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翌日、ヒューイットとフェリシテは裏山の探索に出掛けた。
ヒューイットには溜まった仕事があるが、フェリシテの話が突拍子もない内容ばかりで、気になってしょうがなかったのだ。
その突拍子のない話を持ってきたフェリシテは、今日も騎士服を着用し、腰に剣をはいて元気にざくざくと山道を登っている。
かなりな時間を歩き続けているが、普段から身体を鍛えているのか、フェリシテは息を乱しながらも音を上げる事無く歩き続けている。
普通の令嬢ならこうはいかない。
山道に入るだけで大騒ぎし、虫に悲鳴を上げ、数秒で歩けなくなり、へたり込むだろう。
何から何まで妹のエルヴィラと違う。
元婚約者の彼女は、実に一般的な令嬢らしく政治経済や勉強にも興味がなかったし、ドレスや流行りものにしか興味が無かった。
「ーー君はミョウバン石が見分けられるようだが、地質学を学んでいたのか?」
フェリシテは謎が多い。
興味をそそられてヒューイットが質問すると、フェリシテはあっさり「いいえ」と否定した。
「単に図鑑で見たのを覚えていたんです。この前、シンクレア博士から分析した結果を手紙で教えていただいて、正確にミョウバン石だと確定しました」
博士は採取した石などを分析して、わざわざ結果を教えてくれたのだ。
フェリシテがヤギチーズやスモークハム、シードルなどお土産に送ったら、お礼と共に貴重なデータをくれた。
「見ただけ?本を?」
ヒューイットが信じられない、と言う顔をする。
「君はアカデミーには入学していなかったはずだ。だが、入学できるくらいの実力があったんじゃないのか?」
一般的に令嬢達は、学問を学ぶより花嫁修業をするための学校に行くことが多い。
マナーや刺繍の技術、ダンスや招待状の書き方などを習う女学院があり、学問を学ぶ所ではないのだが、フェリシテの知識は完全に学問の領域だ。
「ーーアカデミーは行きましたよ。伯爵が入学した王立でなく、領内にある国立アカデミーにね」
苦笑してフェリシテは、ヒューイットの質問に答えた。
「ご存じだと思うので言いますが、私は家でもアカデミーでもぼっちだったので、蔵書を読破する勢いで本を読んでいたんですよ。毎日、家でもアカデミーでも何冊も読み漁っていました。知識があるとしたら、そのお陰ですね」
実は王立アカデミーに入学する実力はあったのだが、妹のエルヴィラが能力に差がつくのを嫌がり、父がランクを落として入学させた。
王立アカデミーは貴族のみが入学でき、国内最高峰の一流の教授が揃っているのだが、国立アカデミーは平民でも入学できるようになっており、裕福な商家の子や経済的に厳しい貴族の子だったり、王立を落ちた子が多く入っていた。
そのため商売に役立つ教科や、官吏になるための実務の講義が多く、純粋な学問を学ぶ場所というより、専門学校や養成所に近かった。
それはそれで帳簿つけや計算などに活かせているからいいが、実務は下賤の仕事と思っている貴族らしい貴族の父親から、アゴで使われる様になってしまった。
何しろフェリシテには給料を払わなくていいから、仕事を押し付け放題だったのだ。
そこまでは知らないヒューイットが「もったいない……」とブツブツ呟く。
エルヴィラからは「お姉様は、引きこもって本ばかり読んでいるのよ」としか聞いていなかった。
こうなると、何故エルヴィラの影に隠れていたのか分からないな、とヒューイットが疑問を抱く。
ーーーーだとするとーーーー
フェリシテには伝えていない事があったヒューイットは、握りつぶそうとしていた手紙を思い浮かべていた。
エルヴィラの浮気以来、彼女とノアゼット伯爵の対応に不信感を抱いたヒューイットは、ノアゼット伯爵家から送られてくる手紙のほとんどを無視することにしていた。
来月に迫るエルヴィラの結婚式の招待状を断っても何度もよこすなど、無神経極まりない彼らと、まともに付き合う気を失くしていたからだ。
ただ、昨日フェリシテの速達と同時に届いた、ノアゼット伯爵からの手紙は少々いつもとは違っていた。
手紙では理由を書いていなかったが、フェリシテを一度里帰りさせてくれないかと言う内容だった。
まさか強硬手段で、そのままエルヴィラの結婚式に参列させる気かと思い、丸めてゴミ箱へ直行させたが、補佐官から、どうもノアゼット領で水害が発生したらしいとの報告があった。
ーーーー水害ならノアゼット伯爵が対応するのだろうと思っていたが、まさか、フェリシテを里帰りさせて欲しいと言うのは、水害への対応で何かしらフェリシテの助力が必要だからか?
だが、フェリシテは取り柄のないエルヴィラの姉として有名だったはずだ。
エルヴィラや伯爵が軽視していたフェリシテが行くことに、何の意味がある?
それこそ、ノアゼットの後継者として指名されたエルヴィラがいれば事足りるんじゃないのか?
ヒューイットは、フェリシテへ水害の話を伝えることをためらった。
…………何となく、ノアゼット領へ戻せば、フェリシテが帰って来なくなる気がしたから。
ーーーー自分は、フェリシテ嬢がいて欲しいと思っているのかーーーー?
……フェリシテが来てから、単調だった日常がいきなり刺激的になった気がする。
予想の斜め上を行くので大変なのだが、意外とこんな日々を気に入っているのかもしれない。
ーーーー多分、そうだ。そうに違いない。
そんな風に思いながら、ヒューイットはフェリシテの後を追って山道を登って行った。
ご覧いただき、ありがとうございます。
事情により、次回からしばらく金曜日に投稿となりますので、宜しくお願いいたします。
ちなみに、次回からいくつか事件が発生します!
それから、作中のお菓子や料理の多くに中東や地中海方面の実在のお菓子などを書かせていただいています。ご興味ある方はチェックしてみてください!




