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45. ミョウバン泉

 ローゼル商会がやって来たのは、その二日後だった。


 多忙だろうに、シンクレアに負けず劣らず、ルマティはブルーポピーや蓮、マツリカを見て大はしゃぎだった。

 前回、ラザフォード産の小麦で作った菓子の食べ比べが好評だったので、現在、屋敷内で流行している使用人の故郷のご当地菓子をお出ししてみる。

 ようやく新規の使用人も雇い入れたので、さらに多彩になっている菓子の中でも、特に皆に推されている、バラとオレンジのクレープとクリームチーズのプリンに、コーンフラワー入りの紅茶を添えて出すと、またもウケた様で、レシピを教えて欲しいと頼みこまれた。


「いやあ、フェリシテ様の所はいつも新鮮な驚きがあって楽しいですね!」


 小麦の交渉が上手くまとまったそうで、ルマティは上機嫌だ。


 今日は抜けるような青空の穏やかな日だからいいが、応接室でなく、ルマティとフェリシテは、フェリシテの作るハーブ畑の近くに設えた、簡易休憩所にいる。

 作業の合間の小休憩にと用意した日よけのパラソルと、飾り気のないアイアンのテーブルとイスやベンチが置いてあるだけの場所なのだが、ルマティが気に入ったらしい。


 ひとしきりお茶を飲みながら話をしていると、ルマティは、数人の作業員が屋敷の横に建物を作っているのに気付いて、興味を惹かれた様にフェリシテに問いかけた。


「……ところでフェリシテ様、あちらは何をしているんですか?小屋にしては仕切りが多いし、タイルを使ってますし……」


 首を傾げて、ルマティがまじまじと凝視する。

 その建物は小ぶりで小さい部屋がいくつもあり、しっくい壁の内側にタイルを張って何故か壁の上部にだけ小窓が付いていて、見た事が無い建物の造りである。

 

「少々、賑やかで済みません。今、使用人の入浴所を作っていまして」

「使用人の入浴所??」


 意外な単語を聞いたルマティが目を丸くする。


 ーーそう、先日ヒューイットに許可を取った事がこれだった。

 通常、使用人は風呂の代わりに自室にたらいを持ち込み、運んだお湯でタオルを濡らしてそのタオルで身体を拭いて綺麗にするだけ、と言うのが一般的だ。

 平民も同じで、貴重な水や、湯を沸かす薪や炭をなるべく使わない様にしている。


 だが、使用人部屋には暖炉が無く、身体を拭いている間に、確実に冬に凍えるだろうと心配になったのだ。

 幸い、シンクレアからも湧出する湯量は豊富と言われたので、温泉を引き込んで、使用人がたらいやシャワーが使える、個室の浴室を作成した。

 もちろん男女別で、内鍵がかかるようにしている。

 おまけに温泉水の湯がかなり熱いので、湯たんぽも使える様にするつもりだ。

 これで、冬の寒さの中、暖房が無いのを少しなりともカバーできればと考えている。


「へえ、温泉を利用するんですか⁈確かに、水を運んだり、薪を使って湯を沸かす手間もないし、資材の節約にはなりますが……フェリシテ様はずいぶん使用人を大切になさってますね。こちらに雇われた使用人は幸せ者だ」


 しきりに感心するルマティの後ろに、立ったまま控えていた部下のひとりが、ボソッと「羨ましい……」と呟く。

 それを聞こえないフリをしながら、ルマティはにこやかに言った。


「こちらに温泉が湧いているとは、存じ上げませんでした。泉質は何ですか?硫黄か、塩化物泉でしょうか?」

「ええと、ミョウバン泉ですね」


 ありがちな泉質を口にしたルマティに、フェリシテは答えた。

 シンクレアから手紙で、裏山の温泉はミョウバン泉で間違いないと、お墨付きをいただいたのだ。


「ーーーーミョウバン泉?」


 優雅に紅茶を飲んでいたルマティが素早くカップを置き、ガシッ、とテーブルに手を着いて身を乗り出す。

 突然、目の色が変わったルマティの勢いに気おされ、イスを引こうとしたが、さらに距離を詰められ、固まって逃げられなくなった。


 眼がーーーールマティの眼が非常に怖い。


「いやあ、嬉しいです。フェリシテ様とは、この先も長く商談が出来そうな予感がひしひしと致しますね!実はですね、ミョウバン水って、騎士の方のわきの防臭や水虫ーーーーゲホゲホ、あっ、失礼。……臭う靴下の洗濯などに、とーっても重宝されまして。ですが、現在は、ミョウバンはゼダ共和国からの輸入のものに限られてしまいーー」


 熱いまなざしが、期待に満ちてキラキラ輝くのを間近で見て、うっ、とフェリシテは気まずく目を逸らした。


 ーーこの流れはいけない。

 恐らく、温泉水を販売してくれと言う圧だと悟って、冷や汗をかく。

 大体、温泉水を販売したことなどないから、勝手がわからないし、足の皮膚疾患に役立つかどうか分からない。

 ミョウバン泉自体は、神経痛や皮膚病に効能があるとされ、殺菌力が強く、様々な民間療法で使われているのは知っている。知ってはいるがーーーー


「国内でミョウバン水が手に入れられるとは、何と言う僥倖‼ 騎士団が爽やかでイケてるのには、ミョウバンの力が必要なのですよ……! 入荷の船が遅れて、ミョウバンが手に入らない時の彼らの絶望の表情と言ったら……ミョウバンが切れた時の騎士の独身寮は、阿鼻叫喚の嵐なのですよ……!」


 ーー騎士への風評被害がはなはだし過ぎる。

 これでもフェリシテも妙齢の乙女なのだ。

 騎士の方々は、ミントの爽やかな香りのイメージである。

 取り敢えず凛々しい騎士の皆さんの現実を知らせて、これ以上夢を壊さないで下さい。

 

 ーーまあ、確かに女性でも、革のブーツの臭いには悩まされているのだから、運動量の多い騎士達はさらにだろう。脇汗もかなりな量だろうし。残念な現実だが直視せねばなるまい。


 フェリシテはううん、と呻いた。


「ーーーーでは、こうしましょう。サンプルでミョウバン泉を差し上げますので、皮膚疾患や臭い対策に役立つか試していただけますか?期待するような効能がはたしてあるのか、今の時点ではよくわかりませんので……」

「もちろんです」


 即答したルマティの後ろで、部下たちが全員、一斉に「私が試験させていただきます……!」と手を上げる。

 

 ーーーー革のブーツの蒸れを甘く見ていた。

 部下たち四人が喧嘩する前に、全員分のミョウバン泉を瓶詰めにして渡したフェリシテは、まさか、すでにこんなに需要があるとはーーーーと動揺したのだった。

 



 




 

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