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「……侯爵が領民の家や土地を接収してる……?」

「ーー領民の土地を取り上げて、侯爵に何の得があるんでしょう?人口流出したら、人材がもったいないじゃないですか。不漁続きで仕事を斡旋して移住を促すならまだしも」


 フェリシテとオリバーが理解しがたい、と首をかしげる。

 奇妙な話だが、男が切羽詰まっているのは伝わってくるから、嘘ではなさそうに思える。


「ーーロクス卿、少々この方から聞きたい事があるんですがーーよろしいですか?」


 細い路地に入る横道を指差し、フェリシテがオリバーへ目くばせする。

 オリバーはちょっと考えた様子だったが「いいですよ」と了承し、素早く道を逸れて路地の奥へ向かった。


 *


 そこは商店街の裏にある、広場に繋がっていた。

 レンガ壁に囲まれた小さな空間で、商店街に住む人たちの飲み水用の井戸が中央に設置されている。

 井戸の周りには住人たちが小休憩するために置いたベンチがあり、ちょうど誰もいなかったので、フェリシテはオリバーに頼んで男を下ろして足の縄はそのままに、手を使えるよう、上半身の縄だけ緩めてもらった。

 

 男は急に縄を緩められて警戒していたが、男を中心に三人並んでベンチに座ると、フェリシテはおもむろにカバンから紙袋に入れたクッキーとタルトを取り出し、二人に配った。

 喜んで当たり前の様に受け取るオリバーに釣られて受け取った男が、ハッと我に返ってフェリシテに「ーー何だ、これは⁈」と怒鳴る。


「これは、我が家の使用人のご当地料理シリーズ、エマのチーズクッキーと、オランドのタルトです。パルメザンチーズと胡椒が効いたコクのあるチーズクッキーと、アーモンドパウダーを混ぜ、イチジクのコンポートをのせた、しっとりしたフィリングの豊潤なタルトですよ。エマ曰く、これにジンジャーミルクティを合わせるのが通らしく、冷まして水筒へ入れて持ってきました」


 何故かカバンから、さらに三人分の木製のコップが取り出され、水筒から注がれたミルクティを手に握らされる。


「??????」


 混乱する男が「いや、そうじゃねえだろ!」と騒ぐ。


「何でおやつを持ち歩いてんだ⁈奇術師でもあるまいし、カバンから取り出すなよ。人に配ってるのか?」


 薄気味悪そうにミルクティを眺める男に、フェリシテはこくりと頷いた。


「街で会うと、お茶をする小さな友人がいまして。こちらのロクス卿と三人で食べようと思って持って来たんです。会う約束をしている訳では無いので、どうぞ食べて下さい。美味しいですよ」

「フェリ様がくれるお菓子って、全部美味しいんですよ!ありがとうございます、遠慮なく頂きます!」


 満面の笑みでお菓子にかじりつくオリバーに、男の目が釘付けになる。

 妙な奴らだと緊張していたが、目の前にあるお菓子の誘惑は、この一か月程まともに食事にありつけていない人間には悪魔の誘惑に等しい。

 男はごくりと喉を鳴らし、我慢できなくなった様子でお菓子に喰い付く。


 ーーーー相当、空腹だったのだろう。

 あっという間に食べ尽くした彼に、フェリシテは自分の分のお菓子も渡し、それを受け取った男は久しぶりに味わう食べ物の美味しさに、ぽろぽろと涙を零した。


 一か月の間に薄汚れた自分を疎んだ人間に何度も追い払われ、犬をけしかけられたり、子供には石を投げられた事もあった。

 逃げ惑う姿を見て嗤われ、面白半分に追いかけられたこともある。

 お金が無いからと頭を下げて仕事を探し回れば、タダ同然で重労働をさせられ、汚いからと馬小屋で寝かされ、もはや人間扱いすらされなかった。

 それだけでなく、唯一の財産だったカバンが往来でひったくられても、誰も助けてくれず、自分がいないものの様に、見て見ぬふりをして無視されただけだった。


 ーーもうこの世の全員が敵だと絶望し、なりふり構わなくなっていた心が軋んで痛みを訴えてくる。



「ゆっくり食べて下さい。僕のタルトもどうぞ。詰め所で取り調べが始まると、数時間拘束されて食べられませんから、しっかり食べていったほうが良いですよ」


 手渡されたタルトを無言で口に詰め込むと、オリバーが「大丈夫ですよ」と、あやすように背中をとんとん叩いた。


「……ガイル領主には引き渡したりしませんから、安心して下さい。話をきちんと精査して、あなたの身の安全を図りますから。とりあえず、今は信用して貰えませんか?」


 男の様子に、並々ならぬものを感じたフェリシテが、お飾りの妻でどこまでできるか分からないがそう言うと、男は何度も頷いて、「……ありがとう」と小さく呻き、堪えきれなくなった様子で背中を丸め、号泣したのだった。

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