40. 流民
シンクレアが帰った翌日、フェリシテはヒューイットへ出す手紙を携えてエインワースの街へやって来た。
午後からは使用人の求人に応募してきた人たちの面接があり、大忙しである。
せっかく街へ来たのに、ゆっくりする暇もないとは、と残念に思いつつ馬の手綱を引いて歩いていると、商店街に入った所の道端でオリバーに声を掛けられた。
「あっ、フェリ様!ごきげんよう、今日はどこかへ行かれるんですか?」
朗らかな声に釣られて振り向くと、オリバーが通りの往来の地面に人相の悪い若い男を片足で踏みつけ、縄でふん縛っているところで、フェリシテはギョッとして、思わずのけぞった。
「ご、ごきげんよう、ロクス卿。そちらは何かやらかした方ですか?」
そういえば、オリバーは警ら隊の副隊長だった。
ふわっとした癒し系の雰囲気で忘れていたが、現在、お仕事中の様だ。
「はい!スリですね。逃げようとするので縛っちゃいました!」
爽やかな笑顔のオリバーに、通りすがりの女性たちが目をハートにして歓声を上げる。
見た目はそうでもないが、だいぶ腕力があるらしい。
その頼もしい姿とイケメンなのも相まって、オリバーは女性にかなり人気がある様子だった。
しかもサービス精神旺盛で、立ち止まった女性たちにニッコリ笑って手を振っている。
さらに黄色い歓声が上がったところで、縄です巻きにされた男が威勢よく足をばたつかせて抵抗した。
「おい、俺の上からどけ!女子供に愛想振りまいてんじゃねーよ‼」
逃げる気まんまんで悪態をつく男が、ギャアギャア喚き散らし、女性たちを威嚇する。
怖がった通行人が逃げ出すと、オリバーは「元気すぎて困りますね」とぼやいて、軽々と肩に男を担ぎ上げた。
因みにオリバーの身長は187㎝である。
ぐらつく不安定な身体を片手だけで支えられ、男は息を飲んで目をむき、硬直して大人しくなった。
しかし、諦めが悪いらしく、ダラダラ冷や汗をかいて小声で毒突く。
「おっ、降ろせって……!」
「あ。暴れると顔面から落ちちゃいますよ?馬糞に顔を突っ込んだり、馬に踏まれたくないでしょ?」
にこやかにオリバーが恐ろしい事を言い、男はヒエッ!と蒼白になった。
そう。馬が闊歩する道路には、ところどころ馬糞が落ちているのだ。
掃除夫が定期的に片付けるのだが、歩いていると、どうしてもお目にかかってしまうのは仕方ない。
えげつない脅しに屈した男は口を噤み、オリバーは満足そうに笑って歩き出した。
「警ら隊の詰め所に行かれるんですか?」
フェリシテも同じ方向に向かうので、オリバーと並んで歩き出す。
「ええ。詰め所でムキムキの先輩たちにこの人を引き渡して、また見回りに戻ります。すっかり治安が良くなって、筋トレしかする事が無くなっていたんですが、この頃、またちらほら犯罪が増えて来たんですよ。何故か近隣の領地から流れて来ている人々がいるみたいで……身分証も持たずに着のみ着のままで。いわゆる、流民ですね。お金も無いので、お腹が空いて犯罪に走ってしまう事が多くて」
「それはお疲れ様です」
流民⁈と耳慣れない言葉に目を白黒させて、フェリシテはオリバーに担がれている男をじっと見た。
男はラザフォード領では珍しく、健康的に日焼けしており、青い上着と黒のズボンといういで立ちで、足にサンダルを履いていた。
ラザフォード領は道路に石が多くて整備されていない事と、季節の半分近くが冬のためか、領民はほぼ全員ブーツを履いている。
服装だけでも、大分この辺りでは珍しい。
「ーーもしかして、この方、海辺の人ですか?この辺りで海があると言うと、隣のガイル領かリュドミル領の方ですか」




