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コトコトとスープを煮込むいい匂いが厨房いっぱいに広がっている。
木のイスに座ってジャガイモの皮むきをしながら、三人の台所女中たちは手だけでなく、せわしなく口も動かし、お喋りに花を咲かせていた。
最近人気の話題は、十日前に我らが憧れの領主様に押しかけて来た、名ばかりの奥様についてだ。
別荘は領主家族の休暇や社交で年に数回しか使われないため、ほとんどの期間が屋敷の維持管理のみの退屈な毎日を送っている。
そのため、話題の尽きないエピソードだらけの奥様は使用人たちのかっこうの気晴らしのネタになっていた。
「ねえ、もう十六時になるけど、奥様っていつ帰って来るのかしら?と言うか、どこに行ったのかしらね?」
「さあ?だって馬に乗って行ったのよ。馬で!しかも護衛騎士みたいなかっこうでよ。あんなのが奥様だなんて恥ずかしいわ」
「裏庭で何やってるか見た?男みたいに剣を振り回してるのよ。騎士ごっこをしているつもりなのかも。今朝から馬に乗って草原を駆け回ってたりして。髪を振り乱してさ」
一人のふざけた身振りに、どっと笑い声が上がる。
「ねえ、知ってる?誰も行かないから、奥様が一人で部屋を掃除してるんですってよ。洗濯もですって。まるで貴族じゃなく、使用人みたいね」
クスクス笑いが三人の口から漏れる。
「エルヴィラ様は完璧なレディだったのに、同じ姉妹でこうも違うとねえ。あんな変人じゃ、婚約者に浮気されても当然よね」
別荘には、エルヴィラは何度かヒューイットと共に避暑に来たことがある。
まばゆい金髪と新緑のような瑞々しい瞳を持つ天使のような少女で、絹糸の様な艶めくプラチナブロンドと澄んだアクアマリンの瞳のヒューイットが並ぶと、金と白金の目の覚める様な美男美女カップルで使用人の憧れの的だった。
浮気されたのはヒューイットも同じ立場だったが、三人は都合よくそこは忘れて、地味で陰気な容姿のフェリシテをこき下ろした。
「姉妹なのにちっとも似てないじゃない。地味な黒髪と紺色の目。しかも持参して来たドレスも暗い色ばっかり。あれじゃカラスみたいだわ」
「それよりあの騎士服の方がどうかと思う。何であんな変人がヒューイット様に押し付けられたのか納得できないわよ」
エルヴィラが浮気をしたのはショッキングだったが、差し替えられたフェリシテを見てがっかりした使用人達は、その気持ちを抱えたままくすぶっていた。
眉目秀麗、有能で使用人一同が慕い、誇りに思っているヒューイットに対して、冴えない女性があてがわれたのが余りにも腹立たしい。
「ノアゼット伯爵からの援助で道路が整備されるからってことで、断れなかったんだろ。その点は役に立つ結婚だったと思うよ。奥様の取柄はご実家が裕福なとこだよな。だからあんまり邪険にするのもどうかと思うぞ」
スープの灰汁をすくいながら料理人の男がやんわりいさめると、三人の女中は嫌そうに顔をしかめた。
「はいはい、一応、奥様ですものね」
「イジメたりはしてないわよ。そういうの、ヒューイット様が厳しいもの」
「でもさ、奥様よりダイアナの方が、正直、ヒューイット様とつり合いそうじゃない?」
ダイアナと言うのは、去年から働き始めた十七歳の雑役女中だ。
栗色の柔らかな巻き毛にみごとなエメラルドの瞳をした愛らしい少女で、現在、別荘内の男性の関心を一気にかっさらい、奥様が来るまでは話題の中心人物だった。
男性からのプレゼントを拒まず受け取り、あちこちで諍いを起こす。
しかし当人は悪気が無いらしく、トラブルのたびに泣き出して、その場をうやむやにして鎮火させていた。
女性達は振り回される男性達に呆れ、モヤモヤしつつも、ダイアナの可愛さは不承不承認めていた。
「似合うかって言ったら、エルヴィラ様が一番だけど、奥様よりはダイアナのほうが見た目は良いからね……」
----コンコン!
ノックの音と共に厨房の扉がガチャリと開かれ、女中達はぴたりとさえずりを止める。
「……失礼。ジョン、お忙しいところ申し訳ありませんが、ちょっとよろしいですか」
入って来たのが噂の奥様当人だったので、厨房にいた面々は焦って口をつぐんで、作業に没頭しているフリをした。
「はいはい、何でしょう?」
バツの悪さを隠しながら、呼ばれたジョンが愛想笑いを浮かべ、戸口へ向かう。
「小麦粉を買って来たので、明日、これでお菓子を作ってみたいのですが……」