59.ジュエリーオーダー
「ーーーー何だこのクズ石はーー⁈」
広々とした工房内に怒鳴り声が響いて、作業中だった職人数人とローレンスは飛び上がった。
ーーここはフェアファックスでも大きな工房の一つで、多数の職人を抱えるエスネ工房だ。
個人の細工師と違い、工房内に作業工程別に複数の職人が一番得意とする作業を行い、熟練したチームワークで一つのアクセサリーを仕上げていく所に特色がある。
ここは貴族からのオーダーが多いため工房内に来客用スペースが用意されており、フェリシテとローレンスを、いかつい年配の工房長が対応していた。
最初は良いアメジストの原石だと、石を確認して上機嫌で愛想がよかったものが、フェリシテがいくつかのアメジストを別な子袋から取り出して見せたとたん、豹変して激怒したのだ。
「こんなインクルージョン(石の内部にある内包物や異物のこと)だらけのアメジストも加工してくれだと⁉いいかね、お嬢さん。こんなのは採掘した時点で使い物にならずに棄てられるクズなんですよ。アメジストの品質を決める物をご存じですか?色、透明感、内包物の少なさ、ひびや欠け等のクラックの少なさですよ。こんな石、カットする価値など無い……‼」
客に向かって、酷い言い草である。
いかにも職人気質らしい苛烈で頑固そうな工房長に凄まれ、ローレンスは小鹿の様に震えていたのだが、隣のフェリシテはと言うと、工房長の雑言など、そよ風くらいにしか感じていないのではないかと言うほど平然と落ち着き払い、のんびり出された紅茶をすすっていた。
「まあ工房長、落ち着いて下さいませ」
咳払いして、フェリシテが口を開く。
「インクルージョンは承知の上でのオーダーなのですよ。その上で、こちらの腕とデザインセンスを見込んで依頼しているわけです」
「何だと……⁉」
「こちらでは、王族や神殿からの依頼も多く手掛けておられますよね。聖具の加工や、現教皇の指輪もこちらの工房で作られたものだとか。アメジストは尊い神の石です。わが国で、最もこの尊い神の石の細工を手掛け、世に普及せしめているのは、こちらの工房と言っても過言ではありません……!」
真顔で厳かに言うフェリシテに、工房長の態度が幾分軟化する。
「…………まあ、そうとも言えるな。お客様はよく勉強されている様だ」
自尊心をくすぐられて、まんざらでもなさそうな工房長に、フェリシテが畳みかける。
「いえ、私など、工房の方々に比べたらお恥ずかしい程の知識しかございません。ただ、折角手に入れた神の石を棄てるに忍びなく、せめて磨いて御守りにでもしたいと考える浅慮な私の願いをかなえていただけないでしょうか?ーーもちろん、後で思っていたのと違っていた、等と言って代金を踏み倒すなんて事はございません!前金を弾ませていただきますので、どうか、ささやかな願いをかなえて下さいませ……!」
しおらしく、ささやかな願いなどと口にしつつ、どん!と勢いよくフェリシテが懐から出したのは、普段滅多にお目にかかれない、えぐい量の金貨が詰まった袋だった。
ーーーー言う事とやる事が合っていない。
ローレンスは目玉が飛び出そうな金額に、目が釘付けになり、愕然と顎を落とした。
なんだかんだ言葉で篭絡しつつ、結局はお金の力を借りると言う荒業であるが、いかにもこだわりがあって頑固そうな工房長に効くのかーーーー?
ーーーーむしろ、金の問題じゃないとか怒りそうな気がして、恐る恐る不安を押し隠し、ちらりと工房長を伺い見たローレンスは、考えを改めることになった。
「し、仕方ありませんな……我々の腕を見込んで、と言われては、お断りできませんからな…………!」
コロっと掌返しした工房長が、大量の金貨を前に、瞬殺で陥落する。
ーーおい、こだわりはどこ行ったよーーーー⁈
コケそうになったが、工房長が自分と同じ普通の人だと感じて、大いに親近感が湧いたのは否めない。
「まあ、領主様のご紹介ですから、身元も確かでしょうし、無下にお断わりするのも失礼ですし」
言い訳の様に付け足した工房長に、オーダーを取り付けたフェリシテが会心の笑顔を見せる。
ーーーー明らかに策士の笑みである。
「契約成立ですね!それでは、出来上がりを楽しみにお待ちしておりますわ!」
*
ーーーーその後も工房と揉めること3回。
4カ所の工房を回って、何とかオーダーにこぎつけた後は、フェリシテもローレンスもぐったり疲れ切っていた。
午後3時前にヘトヘトになってカフェに入った二人は、お茶を一杯飲んだところで、やっと生き返り、人心地つく事が出来た。
「これで本日の仕事は完了です。ローレンス様、お疲れさまでした……お付き合いくださり有難うございます。奢りますから、お好きな物をご注文下さい」
ブラックフォレスト・ガトーを注文したフェリシテが言うと、ローレンスは、がばっとメニューに飛びついて「やった!腹が減ったから、サンドイッチ頼んでも良い?」と尋ね、スモークサーモンとキュウリを挟んだものと、ローストビーフにチェダーチーズを挟んだ二種類のサンドイッチを頼んだ。
今日はゴリ押しだったため、精神的な消耗が凄い。
だが、やり切った充足感に浸っていると、早速、運ばれてきたサンドイッチにかぶり付いて、ローレンスが満足そうな吐息をついた。
「やっぱ、フェリシテ嬢は度胸があるなあ。肝が据わってるって言うの?すんげえ怒られても平然と押しまくって、それでも頷かない相手には、金貨でバーン!と黙らせるなんて、なかなかできる事じゃないぜ!俺もいつかやってみたいわ。ーーところで、俺より年下だけど、姐さんって呼んでも良いか?」
瞳に星を輝かせてそわそわしているローレンスの発言に、フェリシテは口に入れたケーキにむせかけ、慌てて「どんな組織の構成員ですか!」と突っ込んだ。
「ヒューイット様を頂点としたラザフォード軍団とか、憧れるんだけどなあ。ヒューイット様の嫁さんが剣を扱える武闘派なんて最高じゃん!もともとヒューイット様は王宮第一騎士団の副団長になるところだったんだぜ。知ってるだろ?」
ーーいや、武闘派とは盛大な勘違いである。
しかも、副団長の話を当然の様にふられるが、にわか花嫁のフェリシテには初耳だった。
「そうなんですか?」と目を丸くすると、呆れられるかと思ったが、むしろローレンスは張り切って口を開き、前のめりになった。
「フェリシテ嬢もぜひ知っといてくれよ。これは知ってるだろうけど、先代のラザフォード伯爵ーーヒューイット様のお父上が、長期間ご病気を患っていただろ?」
流石に、それなら知っている。
確か心臓の病で、よく発作を起こし、発症から10年近く経った今は王都のタウンハウスで主治医がほぼ付きっ切りで療養しているはずだ。
「その時に目が届かないからって、地方の管理官たちが好き勝手してな。勝手に増税したり、収賄、横領と犯罪のオンパレードさ。前任の補佐官を信頼して任せてたのも裏目に出た。補佐官達もグルだったんだ。アカデミーに通い、騎士団に所属して多忙にしていたヒューイット様が気付いた時には、ラザフォード領は破産寸前。……それで騎士団を諦めて、アカデミーの特例で飛び級して卒業と同時に爵位を継いだんだ。本当は俺なんかよりずっと強いんだぜ、ヒューイット様は」
ーーーー破産しかけていたとは、知らなかった。
ノアゼット家で話題に上らなかったが、もしかしてフェリシテの父親は分かっていたかもしれない。
妹のエルヴィラも気付いていて、それでお金に困っていない、フェリシテの元婚約者、カシアン・オーストルジュに乗り換えたのかも……と言う疑念がよぎる。
贅沢好きなエルヴィラは、お金の話に敏感だから、生活の苦労の無いほうへーーと言う打算があったのは有り得ない事ではない。
「あ、心配無用だぜ。領主になってすぐ、補佐官や管理官たちの不正を暴いて粛清して、経営を立て直したんだ。領民もそんな経緯でヒューイット様を信頼してる。これからもっと良くなるよ、ラザフォード領は」
希望に満ちたローレンスの顔を見て、フェリシテは今まで疑問を感じていた事柄が氷解していくのを感じた。
ーーラザフォードの領民が、相当苦しい生活を強いられている原因を詳しく知りたかったのだ。
実家のノアゼット領は豊かだったため、何がここまで違うのかと考えていた。
ヒューイットの手腕からして、他領より経済的に低迷しているのが解せなかったのだ。
特にこれと言った産業も無く、土地も痩せているので、元々そう豊かでは無かったのが一因とは感じていた。
それに加えて隣の領から伝染病を度々持ち込まれるうえ、補佐官と管理官の不正ときては、ダメージが大きすぎる。破産しかけていたなら、そちらの穴埋めの方にウエイトが割かれ、他に手が回らなかったのが現状なのだろう。
立て直すにしても、起爆剤になるような効果的な方法が見つからず、今まで苦戦を強いられていたと考えると納得できる。
ーー傍から見て、美貌も才能も揃って何不自由なく見えていたヒューイットだが、人生ハードモードすぎやしないか?と、しみじみ同情してしまう。
しかし、人望が厚くて人間に恵まれている。
人望が皆無のフェリシテは、素直に感心した。
「本当にローレンス様はヒューイット様が好きですね。ローレンス様は騎士団に所属していたはずですが、何故文官になっているんですか?何か切っ掛けでも?」
これも不思議に思っていた事で、ローレンスの家門は代々騎士を輩出する武官の名門だ。
それが、ヒューイットには悪いが、地方領地の補佐官に就任しているとは、正直、驚いていたのだ。
ローレンスの父親は王宮第一騎士団団長で、王族を護る王宮警備の要である。
騎士の中でも第一騎士団は近衛騎士と同等以上の実力派揃いで、ローレンスも 第一騎士団所属の有名な武官候補だったはず。
フェリシテの疑問にローレンスは店員を呼んで、デザートにベイクウェル・タルトを頼んで答えた。
「同じ騎士団には在籍してたんだけど、親しくなった切っ掛けは12歳の時。俺の初恋の女の子がヒューイット様の事が好きで、振られたのが切っ掛けなんだよな。当時ヒューイット様は、パッと見、俺より背が低くて痩せて女顔だったから、何でこんな奴に?俺の方が背が高いし、たくましくて格好良いだろ!って殴り掛かったら、逆にコテンパンにやっつけられて呆然。強いの何のって、歯が立たなくてさ。もうね、そのギャップに俺もやられちまった訳」
ーー動物社会でよくある、オスの闘争か?とフェリシテは興味深く思った。
より強いオスがヒエラルキーのトップに立ち、他のオスは従属する。ーー成程、ヒューイットがボス認定されたわけだ。
「エリオットも似た様なもので、アカデミーで自分を押しのけてトップに君臨し続けられたショックで服従したらしい」
「服従」
ーーますますワイルドではなかろうか。
「始めは追い抜いてやろうとヒューイット様をつけ狙っていたらしいが、弱点を調べていく過程で、病気の父親を助けながら勉強に打ち込んでいた事を知って、心打たれたらしい。エリオットって、理屈屋で口煩くて、すぐ人を馬鹿にするツンケンした嫌な野郎なんだが、捨て犬をひろってきたり、木から落ちた鳥の雛を巣に戻してやったり、ちびっ子の花売りを見ると必ず花を買ってやる様なとこがあるんだよな。ヒューイット様は健気で、奴のツボに入ったらしいぜ」
色々ツッコミどころのある話だったが、真っ先にフェリシテの胸に浮かんだセリフは、『さすがヒューイット様、老若男女の心を鷲掴みだ』だった。
色んな属性の人々を惹き付けてやまないヒューイット様の魅力は、無限大か。
そして個性豊かな人材を受け入れる、器の広さも無限大。
「……しかし、ヴァルニア様が捨て犬をひろうなんて、想像つきませんね」
失礼ながらフェリシテは、エリオットの眼鏡の奥の酷薄なアイスブルーの瞳を思い出して言った。
一部の隙無く身なりを整えた姿から、潔癖症なのではと思っていた。
むしろ毛が付くのを嫌って犬や動物を追い払いそうな気がしていたがーーーー
「あいつ、この2年間で3匹子犬を拾って来たぜ。初めは『仕方ないな』って許してたヒューイット様も、3匹目になったら呆れて叱ってた。全部地方の孤児院の番犬になってるけどな。最近は捨て犬を見かけなくなったから良いが、4匹目が居たら絶対に拾って来るぞ。賭けてもいい」
笑いそうになって、フェリシテは表情を引き締めた。
「捨て猫は拾わないんでしょうか?犬が好きなんですかね」
「いや、猫にはかまい過ぎて嫌われるタチなんだ。野良猫と猫じゃらしで遊ぼうとして逃げられてるのを何度か見かけたことがある。不憫だから、見ない振りしてやってるけどな」
ーーーー耐えるのが限界になり、ついにフェリシテは盛大に噴き出したのだった。
*ブラックフォレスト・ガトー:ドイツ発祥のケーキで、チョコレートスポンジに
キルシュ漬けブラックチェリーのコンポートと
生クリームを載せたケーキ。
*サンドイッチ二種類: スモークサーモンとクリームチーズ、
キュウリを挟んであります。
もう一つは、ローストビーフに飴色玉ねぎ、
溶けたチェダーチーズを挟んだもの。お好みで
マスタード、ルッコラ、マヨネーズを添えます。
イギリスではパンに挟んでありますが、
アメリカだとベーグルに挟んだものも。
*ベイクウェル・タルト:タルト生地にラズベリージャムを敷き、
カスタードにアーモンドパウダークリームを
混ぜたクリームをのせて焼き上げたタルト。
イギリスのお菓子。




