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フェリシテがラザフォード家へ嫁入りして、すでに十日が経った。
どうなる事かと思ったが、取りあえず色々あれど何とか暮らしていけている。
初日に会って以来、ヒューイットは全く姿を見せなかった。恐らく首都にある本邸が、領地経営の中心地らしいので、そちらに戻ったのだろう。
向こうがどこで何をしているか、一切分からない。
宣言した通り、フェリシテが何をしようと放置する事に決めたようだった。
三日くらいは自分の不幸な身の上にへこみ、部屋に閉じこもっていたが、お腹が空き過ぎて現実に戻った。
食事は用意されないし、部屋の掃除も洗濯もされない。
屋敷の使用人達は積極的にイジメるわけではないが、伯爵夫人であるフェリシテを遠巻きにして様子をうかがっていた。
頼めばとりあえず仕事をしてくれるのだが、いちいち頼まないと洗濯も掃除もしてもらえず、料理も出てこない。だんだん面倒になって、部屋の掃除と洗濯を自分ですることにして、料理だけは毎回オーダーすることにした。
なにせ実家のノアゼット家でも使用人たちはエルヴィラびいきだったので、フェリシテはいつでも身の回りの世話をする人に欠いていたため、悲しい事にこういう処遇に慣れている。
なのでフェリシテは遠慮なくマイペースで過ごすことに決め、本来なら貴族の夫人が着ることのない騎士服に身を包み、食事の前にひと汗流すために裏庭に降りた。
無言ですれ違うメイドたちの、奇異なものを見る眼にも慣れた。
裏庭の一画を借りて木の柱を立てており、一時間程、剣とボウガンの訓練をする。
これも実家で、自分専用護衛がつかないことへの対処から始めた事だ。
辛い事に耐える癖がついて、笑うことの少ないフェリシテが無表情でいたため、ノアゼット領の騎士達に裏で『可愛げが無い』とエルヴィラと比べられ、自分の護衛になるのを押し付け合っていた事を知って気まずくなり、自分で出来ることはしようとしたのが切っ掛けだった。
だがこれが結構役立ち、領地の見回りに馬車でなく馬で身軽に移動できるようになった。
街へも気兼ねなくふらっと遊びにも行けるし、一石二鳥。
ただし周りから変人とみられるが、まあ仕方のない事だ。
伯爵令嬢として規格外に育った自覚はある。
しかし、ずっと遠巻きにされて、ふうとフェリシテはつめていた息を吐いた。
衣食住に困らず自由に暮らしていい立場だが、誰とも喋らない日々は息が詰まる。
少なくともノアゼット家にいた頃は、少しくらい使用人達と言葉を交わしたり、領民たちとも話ができていた。
ラザフォード家では立場が複雑になってしまったため、使用人たちの態度はよそよそしいまま、話しかけられる雰囲気ではない。
それにあと三年で身の振り方を考えなければならないのも重圧になっていた。
離婚したとして、カシアンとエルヴィラの住む実家へ戻れないし、戻りたくない。
ならばどこかへ再婚するか修道院へ行くか、平民になるかが選択肢になる。たった三年しかないのだから、今から準備していなくては。
もし再婚するなら相手を見つけるのに社交場へ行かなければならないがーー
名ばかりの夫、ヒューイットと鉢合わせたら、どうすべきなのか分からない。
恐らく妻らしく振る舞う事は求められないが、他人のふりもできまい。
もしかして向こうが再婚相手を探しているかもしれないから、同じ場所に居たらマズいのではないか。
悩むときりがないことを悟り、フェリシテはうんざりするほど暇な時間を消化するために、別荘近くの街へ行くことを思いついた。
そうだ、いつも自分の領でしていたみたいに、市場調査を兼ねて買い物に行こう。
久しぶりに浮き立つような気分になって、フェリシテは駆け足で馬小屋へと向かった。
*
別荘があるラザフォード領エインワース地方は、山と緑に富んだ自然豊かな場所にある。
一年中気候はほぼ安定しており、背後にある山々から吹き降ろす風は涼しく、岩肌を滑り流れる水は透き通って清冽で、四季折々の美しい風景を見ることが出来る。
だが涼しいだけに冬の訪れが早く、大雪になることはまずないが、十月位からストーブに火を入れないと凍える寒さに耐えられない地域だった。
奇異に見られることを承知で、開き直ったフェリシテは騎士服姿で馬に乗り、エインワースの街の市場を訪れた。
念のため腰に剣をはいて、別荘から馬で三十分の市場に降り立ったフェリシテは、案の定、人々にジロジロ見られながら市場を見て回った。
「ふうん、ちょっと麦が小粒かも……ソバの方が状態がいいな。何だろう、土壌に肥料分が少ないのかな?」
生活の基盤になるのは食の基本、穀物である。
真っ先に穀物屋台の店先へおもむいたフェリシテが熱心に店内をのぞき込んでいると、体の大きい髭面の中年男性店員がのしのしやって来た。
「えい、らっしゃいーーって、あんた女か?」
女性騎士はこの国では、片手で足りる程しかいない珍しい存在だ。
フェリシテは正式な騎士ではないが、よく間違われる。
上から下までぶしつけに眺め回されるが、すでに慣れているフェリシテは構わず店員に気になっていた事を質問した。
「正当な騎士ではありませんよ。あの、ちょっとお尋ねしますが、エインワース地方ではソバの方が育ちが良いんですか?この地域に来たのは初めてなので、この辺りの特色を知りたいのですが」
「ああ?特色を知りたいって……あんた貴族様かい?」
目を丸くする店員に、フェリシテは言いよどんだ。
「いや、だって普通はそんな領主様みたいな事、聞くやつ他にないだろう?ラザフォード様のご家族で見た顔ではないが……うん、まあ、どこぞの貴族様の視察なんだろう?はいよ、説明はまかしときな!」
ラザフォードの名前が出てギクリとするが、店員は気付かなかったようで、胸を叩いて頼もしく笑った。
「あんたは南部から来たのかい?南部では九月だが、ラザフォードは北部だから、麦の収穫期が六月頃なんだ。で、ソバが十月の収穫になる。だからソバの方が良く見えるわけだ。ただ残念ながらラザフォード産小麦はパサパサして味も薄いから、人気が無くてな。正直、粒の大きさも味も、こっちのノアゼット産小麦のうほうが良い。エインワースは穀物より、果実や木の実のほうが良く育つのさ」
へぇ、とフェリシテは熱心に相槌をうった。
「とすると、リンゴやクルミなどですか?」
顔はいかついが、店員は気の好い人物らしい。
親切にも斜め向かいの屋台を指差して、詳しく説明してくれた。
「あの店はエインワース地方の代表的な特産物が並んでるよ。今はベリーのジャムやワイン、シードルとか加工品が出てるだろ?もうすぐ採れたてのベリーや果物が並ぶ。秋にはブドウ、梨、栗やナッツを売る。他には牧畜が盛んで、チーズやベーコン、ソーセージが名産品だ。土が痩せているみたいで広大な農地というのはまず無くてね。あとは涼しいから、野菜類の栽培期間も短いんだ。エインワースで種まきできる時期は四月から八月まで。ノアゼット領とかとはだいぶ違うと思う」
店員の言葉にフェリシテは驚いた。ノアゼットは温暖で雪もあまり降らないため、種まきできるのは二月から十月まで。四か月も栽培期間が違えば、確かに収量も大幅に変わる。
初めて触れるラザフォード領の知識で大変貴重だ。
「有難うございます、とてもためになったし、分かり易かったです。じゃあ早速、ラザフォードの麦とソバを味わってみなくては。それぞれ10キロほど貰えますか」
「……あんたも変わってるねえ。貴族の御令嬢が麦の話を嬉しそうにするのを初めて見たよ。まあいいけどね、まいどあり!」
珍獣でも見る目つきで見られている気がするが、フェリシテはご満悦で馬に麦とソバの袋を積んだ。
しょっぱなから飛ばして重量物を買ってしまったので、この後は馬の負担にならない軽量なものを買わなければ。
別荘では味と香りからノアゼット産小麦でパンを作っていると思われた。
ノアゼット産小麦は高品質なため王国内の貴族御用達なのだ。ノアゼット領の主要な収入源がこの小麦だった。
「やはり出てきて良かった……!」
しおれていた心が生き返る心地になって、フェリシテは喧噪に身を任せて気の向くまま屋台を冷やかす。
ノアゼット領の街と趣きが違って、エインワースは北方文化の影響が感じられた。
ラザフォードでは古来からの精霊信仰が残っており、豊かさの御守りとして、屋台の軒先にドライフラワーリースや松ぼっくりのおもちゃを飾るところが多い。
山や森が身近な地域だからだろう。
素朴な木彫りの人形や鉱物の御守りが目につき、フェリシテにはどれも新鮮に映った。
幸い嫁入りに際して、両親からたくさんの持参金を持たされた。
宝石のルースや金貨が、恐らく今後十年は遊び暮らせる金額で、さらにラザフォード家から毎月十分な額の予算を割り当てられた。
しかし、浮き足立ってばかりはいられない。
先の生活の保障がないまま使い込みは厳禁だ。
あれもこれもと珍しい物がほしい欲求を抑えつつ、考え込む。
もしかして、ヒューイットが早々に愛人を見つけてしまえば、三年より早くお払い箱になるかもしれない。
政略結婚とはいえ、ノアゼット家が不義理をした負い目がある。
ラザフォード家がノアゼット家より勢いのある家門と繋がりたいと思う事も考えられるだろう。
「……自分には何ができる?」
うーん、とフェリシテは眉を寄せた。
剣の腕は中途半端だし、いいとこ、どこかのお嬢様の家庭教師か。
市井に降りて、何かの店を初めても良いかもしれない。扱うものによっては、かなりな収入になるだろう。
だとしたら、こうして市場を見て回るのはためになるはずだ。
「一度は首都のフェアファックスも見てみたいな」
フェアファックスはラザフォード領の首都で、本邸がある場所である。
「女騎士様、どこから気なすったのかね?」
一軒の屋台から声を掛けられ、考え込んでいたフェリシテは、そちらを振り返った。
そこは良い匂いのする肉の串やソーセージ、ベーコンが炭焼きで売られている店だった。
見たとたん、胃袋が刺激される。
つい肉の方に気をとられたが、鉄板越しに日に焼けた快活そうな中年女性の姿があって、フェリシテは軽く会釈した。
「ノアゼットから来ました。エインワースは初めてで。何かオススメはありますか?」
騎士ではないと否定するのがおっくうになって来た。
それにしてもエインワースの人達は人懐っこい人が多いように感じる。
単に騎士姿をした女性が珍しいのかもしれないが、ノアゼット領だと距離をとられる事が多いのに対し、ここではむしろ面白がられている気がする。
「へえ、お隣さんかい、よく来たね!エインワースに来たら、これを食わにゃ損だよ。ラム肉の串焼きさ!」
ぐいと目前にタレをからめた、香ばしい匂いのする、良い焼き加減の串が差し出される。
「ラム……羊肉ですね」
ノアゼット領では牛がポピュラーだ。牧畜は牛と豚がメインなので羊肉の流通は少ない。
店頭にある値札の金額と交換し、フェリシテはさっそくその場でかぶりついた。
朝食は食べたが、市場を歩き回るうちに小腹が空いてきていた。
「美味しい……!」
「だろう?」
あふれる肉汁が甘辛いタレとからんで口内に広がり、思わず声を上げたフェリシテに、店員が顔をほころばせた。
「ラザフォード領は起伏のある土地が多いから、高地に強い羊とヤギの放牧が多いんだ。ヤギは乳製品に向くし、羊は毛も役立つ。癖があるけど、ヤギのチーズも旨いよ。パンにソーセージと刻み玉ねぎを挟んで、マスタードとケチャップ、あつあつのヤギチーズをのせて食べるのが定番だ。そこにアップルタイザーを合わせると絶品よ」
「商売上手ですね」
これは買わずにはいられない。
笑ってフェリシテがソーセージを追加注文すると、店員は上機嫌で厚切りベーコンをおまけしてくれた。
「エインワースは良い所ですね」
人々の印象がとても良い。市場に活気があって人の往来も多いし、店員が明るく親切だ。
「領主様が良い人でね。前領主様が病気で、二年前に若様が継いだんだけど、よく領民の話を聞いてくれるんだよ。以前はガラの悪い奴がうろついてたんだけど、警ら隊を置いてくれて、治安がぐっと良くなったんだ。おかげで安心して暮らせてる。おまけに、凄い美男子でね。あんたにも見せてあげたいよ、若い子達に大人気なんだ」
なるほど、ラザフォード伯爵の評判は上々なんだとうなずく。
面識があるどころか、自分が嫁なのだーーとは、とても言えない。
「ヒューイット様と言ってね、プラチナブロンドにアクアマリンの瞳のとびっきりのクールビューティなのよ。ここに視察に来ると女の子に囲まれるんだけど、眉一つ動かさなくてね、陰で氷の王子様って呼ばれてるのよ」
乙女の様に身をよじりながら、妙齢の店員は頬を染めた。
へ、へえ……とフェリシテは笑顔を作って、何食わぬ振りで肉を飲み込む。
何というか自分の知らない夫の話を、第三者から聞くシチュエーションがとてもシュールだ。
会見はたった一時間、名目上の夫は、会話した回数よりすれ違って挨拶した回数のほうが多い、まごうことなき他人だった。領民の方が、よほど彼と親しいだろう。
ただその人気の領主様が、十日前に結婚したのは知らされていない。
確かにヒューイットはクールだ。
フェリシテとヒューイットの間には凍えるブリザードがビュンビュン吹き荒れている。
「それは一度お目にかかってみたいですね」
市場で会っても、こちらの顔を忘れて、向こうは気付かないかもしれない。
フェリシテはヒューイットの人柄も人物背景もほとんど知らないし、この先も知る必要性は感じない。
だが、念のため彼のスケジュールは把握したほうが良いのかもしれない。彼の視察と自分の市場散策かぶらない程度には。
再び市場のそぞろ歩きに戻ったフェリシテは、一応形ばかりとは言え領主の妻として、領地の特産くらいは把握しておく事にした。
土に肥料分が少ないためか、穀物や野菜は近隣領からの輸入も多い。
十一月には雪が降るため、四月まで農業がストップするらしい。
冬季は木製家具工房や毛織物工房で働くのが一般的で、夏が終わると市場はタペストリーやセーター、マフラーなどが並び、南方から取り寄せた食品や加工品を購入するのが常だと言う。
ノアゼットでは一年を通して市場に出回る品はそう変わらないのだが、ラザフォードでは四季によってがらりと変わるらしい。
来月からは花やハーブ類が増え、次にはベリーやフルーツがと折々の自然の恵みに合わせて変化するのだそうだ。
それは素敵だ、とフェリシテはうきうきして市場を歩いた。
ラザフォード領はフェリシテが訪れた中で一番王都から離れた田舎なのだが、営みの豊かさはかけがえのないものに思えた。素朴で温かみがあって、安らいだ気持ちになる。
ひととおり見て回り、帰ろうとフェリシテが市場の端でのんびり馬に水筒の水を飲ませていた時だ。
「騎士様、武器や馬具の店は見たくないか?」
突然、真っすぐに走り寄って来た男の子に声を掛けられ、フェリシテはきょとんとした。
男の子は十歳くらいだろうか?
フェリシテより頭一つ分くらい低くて、幼い顔の中で、くっきりとした黒目が生き生きと光る、賢そうな顔つきをしている。
「……そういえば、市場にはそういう店はなかったっけ」
「だろ?」
つぶやくと、男の子はうなずいた。
「馬留めがある店はわき道を入った所にあるんだ。良かったら案内するよ」
客引きか。今すぐ必要な物はないが、店の場所を知っておいて損はない。
フェリシテはすぐに了承した。
「こっちだよ」
男の子が慣れた様子で大通りわきの路地へ誘導する。
家々がひしめき合う中、比較的広い石畳の道の裏通りがあり、そこに石工や古着屋と並んで、農具も共に売っている武器屋が店を構えていた。
言われた通り店の前に馬留めがあり、ポールにつないで鍵をかけた男の子がフェリシテに鍵を手渡す。
そのまま店内へ入ると、男の子は接客中の店員へ「お客さん連れてきたよ!」と声を掛け、壁際にずらりと並べられた剣や槍、弓、斧などのほうへ案内してくれた。
一応、怪しい店に連れ込まれる覚悟もしていたが、品物には良心的な価格の値札が付いており、おかしなところが無い事に内心安堵する。
武器はこれなら申し分ない。
高額な物は無いが、護衛が持つにはちょうどいい剣から、獣を狩るのに良いナタの様な剣まで、一通り揃っていた。
「剣の刃こぼれも直せるよ。オーダーメイドもできる。馬の蹄鉄もここで売ってもらえるんだ。何か必要な物はある?」
「うーん、そうですね……」
フェリシテが店内を見回しながら考え込むと、男の子は窓の外に見えるフェリシテの馬を指差した。
「あぶみ革が摩耗してるから、そろそろ替え時じゃない?あとこの辺は夕立が降りやすいから、雨具もあると良いと思うよ」
「ーー確かに。あぶみ革を買いましょう」
目ざといセリフにフェリシテは感心する。
「あの、質問ですが、ここからフェアファックスまで馬で行くと、どのくらいかかるか分かりますか?」
フェリシテが雨具を手に買おうか迷っていると、男の子は少し考えて、確か、と口を開いた。
「ほぼ一日がかりだと思う。あまり道が良くなくて、わだちにハマって車輪を外す馬車がいるんだ。それで立ち往生してたりするし、商人や農民の往来も多いから、混雑に巻き込まれる事があるからね」
車輪が外れるほど道が荒れているのか。
フェリシテが驚く。
「騎士様は王都の方から来たんだろう。向こうは整備された道路だからな。田舎じゃ、まだまだ整備が追い付いてないんだよ。ラザフォードは起伏もあるし、工事が難しいらしくてさ」
そういえば嫁入りの際、ノアゼットからラザフォードに入領した時に、年季の入って傷んだ道路に悶絶した覚えがある。
馬車に乗って来たのだが、クッションを重ねても腰が痛くなるほど、がたつくでこぼこ道だったのを思い出す。
結婚の結納代わりに道路工事をするのが不思議だったが、あれで納得したものだ。
「騎士様は、腕に覚えがある方なの?」
「いえ、かろうじて護身が可能なくらいですね」
剣技はないが、急所狙いと、煙幕を持っている。
幸いにして今まで使ったことは無いが、使える物は何でも使う主義だ。
「だろうね。その細腕はいかにも育ちが良さそうだ。エインワースには初めて来たみたいだけど、どこかの貴族に招かれて来たってところかな?なら止めたほうが良い、考えてるよりずっと治安が悪いから」
「……もしかして、盗賊が出たりします?」
「頻繁じゃなくなったけど、時々ね。というか、あんたみたいなお嬢様が一人でいたら攫われるに決まってるだろ。市場でだって、どれだけ目立ってたと思うんだ。帰りは馬車で帰るか、警ら隊に送ってもらいなよ」
呆れた調子で男の子に言われたが、フェリシテは考え込んだ。
着古した騎士服に、無造作にひとつに結った髪。化粧もしていないのに、あとどうしたら雑踏に紛れ込めるのだろう?
「……あの、どのへんが浮いてしまっていたんでしょうか?」
「そりゃ、立ち振る舞いとかが全然違うし……って、あんた目立たなくしたいわけ?無理無理、大人しく護衛なりつれ歩くんだね」
あっさり言った男の子は、ちょうど店に入って来た青年を見て目を輝かせた。
「おっ、ちょうどいい所に警ら隊のメンバーが来た。おーい、オ……」
「えっと、もう少し買い物したいなあ……!君、この後時間ありますか?お店の案内してくれると、とても助かるんですが……!」
気軽に手を上げて青年を呼ぼうとした男の子の口をフェリシテが慌ててふさぐ。
マズい。送ってもらうと、領主の妻だとバレる。
ねっ!と圧をかけると、男の子は胡散臭そうにじろりとにらんだ後、口を塞いでいた手をどけ、手を差し出した。
「……まあ、いいけど、もちろん案内料金ははずんでくれるよね?」
解ありだと察した様子の男の子に足元を見られたフェリシテは、相場の倍と思われる硬貨を、そっと男の子の手に握らせたのだった。