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 少しして、落ち付いたところで男は、ぽつぽつと喋り始めた。


「ーー俺の名前はハーベイって言うんだ。ガイル領の海沿いの村で、両親と祖父母と暮らしてて、父親と爺さんと漁師をしていたんだ」


 ……異変は去年の4月からだったらしい。


 ハーベイは普段、小舟で沖合に出て投網漁をしていたのだが、ある日突然、網に魚がかからなくなったと言う。

 それまでは朝から晩までの漁で船一杯獲れていたのだが、日が暮れるまで網をふるっても、さらに沖合に出ても、獲れるのは10匹ほど。

 自分達だけかと思っていたが、聞くと、村の漁師全員が同じ状況だった。

 メルトリア神に祈ったり、いつもは行かない海域まで出ても魚は戻らなかった。


 獲れなくても一時的だと最初は高をくくっていたが、夏が過ぎ、秋が来ても魚が獲れないと分かって、皆は蒼白になった。

 村の大半は漁業で食べていて、他に変わるような仕事が無い。

 貯えを崩したり、近隣の村や町に畑の手伝いで小銭を稼いだりしたが、半年も過ぎると生活が苦しくなった。


「……それで、納める税が無くて、領主へ助けを求めた。ーー村長が直訴のために領主の屋敷へ行って、帰りに護衛騎士と一緒に、救済金だという金をたっぷり馬車に積んで戻って来たんだーーあの時は助かったと思って、領主に感謝したさ」


 ーーそれなのに


「次の春になっても魚が海にいない。どうしようと村人達で集まって悩んでいたら、武器を持った官吏がやってきて、借りた金を返せとほざきやがった」


 グッ、とハーベイが血管が浮くほど拳を握りしめる。

 口惜しさと怒りがないまぜになった眼差しが暗い炎を宿す。


 ーー後はもう、どうしようもなかった。

 何とか稼いだ生活費を、ごっそり取り上げられた。

 歯向かうと、罰金が課せられて家を売れと言われて自宅から追い出され、近所の人たちがひとりふたりと消えて居なくなった。

 ろくに仕事も無いのに、返せる金額ではない。

 容赦なく生活費も残さずはぎ取っていく、官吏達に怯えて暮らすのも限界だった。


 ーーある日、残った村人全員で夜逃げすることに決めて一斉に脱出しようとした。


 村の端、首都へ伸びる街道で待ち合わせ、赤ん坊を抱いた夫婦や、杖を突いた老人まで、居残っていた全員が真夜中に集合し、手を取り合って、別な場所へと向かおうとした。

 ところがどこからバレたのか、いきなり大勢の官吏に取り囲まれていて、気付いた時には追い立てられていたのだーー


 ハーベイは父や母、祖父母と一緒にいたはずだった。

 だが、暗闇で逃げ惑い、人にぶつかって転び、官吏に棒で肩や背中を何度もぶたれて草むらに倒れ込んだ。

 現場は夜の闇で見えず、ただ怒号と悲鳴、走り回る足音、人が倒れる音、殴り合う音が交錯して地獄の様相を呈していた。

 気が遠くなる前、自分の名を必死に呼ぶ声がしたのを覚えている。


 ーーーーだが、草むらで気を失っていたハーベイが夜明け前に目を覚ました時、周りにはもう誰もいなくなっていたーーーー


 家族も、村人も、誰一人いない。

 慌てて村に戻って誰かいないか探したが、村人の姿は消え、完全にもぬけの殻だった。

 ひとり取り残されたハーベイは愕然としたが、きっと皆、無事に逃げたはずだと思い直して先へ進むしかなかった。


 ……後は承知の通り、必死に逃げに逃げてエインワースの町までたどり着いた……という訳だった。


「街道だと官吏の追っ手がかかるから、河川に沿って移動したんだ。昼だと目立つから、夜に歩いてな」


「……ずいぶんと酷い話だ」


 オリバーが低い声をこぼすが、ハーベイは、この逃避行で領主や官吏だけでなく、酷い人間をたくさん見て来た。

 もう救いの手など期待してはいない。

 この二人はこれまで会った奴らと比べてかなり変わっているが、何だかんだ言っても、ガイル領主の要請には逆らえないはずだ。

 


 



 

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