53. 友人にはなれるのか?
「これはすごいな……」
毎日、書類と格闘し、食えない相手との交渉等に明け暮れていたヒューイットの目に飛び込んできた無数の紫水晶の結晶は、小さなランプの光に煌めいて、溜息が漏れるほど美しく幻想的だった。
先日見つけたアメジスト鉱床の内部へ入り込んだフェリシテ達は、しばし言葉を忘れて、うっとりと雄大な自然が産み出した奇跡に見入った。
今回はランプを持ってきたので、思う存分内部が見渡せる。
フェリシテはランプを掲げ、壁面にびっしり生える紫水晶を良く見える様に照らした。
「おおよそですが、高さ3m、幅4m、奥行き7mの巨大アメジスト晶洞ですね。今の所、人間が入れるくらいの晶洞が発見された記録がないので、世界最大だと思います」
「世界最大……⁈」
鉱物に詳しくないヒューイットがギョッとする。
「これ、穴が開いていなければ外界から見えませんから、シンクレア博士に感謝ですね。この晶洞だけで数千ディールか億の値段が付きますよ。それにこれだけでなく、周囲にも晶洞がまだあるはずです。ただ、商用に採掘すると、採掘量に比例した固定資産税がかかるので、国に報告義務のない程度の量をジュエリーにして販売した方が良いと思います。盗掘の恐れもあるので、あまり公にしない方が良いかと」
貴族に所得税は無いのだが、鉱物の採掘や自領以外の土地の所有などに税金が課される。
これが結構、高額なのだ。
だから、本気で儲けようと思うなら、海外から安い鉱物を輸入して領内で加工販売したほうが安い説まである。
だが調べてみると、年間採掘量100㎏までは課税されない事が分かったので、フェリシテが狙っているのはそこだった。
「……だから、宝石細工師を紹介して欲しいと言う事か。分かった、何カ所か調べて知らせよう」
「ありがとうございます!」
その後、二人はジュエリー加工用の紫水晶を持てるだけ採取し、屋敷へ運んだのだった。
*
ーーーー何だか現実味が無いな。
午後3時になり、テーブルに並んだ見慣れぬお菓子を眺めて、ヒューイットは別世界に入り込んだ気分でいた。
いつも執務室に閉じこもっているからか、山登りしたり、アメジスト晶洞に感動したり、ノミと金槌で紫水晶を採掘したり、子供に戻ったみたいな気分だ。
それに、普段簡単に済ませていたティータイムなのに、今日は様子が違う。
下山した後、マーガレットやユリ、ダイアンサスやアルケミラモリスといった可憐な花々に囲まれた庭園のガゼボでのお茶会になり、抜けるような青空の下、穏やかな風が心地良かった。
「……これは何なんだ?」
フェリシテと居ると、しょっちゅう説明を求めている気がする。
「こちら、使用人の故郷のお菓子シリーズでも人気の"パブロヴァ"です。焼いたメレンゲにクリームとストロベリー、キイチゴ、ベリーのコンフィチュールをのせています。こちらは"バインフラン"で、滑らかなプリンにコーヒーリキュール入りカラメルソースでアレンジした大人のお菓子ですよ。うちの料理人がヒューイット様のために腕を振るった様です。召し上がってみてください」
軽やかにフェリシテが言うが、説明の段階から、美味しそうな気がするのは何故だ。
単なるティータイムが、カラフルなベリーや香ばしいカラメルの香りで、おもちゃ箱を開けたみたいに鮮やかな時間になるのを、ヒューイットは目の当たりにした。
いつもはクッキーなど時間がないので簡単につまめるものか、昼食を取らずに仕事をして、秘書に文句を言われながらパイやデニッシュなどの軽食を摂るかだが、本邸の料理人はスコーンやケーキやタルトなど貴族らしい伝統的な焼き菓子類しか作った事が無い。
恐る恐る口に入れると、メレンゲのサクッとした感触と、ふんわりしたクリームが口の中でとろけ、甘酸っぱさが広がる。
甘すぎるのは苦手だが、爽やかな甘味が丁度良くてとても美味しい。
ーーーー和みかけて、ヒューイットが我に返る。
ここには遊びに来た訳では無い。本邸で仕事が溜まり続けているのだから、フェリシテと話を詰めないと。
「今回のアメジスト鉱床だが」
表情を引き締めてヒューイットがフェリシテへ顔を向ける。
「ミョウバン泉とアメジスト鉱床については、君に任せようと思う。と言うか、手を着けたことのない分野なのもあってこちらに知識が無いし、正直、手掛ける暇もない。こちらには管理状況と損益報告だけしてくれればいい」
「えっ、よろしいんですか⁈」
ヒューイットが頷くと、フェリシテがソワソワ落ち着かなそうに、スプーンで紅茶を意味も無く掻き回した。
「……こう言ってはあれですが、私を信用し過ぎじゃありませんか?もし私が、密かに紫水晶を横流しして儲けようとしていたらどうするんです?」
横領するような人間が、律儀にアメジスト鉱床の発見を報告するわけがない。
報告などせず、懐に入れてしまえばいいのだから。
ふっ、とヒューイットは思わず笑っていた。
「ミョウバン泉を販売する際の、容器の原価まできっちり書いた企画書をよこした人間の言う事じゃないと思うが。しかも、使用人の入浴施設の建設費は自腹だろう?」
伯爵夫人への月々の予算は計上されているが、ラザフォード領はそう裕福ではないので微々たるものだ。
ノアゼット領で貰っていた予算よりずっと少ないだろう。
「初期経費はこちらで支払う。君が見つけなければ眠っていた資源だ。どのみちラザフォード領では新規に特産品を開拓しなければならなかったし、規模が大きくなったら売り上げの一部をいただくというのでどうだろうか」
「!それは願っても無い話です。ミョウバン泉が売れるとはあまり思えないのですが、紫水晶はアイディアがあるんです。楽しみにしていて下さい!」
喜んで話に飛びつくフェリシテに、ヒューイットは少し考えて言った。
「……宝石細工師の紹介だが、良ければ、明日本邸に戻る私に同行したらどうか。腕のいい職人は本邸のあるフェアファックス市に集まっているんだ」
「ーーーーえ?」
意外な提案に目を丸くするフェリシテだったが、ヒューイットは純粋に好意で提案している様子だった。
「どうだろう。君に本邸の者たちを紹介したいのだが。それに宝石細工師への依頼がてら、本邸に泊まってフェアファックス市を好きなだけ見て回ったら良いんじゃないか?」
ーーーー本邸に招くと言う事は、本邸の使用人達に伯爵夫人として紹介されると言う事になる。
だが、まさか、本当に夫人として認定されたわけではあるまい、とフェリシテはすぐにその考えを打ち消した。
少々動揺したが、もしかしてヒューイットは単に宿泊所を提供しようと言う親切心で言っているのかもしれない。
"夫人"認定までには至らないが、少し警戒を緩めて、ヒューイットの"友人"くらいにフェリシテのステータスがアップしていたら嬉しい。
できればいがみ合うより、友好関係を築いていけたらいいと思っていたフェリシテは、思い切ってヒューイットの提案に乗る事にした。




