50. 明かされていく裏
ヒューイットは、厳しい表情でフェリシテを見つめる。
「領地内トラブルを抱えた者を匿えば、ラザフォード領に、要らぬ火の粉が降りかかる可能性がある。自領の領民の安全が第一に優先されるんだ。領民が危険にさらされることは了承できない」
正論なので、フェリシテはそれ以上言えなくなる。
しゅんとしたフェリシテに溜息を吐いて、ヒューイットはソファに深く座り直した。
「……ガイル領主に、後妻が入って来ている事は知っているだろう?」
「ーーはい。後妻はミディールという名で、ガイル領の隣のスタリオン領から輿入れしたとか」
フェリシテが調べたところ、ガイル領主の後妻はスタリオン領主の姪だそうだ。
先妻の子をいびる悪女だと思って肖像画を見たら、ビックリするくらいの美女だった。
燃えるような赤毛で琥珀色の瞳をし、出るとこが出ているセクシーな肉食系の美人で、ガイル領主がメロメロに惚れ込んでいるそうな。
「ミディールは、元々ガイル領主の先妻が生きていた頃からの愛人だったんだ。婚約時代から、ガイル領主はミディールと付き合っていた。だが、もう一つ噂があって、ミディールはスタリオン領主の愛人でもあるらしい」
「ええっ⁈」
伯父と姪の関係で……⁉ と驚いていると、さらに爆弾が撃ち込まれる。
「先妻の子が行方不明になり、今、ガイル領の後継者になったミディールの子供は、ガイル領主では無くスタリオン領主の子供だと言われている。ガイル侯爵の死後、ガイル領はスタリオン領に乗っ取られると、もっぱらの噂だ」
予想外の話に衝撃を受け、フェリシテはポカンと呆気にとられてしまった。
「先妻の子は、ミディールに殺されたと言うのが通説だ。子供がスタリオン領主に似ているのに、そのまま後継者にしたガイル領主だ。ミディールに骨抜きにされて言いなりなのかもしれない。ミディールが何を考えて領民から金を巻き上げているか分からないが、背後にスタリオン領も控えている。義侠心はいいが、歯向かうと、蛇が出て喰われるかもしれないぞ」
脅しでなく淡々と事実を述べるヒューイットに、フェリシテは身震いした。
自分が見えていない裏の世界がある事を、今更ながらに思い知る。
「リュドミル領の密輸などなおさら厄介だ。密輸がバレれば家は取り潰しだ。密輸の目撃者を放っておくわけがないだろう。君が考えているよりも、領地間の問題は殺伐としていて危険をはらんでいる。安易に手を出すと、命取りになるぞ」
フェリシテには言葉も無い。
流民は可哀想だが、ラザフォードの民を巻き込むとなると躊躇してしまう。
それでも流民たちに何かできないか悩んでいると、フェリシテをずっと観察していたヒューイットが口を開く。
「ーーーー君は、ずいぶん平民に肩入れするんだな」
ぱっとフェリシテが顔を上げると、ヒューイットと正面から目が合う。
「……そうでしょうか?そうは思いませんけど……」
フェリシテはよく分からなそうに首を傾げたが、ヒューイットからすると、赤の他人の流民を気にかけたり、使用人のための入浴施設を建てたり、別荘に放置していた領主の領民のために小麦を高値で売れる様にしたり、どう見ても明白だ。
ただのお人好しなのか、人類が皆幸せになるべきと考える理想主義者なのか分からないが、とにかく変わった珍しい人物には間違いない。
エルヴィラと婚約していた頃はロクに会話もしたこともなく、顔すらまともに見ていなかった。
フェリシテは、それほど存在感のない人間だった。
沈黙が降りたのを気まずく思ったのか、フェリシテがわざとらしく手を打つ。
「そうだ。伯爵がいらしたなら丁度いいから、これをお渡ししますね」
何やら席を立ってキャビネットを開けたと思ったら、書類を手にして戻って来て、はい、とフェリシテがヒューイットへ差し出した。
怪訝な表情で受け取ったヒューイットに、フェリシテが説明する。
「先日ローゼル商会が来た時に、小麦の支払い関連の書類の写しを頂いたんです。それで、手が空いていたので、各農家へ支払う代金を計算してみたんですが……もう、本邸で計算がお済みでしたか?」
は?とヒューイットは面食らった後、急いで手元の書類を確認した。
分厚い書面に市町村ごとの農家個人名と、そこへ収穫量に応じた今年の小麦の支払い金額が書き込まれている。
ラザフォード領では小麦を生産している農家は多くなく、一万人足らずだが、ローゼル商会から支払いがあってから、まだ4日程しか経っていない。
例年、小麦の支払いは取引後から一か月位かかっている。
恐らく、農林水産物担当部署では他の仕事に押されて、小麦の支払額計算は後回しになっているだろう。
これは領の教育の問題でもあるのだが、領民の識字率が低く、ましてや計算もできないため、どうしても貴族の子弟しか官吏に登用できていない。
貴族の身分を持つ人間は少ないので、常に官吏は人手不足なのだ。
ざっと数枚の書類に目を通しても、計算は正確そうだ。正直、とてもありがたい。
「これは……君が計算したのか……?」
「はい。実家でも計算していたので、慣れているんです。友人の農家の子が収入が増えたと喜んでいたので、早く手元に支払われたらいいなと思って。差し出がましいかと思いましたが、計算してみました。一応、執事にも確認してもらっています」
慣れている?とヒューイットは目を丸くした。
「いや、むしろ礼を言いたい。ラザフォード領の官吏は数が少なくて大量に仕事を抱えている。この書類を見せたら、徹夜しなくて良いと大喜びだろう」
良かった、と表情を緩めるフェリシテを、戸惑いながらヒューイットが見る。
ーー貴族の令嬢が計算するのは、非常に珍しい。男性はまだしも、貴族の女性は働かない事がステータスだからだ。働くのはお金に困っているからだと見なされる。
だが、ノアゼット領は国内でも五本の指に入る非常に富裕な領地だ。
何故フェリシテが官吏まがいの仕事をしているのだろう?と疑問が浮かんでくる。
「……君は、ノアゼット領の農産物の支払い計算をしていたのか?」
「ええ。ノアゼットで官吏の人手が足りないので、よく手伝っていました。支払い計算だけでなく、在庫計算や輸出入計算もですね。なので、ノアゼット領の財政の内部事情に詳しいんですよ」
色々とノアゼット伯爵家内部は面倒臭い事が多かった。
フェリシテは言葉を濁し、笑って誤魔化す。
こちらの気持ちを察したのか、ヒューイットは質問し足りなそうだったが、大人しく口を閉じた。
「もう夜も遅くなりましたし、これ以上のお話は明日にしましょう。ジュールにお部屋に案内させますので、伯爵もどうかお休みください」
話を切り上げたフェリシテはヒューイットに一礼し、執事を呼ぶために立ち上がった。




