいられなかった。




