58.側近達の本音
「しかし、マチルダに反撃したのは正解だと思うぞ。服を焼くなんてやっちゃダメだろ。マチルダはフェリシテ嬢が屋敷を出た後、ヒューイット様にあんたにした嫌がらせを全部白状させられて、加担した使用人達全員と今月の給与を3割カットにされて撃沈してた。もちろんエリオットとガブリエルもだ。あんた結構、ヒューイット様に大事にされてるんだな」
ローレンスにエスコートされながら街を歩き出したフェリシテは、意外な話を聞かされて目を丸くした。
……そうだったのか。
嫌がらせは腹立たしいが、今回の揉め事の根本的な原因がノアゼット家がラザフォード家にした裏切りがもとになっているので、何とも複雑な気持ちになる。
ヒューイットが毎回ゴタゴタに巻き込まれるのも気の毒だった。
「ーーヒューイット様は優しいですよね。もっと冷たい人かと思っていたんですが……」
「ああ、ヒューイット様は身内には優しいんだよ。警戒心が強い猫みたいなんだけど、時々デレてくるから、そのギャップにやられて落ちるんだよなあ」
主人を猫呼ばわりするローレンスに、少々呆れる。
ーーだが、今朝しゅんとしていたヒューイットを思い出したフェリシテは、彼に猫耳としっぽを思い浮かべて悶えそうになった。ーーマズい。破壊力が凄い。
理性を取り戻そうと咳払いしたフェリシテは思考を切り替え、気になっていた事を質問した。
「……あの、カッセル様はそれほどでは無いようですが、ヴァルニア様とシュルツ様には、相当敵視されていました。あれはラザフォード家への侮辱からの反発ですか?それとも、私個人への敵意でしょうか」
ヒューイットの側近と言う立場であれば、離婚するまで、フェリシテと全く関らないのは難しい。
今後、フェリシテが事業を展開したりすれば、様々な手続きをしてくれるのは、多忙な領主のヒューイットではなく側近達だろう。
それに、彼らの家門ともいざこざを起こしたくはない。事業で彼らの実家の侯爵家や伯爵家に足を引っ張られたらたまらない。
これ以上拗れず、穏便に付き合えれば、と考えて質問したのだが、ローレンスは人の悪い笑みを浮かべてからかう様に言った。
「ローレンスで良いぞ。堅苦しいのは苦手だ。ーーあれが気になるのか?カシアンとエルヴィラ嬢の浮気には、対応が鈍かったのに」
唐突に痛い所を突かれて、フェリシテは顔をしかめた。
ある程度、二人の関係を察しながら放置したのは事実だ。
ーーーだがまさか、家同士の約束を反故にして子供を作るとは予想できなかった。
「……その話からすると、ノアゼット家がヒューイット様に恥をかかせたのがマズかったと言う訳ですか?」
「んーちょっと違うね、あいつらは」
ローレンスが笑いを堪え、横を向いて肩を震わせる。
何がそんなにおかしいのかと怪訝に思っていると、ローレンスが「もっと単純だって」とぶっちゃけた。
「俺は会った事ないあんたより、エルヴィラ嬢の方が苦手だったんだ。彼女って、一見お淑やかで優し気にしてるけど、わがままで抜け目ない性格が隠しきれてないだろ?貴族じゃなかったり、不細工な奴の事は無視して眼中になかったからな。夜会では金持ちに擦り寄ってたし、皆は見る目ないなと思ってたぜ」
フェリシテは本気で驚いた。
今までエルヴィラの裏の顔を見抜いた人は、ほぼいない。
表面的な愛想笑いの下で、他人を見比べて格下の人間を見下していたエルヴィラに誰も気付いていなかったのだ。
「……よく分かりましたね。凄い観察眼ですよ」
「まあな。もっと褒めてくれ」
無邪気で得意げなローレンスに、笑いを誘われる。
「反対にエリオットの事は、目が節穴だと蔑んでくれていいぞ。あいつ、エルヴィラ嬢に惚れてたんだ。ヒューイット様の手前、片思いで耐えてたんだが、柱の陰からヒューイット様とエルヴィラ嬢のツーショットを見つめて切なげに溜息を吐いたり、エルヴィラ嬢が来ると分かりやすくソワソワしたり、裏庭でエルヴィラ嬢のいる部屋を見上げてぼんやりしてたり、分かりやすく恋患って、うっとおしかったからな」
ーーーーあのヴァルニア様が⁈
彼の堅そうな外見から想像のつかない行動が列挙され、フェリシテは動揺した。
「それが、エルヴィラ嬢がヒューイット様以外と浮気してたと聞いて抜け殻みたくなってさ。憧れてたぶんショックだったのか、恨みつらみに反転したらしい。ヒューイット様を崇拝してもいるから、尚更反動が大きかったんだろ。フェリシテ嬢へは八つ当たりだな」
「はあ…………」
エリオットは、フェリシテの予想以上に熱い人だったらしい。
「じゃあ、カッセル様はーー」
ガブリエルがフェリシテを敵視する理由は?
彼は、あからさまに悪意があるように見えた。
フェリシテの悪評を信じて、嫌っているのかもーーーーそう思いかけていたのだが、難しい顔をしているフェリシテを、ローレンスはひょいと覗き込んだ。
「ガブリエルなんかもっと単純だって。補佐官の中で、あいつが一番ヒューイット様大好き!なんだ。あいつエルヴィラ嬢の事も嫌ってたぜ。ヒューイット様を取られたみたいで面白くないんだろ。あんたが国宝級の美人だろうが、ヒューイット様に相応しい才女だろうが、気に入らないんだ。大好きな上司を取られそうな忠犬がキャンキャン吠えてるだけ」
ーーーーもっとシリアスな理由かと思っていたフェリシテは脱力した。
使用人達の方が、ラザフォード家への忠誠心が感じられるのは何故だ。
しかし体面の問題なら、今後の事業でラザフォード家を盛り上げて挽回できるのだが、個人的な感情をどうにかできる自信がない。むしろ厄介だとフェリシテは頭を抱えたくなった。
「ところで質問なんだが、フェリシテ嬢はヒューイット様を好きなのか?」
「それ、いまする話ですかーー⁈」
フェリシテの苦悩をぶった切って、突拍子もない問いを突っ込んできたローレンスに翻弄される。
細工師たちの住所を書き留めたメモを握り潰しかけて慌てていると、頭一つ高い所から楽しそうに見下ろすローレンスがお気楽に言った。
「だって今日しか会えないかもしれないんだろ?それとも本邸に戻って来てくれる?そうすると俺が楽しいんだが」
…………鬼畜か?
フェリシテは白い眼で見たのだが、ローレンスがやる気に満ちたキラキラな熱いまなざしを返してきたので、たじろいだ。
「ーー揉め事が面白いんですか?悪趣味ですよ」
「いや。ヒューイット様ともっと仲良くしてもらおうと思って。俺がプロデュースしてやるよ!」
何でだーーーー⁈
フェリシテの叫びを華麗にスルーして、ローレンスは「おっ、ここだ、ここだ!細工師の工房に着いたぜ!」と、スキップする勢いで上機嫌で扉を押し開けたのだった。
誤字があったため、書き直しました。ご報告下さった方、ありがとうございます!感謝*




