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56. VS 補佐官 & マチルダ 

 一方、裏でそんなやり取りが行われていたとは露知らぬフェリシテは、こちらはこちらで修羅場を迎えていた。


 ーーーーああ、凄い睨んでくるなぁ……


 料理の並んだテーブルには、上座にヒューイットが。今回はお客様扱いなのか、右手にフェリシテ、左側にヒューイットの補佐官3人が向かい合わせで座る位置になっていた。

 ヒューイットと年の近そうな補佐官達は、彼に近い方から、


 黒髪でサファイアブルーの切れ長の瞳に眼鏡をかけた エリオット・ヴァルニア。緩やかなウエーブを描く金色の背中までの長髪で、エメラルドグリーンの瞳の ガブリエル・シュルツ。赤毛で冴えたスチールグレイの瞳をした ローレンス・カッセル と紹介された。


 一応、社交界に出ていたので、3人の顔と名前くらいは把握していた。

 引き籠り令嬢のフェリシテでも知っているのは、ひとえに3人共タイプが違うが全員美形で、令嬢たちに人気だったからである。


 しかし、「補佐官の選考基準に顔も含まれている」と言われても、納得の顔面偏差値の高さだ。

 そう言えば、使用人達も美形揃いなのでは?ーーフェリシテは気付いた。

 もしかして、ラザフォード本邸はヴェルファイン王国いち、美男子密度が高いのではなかろうか?


 普通のご令嬢なら、こんな環境にいたら歓喜するだろうが、フェリシテの額には冷や汗がつたう。和やかさを装って品定めしてくる3人の眼にさらされ、ダメージを受け続けているからだ。

 先程、愛馬と触れ合って上がったモチベーションがみるみるしぼんでいってしまう。もう、今日一日で灰になりそうな程、精神は消耗しきっていた。


「フェリシテ様とお会いできて光栄です。大分お見掛けしませんが、もっと社交の場においでになれば宜しいのに」

(この引き籠りが。社交界へ出て来てみやがれ)


 副音声の聞こえるセリフを喋っているのはヴァルニア公爵家次男のエリオットである。秀才と名高い、法務長官の息子だ。


「本当に。まさか、この様な形でお会いできるとは思っておりませんでした。ええと、フェリシテ様は確かダンスがお得意でしたね?」


 全く目の笑っていないシュルツ伯爵家の三男、ガブリエルは、くっ、と面白そうに口元を歪めた。女性の様に美しい青年は棘のある笑みを絶やさない。

 ーー社交界ではよく知られているが、元婚約者のカシアンが録にエスコートせず、パーティ会場で壁の花になっていたフェリシテは、人々の物笑いの種であった。

 ダンスなどデビュタント以降、まともにした事が無い。それを揶揄しているのだろう。


 傷ついたり動揺すれば、この人達の気が済むのだろうが、生憎と開き直ったフェリシテには無効だった。


「いいえ全く。ダンスは不得意ですので、記憶違いですね。社交界にも興味はありませんし、不調法で申し訳ありません」


 悪びれずにバッサリ会話を断ち切ると、反応を待っていたエリオットとガブリエルがポカンとする。

 弾まない会話より美味しい料理を堪能する方を選んだフェリシテだったが、それを一人、笑いを堪えてニヤニヤ見ているのが王立第一騎士団団長の次男、ローレンスだ。


 流石に不穏な雰囲気に眉をひそめたヒューイットが口をはさもうとしたが、その前にローレンスが興味深々でフェリシテに話し掛けた。


「フェリシテ嬢はここに到着した時、騎士服を着ていたが、剣を扱えるのか?乗馬も様になっていて驚いた。いつから乗馬を始めたんだ?」

「乗馬と剣は4年前からですね。馬に乗れると馬車より移動が格段に速くて便利です。剣は護身程度で、ボウガンの方がどちらかと言うと得意です。幸い暴漢に襲われた事が無いので、今の所活用できてはいませんが」


 本人も武人であるローレンスは、感心した様子で話を聞く。


「ボウガンは女性でも扱いやすいからな。君は狩りには参加しないのか?辺境伯家のご令嬢がいるんだが、君と話が合いそうだ」


 それは初耳かもしれない。

 だが、国境を護る辺境伯の令嬢が剣を振るう理由と、フェリシテが剣を扱う様になった理由が違い過ぎるだろう。

 返答に困っていると、ガブリエルが上機嫌で口をはさんだ。


「辺境伯と言えば、ご令息の方がフェリシテ様と話が合うんじゃないですか?彼も社交に興味がなくて、ダンスも眺める方が専門だとか。聞けば聞くほどフェリシテ様とお似合いだ。良かったら、ご紹介致しますよ」

「ーーーーガブリエル・シュルツ」


 あからさまな冷やかしに、ヒューイットが声を尖らせる。


「冗談ですよ、ヒューイット様。そう怖い顔なさらないで下さい」


 華麗な笑みではぐらかしたガブリエルは、すぐに無難な話題に話をすり替えた。

 しかし、冷ややかな視線を注ぎ続けるのを忘れない。


 …………ヒューイットには数日滞在するといいと言われたが、むしろ今晩、今すぐエインワースへ帰りたい。

 部屋に鍵はかかるが、まさか寝込みを襲われないよね?

 以前のヒューイットと違い、寝首を掻かれる方の心配をしつつ、フェリシテは大きな溜息を吐いた。


 *


 ーー翌朝。眠れないかと思ったが、疲れてぐっすり寝ていたフェリシテは、ノックの音で目を覚ました。


「朝食のご用意をしておりますので、ご準備できましたら食堂までお出で下さい」


 言うだけ言って、きびすを返した灰色の髪の高齢のメイドに、慌ててフェリシテは昨日から探しても、どうしても見つからない騎士服について尋ねた。

 今日はドレスを着るが、エインワースへ帰る時には乗馬するために必要だ。

 屋敷中捜しまわるわけにいかず、困っていたので、さっさと返して欲しいと思っていたのだが。


「騎士服?とても汚かったので処分しましたわ。あんな安物、また買えばよろしいのでは?」


 ふふん、と見下し、馬鹿にした様子で笑った女中に、フェリシテは耳を疑った。

 確かにエインワースの町で買った安物で着古していたが、断りも無く使用人が勝手に処分するなどありえない事だ。

 荷物を馬小屋に置かれ、着替えを手伝わず、晩餐でも嫌味を言われ、昨日からストレス続きだったフェリシテは、寝起きでぼーっとしていた頭の奥で、ぷちんと何かが切れた音を聞いた。


「……あなたが、処分したのか?どうやって?今、どこにある?」

「どこって……もう、火にくべましたわ。晩餐会の後、裏庭の焼却炉に投げ込んでいたものに火をつけました。すでに灰になっています」


 昨日、厨房で若い女中のキャロルにコテンパンに言い負かされたマチルダは、腹いせに騎士服を焼いてやったのだった。

 本当は、洗濯女中が洗おうとしていたのだが、横取りして焼却炉に放り込んでおいた。

 みっともない恰好をした不細工な女が、誰よりも優れたヒューイットの嫁など認められるわけがない。

 ただの八つ当たりだが、この屋敷に一番古くから使えて来たマチルダは、使用人達に大きな影響力を持っている。

 フェリシテに身の程を思い知らせ、不満を持つ使用人達の代弁者として振る舞う事に何の疑問も抱いていなかった。むしろ、正義だとさえ思っていた。


「ーーこの屋敷の歓迎方法は、無礼を行う事なのか?荷物も世話も放置しておきながら、果ては客の服を焼く?何だここは、賊の住処か?そうか、あなたは賊の一員か」


 ーーフェリシテの静かな眼に射貫かれ、低めた声に不穏なものを感じて背筋が震える。

 大人しかった昨日の印象はどこへ行ったのか?

 がらりと空気を変えたフェリシテにマチルダは目を見張った。

 社交界でも馬鹿にされっぱなしの劣った令嬢だと聞いていたが、フェリシテが頭ひとつ高い位置から鋭利な紺色の眼で見下ろしただけで圧倒され、ヒッ!と息を飲んで体を強張らせる。


 フェリシテを完全に舐めていた彼女は、フェリシテが怒ることを想定していなかった。


 怒りをあらわにしたフェリシテがマチルダの腕を掴むと、鍛えた握力でみしりと骨が軋み、マチルダは悲鳴を上げて振りほどこうとして床上に尻餅をついた。


 まだ何もしないうちから床に転がった高齢の女中に、フェリシテは呆れた目を向けた。


「覚悟も無いのに、他人を攻撃しているのか?報いを受ける事も分からないほど頭が平和ボケているのか。お返しされる可能性すら想定できないなど、随分、めでたい頭をしているな。さて、ではそろそろヒューイット様の所へ行くか。あの方は早起きだから食堂にいるかな」

 

 そう呟いたフェリシテに、ひょいとマチルダは軽々肩に担がれる。


「え?」


 うろたえる間もなく、そのまま走り出したフェリシテに振り落とされない様、必死にしがみついたマチルダの口から、恐怖のあまり悲鳴が漏れる。


「ぎ、ぎょええええええええええーーーーーーーーーーーー⁉」


 取り繕う余裕も無く、朝の閑静なラザフォード邸に、つぶれた蛙みたいな奇声が響き渡る。


 庭の小鳥たちが一斉に飛び立つ。

 爽やかな朝が台無しになり、厨房でコップや皿の割れるパリーンという音で、波乱に満ちた今日の日の幕が開けたのだった。



 

 




 




 

 


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