57. ハレンチで戦闘力が高い地味な令嬢(⁈)
昨夜の気まずいディナーを過ごした食堂に辿り着いたフェリシテは、ちょうど空いていた扉を越え、スタスタと室内に入った。
薄いネグリジェ姿で、叫び疲れてぐったりしているマチルダを雄々しく担いで来たフェリシテに、食堂にいたヒューイットだけでなく、エリオットとローレンス、それと給仕をしていた使用人4人が度肝を抜かれて硬直する。
ヒューイットはティーカップをソーサーの上に取り落とし、ローレンスが飲んでいたお茶を吹く。
「ーーっ、フェリシテ・ノアゼット……!何て格好ですか⁈ハ、ハレンチなっ……!」
声を引っくり返し、エリオットが両手で顔を覆い、顔を真っ赤にして喚いた。
ーーーーハレンチと言う言葉を使う人を初めて見た、とフェリシテは思った。
……たかがネグリジェで?と思ったが、ヒューイットも目のやり場に困った様に視線を逸らし、ローレンスは「わぁ~お……!」と言いながら、目隠しするフリをしつつ指の隙間からこちらを見ている。
ローレンスはどうかと思うが、ヒューイットはやはり紳士だ。
エリオットは、まるで乙女の様に恥じらっていて、明らかに不審者になっている。
「皆様、お見苦しいいで立ちで申し訳ありません。伯爵にお伝えしたいことがあり、急ぎ参ったのですが、無礼をお許しいただけますか?」
と言うか、担いでいるマチルダはどうしたんだーーツッコミが追い付かず、フェリシテと対峙した全員が、目を泳がせて混乱する。
着用しているのは、いかがわしい装飾もとんでもない露出も無いシンプルなネグリジェだから問題ない。
フェリシテは構わず騎士の礼をとった後、ひょいと肩から降ろしたマチルダを床に無造作に置いた。
相当怖かったのか、瞳孔の開ききったマチルダが立てずに床にへたり込み、青い顔で文句を言う気力も無く放心する。
「ーーマチルダか。彼女がどうした?君の侍女にしたはずだが」
イスから立ったヒューイットが、ジャケットを脱いでフェリシテの肩にかけてよこす。
ヒューイットの視線を受けたマチルダが我に返り、ギクリと強張り下を向いた。
ーーバレるのが嫌ならやらなければいいのに、とフェリシテは嘆息した後、目の前に立つヒューイットを真っすぐ見つめて言い放った。
「この者が、私の騎士服を棄てたーーいえ、焼き棄てたそうです。おまけに荷物は部屋に無く、馬小屋にありました。私はこのような歓待にいくつ耐えなければなりませんか?もういいのではないでしょうか。伯爵のご厚意は分かりましたが、私はホテルにでも移ります。ご歓待ありがとうございました。それでは皆様、ご機嫌よう。これでお別れのご挨拶とさせていただきます」
ヒューイットのジャケットを突き返し、身をひるがえして客室へ戻る。
厨房から様子をうかがう使用人達の視線など構うものか。
ドレスを一着借りることにして、自分に与えられた客室に戻ったフェリシテは、動きやすそうなグリーンのドレスを手にネグリジェを脱いだ。
「ーーーーフェリシテ嬢‼」
焦った顔で飛び込んできたヒューイットがノックを忘れていた事に気付いたのは、下着姿のフェリシテと鉢合わせた後だった。
「着替えているので、扉を閉めていただけますか」
手を休めずにドレスに袖を通すフェリシテに動揺したヒューイットが、ぎゅっと目をつむって「すまない……!」と謝りながら扉を閉める。
「…………伯爵には外に出てほしかったんですが」
扉の前で背を向けたまま突っ立っているヒューイットに、フェリシテは苦笑した。
「えっ⁈……あっ!そ、そうだな、すまない」
すまないと言いつつ、出て行かない。
構わず着替えてバスルームで顔を洗い、髪を結う紐が見当たらないので適当に肩に髪を流したまま部屋に戻ると、扉の前で所在無げに佇むヒューイットと目が合った。
ずっと居たのかと意外に思っていると、立ち尽くしたままヒューイットが頭を下げる。
「……君に不快な思いをさせてしまって申し訳ない。昨日のディナーも失礼な事ばかりだった。お詫びにホテルは私が用意するから、決まるまで部屋で待機していてくれないか。朝食はここへ運ぶ。部屋の外に出なくていいから」
どこかシュンとした様子のヒューイットに、フェリシテは瞬きした。
最近、冷徹だと思っていたヒューイットが表情豊かに見えるようになってきた。
目の錯覚かと思ったが、本当に悪いと思っているのだろう。
ホテル探しは土地勘のないフェリシテ一人では難しそうだったので、断るのは止めて、有難く受け入れることにする。
「安宿でかまいませんから」
「……いや、流石に令嬢を安全でない所に泊まらせるわけにはいかない。護衛も付ける。これは私の謝罪だと思って欲しい」
そう言われると、増々断れない。護衛なんていいと思ったのだが、どこまでも紳士なヒューイットに逆らい辛い。親切心で言ってくれている人間には弱いーーフェリシテは肩を竦めて、仕方なく頷いた。
*
「宝石細工師に会いに行くんだって?道案内はバッチリだから任せろ!」
ホテルに移動し、そろそろ職人に会いに出かけようとしたフェリシテを迎えに来たのは、ローレンス・カッセルだった。
自前なのか、朝に見たスーツ姿ではなく、黒の騎士服に金のモール、えんじ色のハーフマントを左肩にかけ、きちんと護衛騎士の姿をしている。
控えめに言っても、かなりな男前だ。すれ違うホテルの女性客がチラ見して来るのも納得する。
そんなローレンスに、ばちん!とウインクされてフェリシテは面食らった。
嫌がらせ続きに懲りていたフェリシテが断ろうとすると、ローレンスは軽い口調でとんでもない二択を持ち出す。
「断られたら、後をつけろとヒューイット様から命令されてるんだ。隣を歩くのと、五歩うしろでストーカーされるのとどっちがいい?」
勿論、ストーカーの方をお断りする。
ストーカーされて喜ぶ特殊な趣味は無い。
渋々、諦めて護衛をお願いすると、ローレンスはくくっ、と楽し気に笑みを浮かべた。
「安心しな、俺はあんたに敵意は無いから。いや、どっちかと言うと好意があるかな。今朝の出来事でエリオットがメチャクチャ狼狽えてんの。いつも澄ましたあいつが、暫く赤くなったり青くなったりしてて面白かったぜ。あんな顔させるなんて、やるな、フェリシテ嬢。俺は大いに気に入ったぜ」
「それはどうも」
あんな事で気に入られるとは、不本意としか言いようが無い。
おざなりな返事をして、フェリシテは紫水晶の原石の入った布袋を「よいしょ」と肩に担ぎ上げた。
原石一つ一つが大きいうえ、予備の石も用意したため、腕に抱えるには重くなり過ぎていた。なので担いだ方が早いと思ったのだが、ローレンスがそれを見て、ぶっ!と吹き出した。
「待って、それ、普通は男に持たせるよな⁈自分で担ぐってあんた、面白過ぎるだろ……!」
爆笑しながら袋を取り上げられ、フェリシテは一応、礼を言いつつ、笑い過ぎでは?と思った。
フェリシテには重かったのだが、身長が高く体格のいいローレンスは軽々と布袋を片手で持っている。
エインワースに帰ったら、もう少し腕力を鍛えようと密かに決意したフェリシテに、ローレンスは興味津々で話しかけた。
「夜会で見た時は、こんな愉快なお嬢さんとは知らなかったな。知ってたら、絶対に声掛けてたのに」
「ーー社交界で私に声を掛けたら、評判が悪くなりますよ。それにパーティでは、リサーチがはかどるんです。邪魔しないでいただけますか」
「リサーチ?」
つれないフェリシテの態度を気にも留めず、ローレンスがきょとんとして首をかしげる。
「交友関係から推測する社交界の勢力図や、ドレスやアクセサリーから見える流行、シェフのお料理で知る新食材や新たなお菓子などですよ……!貴族たちが仕入れて来る新しいモノの売れ筋をいち早く見抜いて、取り入れるんです」
引きこもりつつも、トレンドリサーチのためにパーティに時々参加していたのは、そんな理由からだ。
仕入れた情報は領地経営に活用させてもらった。
意外と領民から困りごとを相談されるのだが、売り上げが減った商店街のイベントのアイデアが欲しいとか、地方活性化の悩みとか、ざっくりしつつも深い悩み相談に対応しなければならなかったのだ。
領主の価値が試されるーー提案が当たって上手くいくと、なかなか嬉しかったりしたものだ。
最近の一番の悩みどころは婚活問題で、地方の村の長老たちが、孫の顔を見たいのに子供が結婚してくれない!と言う親世代の訴えに翻弄されていた。
そう言えばフェリシテが結婚する前に、大規模に開催したお見合いパーティーはうまく行ったのだろうか……?ーー個性的な長老たちとお茶がしばけなくなったのは、少々寂しい。
半世紀前に、王様が無茶な増税をしようとしたからクワを持って王都で暴れ回ったやんちゃ話は80回くらい聞いたが、聞けなくなると残念な気がしてしまう。
思い出して、ちょっとソワソワしてしまうが、そう言えば、もう領地経営に関わっていないからリサーチは必要ないのだ、と今更ながらに気付く。
ーーだが、ローレンスは、令嬢らしからぬフェリシテの答えがお気に召したらしい。
豪快に腹を抱えて笑った後、上機嫌になる。
「パーティでしおらしく壁際にいたのは猫被ってたのか?どのご令嬢も厚化粧で気取った話ばかりで、つまらないと思ってたのに。フェリシテ嬢は言われっぱなしの大人しい令嬢かと思ってたら、戦闘力高めでヤバいじゃん。本性を隠してたんだな」
「ーー本性も何も、私は至って地味な性格です。昨日今日と、色々なストレスが積もって爆発したってだけで。これから余りの地味さに退屈すると思いますよ」
力強く予告すると、むしろローレンスが面白がる。
以前は我慢して反論を呑み込む事が多かったが、ストレスが溜まるだけだった。
ーーお年寄りを担いだのは酷だったかなと思ったが、人としてやっちゃダメな事がある。越えてはいけない一線を読み違えたのは反省してもらわないと、とフェリシテは思った。




