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ーー翌朝。
フェリシテが起きた頃には、すでに庭に出て植物を観察していたシンクレアを誘って、庭にあるガゼボで朝食をとる。
「噂の温泉にも入れたし、ラザフォード領は楽しい事だらけですよ!もっと時間があれば、じっくり見て回って調査もできるんですがね……学長が休暇を一週間しかくれなかったんですよねー」ケチ臭いですよね。
副音声と、舌打ちが聞こえ、シンクレアが凶悪な表情をする。
今日の午前中に王都にとんぼ帰りしなければならないらしく、いささかしょんぼりしながらテーブルに着いたシンクレアは、二重人格か?と思うほど、ブラックな人格を降臨させていた。
ーー可哀想に、学院長。
本当は、今回の突発的な休暇は寝耳に水でビックリしただろうに。
急に生徒たちの授業を一週間も中断させるとは、むしろ思い切った決断だと思う。
生徒たちが高位貴族の令息ばかりなのに、冷や汗ものだったろうなーー
会った事のない学院長に同情する日が来るとは思いもよらなかったフェリシテは、聞かなかった事にして誤魔化し、話題を変えた。
「温泉はいかがでしたか?昨日の裏山の源泉調査は、実は温泉をもっと有効活用できないかと思って行ったんです。まあどっちかと言うと、温泉でなくて、別の大発見があったわけですけれども」
アメジスト鉱床がまさか裏山に眠っていたとは知らなかった。
ただし、採取するのに人手や資金が大掛かりに必要になる事に気付き、裏山の開発は少々難しいかもしれないとも思っている。
温泉の活用と違い、大規模に土も掘るので温泉の湯量が変わるかもしれないと思うと、採取を迷ってしまう。
シンクレアは我に返った様子で、眼鏡を押し上げた。
「ああ、温泉はとっても良かったですよ!肌触りもよくて、もしここに保養施設が出来たら、是非入りに来たいです!ただ、フェリシテ嬢、お風呂に引いてある温泉、あれ、フェリシテ嬢が思われているのと逆です。お湯と水と両方蛇口がありましたけど、水の方がミョウバン泉で、お湯の方が単純泉ですね」
「え?」
単純泉??ーー水じゃなくて???
キョトンとするフェリシテの前で、スープをスプーンですくって飲んだシンクレアが、カッと眼を見開き、衝撃を覚えたように口元を手で押さえる。
「こ、これは……ヨーグルトのスープ⁈」
「えっ⁈あ、はい、お口に会わなかったら申し訳ありません。今、訳あって料理人がおりませんので、女性使用人に料理を作ってもらっていまして。使用人の故郷のご当地メニューが出てきているんです。多分、隣の領の地方料理だと思うんですがーー」
今朝のメニューは、ジャガイモが入ったヨ-グルトのスープに栗粉クレープのチーズとルッコラ巻き、ソーセージとフライドエッグ、そして紅茶だ。
冷たいヨーグルトスープにはキュウリが入る事もあるが、今日はジャガイモらしい。
初めは食べた時に驚いたが、結構美味しい。
「いえ、大変美味しいです!……もしや、これも普通のクレープじゃない⁈ーーあっ、栗粉のクレープだ!うわあ、懐かしい!王国の東側の国でもヨーグルトのスープと栗粉のクレープを食べるんですよ。フィールドワークで彷徨ったのを思い出しますねえ」
喜んでいる様で、ホッとした。
シンクレアはクレープを食べながら、幸せそうに口を開いた。
「そうそう、温泉の話でした。……えーとですね。私、常に紫キャベツの試薬を持ち歩いているんですが、お風呂の蛇口から出る水の匂いと味見、試薬への反応を調べたんですよ。そうしたら、昨日、温泉の源泉から採取した水とお風呂の水が出る蛇口の水の反応が酸性で一致しまして。お湯が出る蛇口の方は中性で無味無臭でした。つまり、裏山から水道管を伝って熱が逃げ、ミョウバンの温泉がミョウバン水になっているんです。で、お湯の方はかなり高温ですから、多分、この屋敷の敷地内から温泉が湧き出ているはずですよ」
ーー味見と聞こえたが、気のせいだろうか?
そっちに気を取られそうになるが、フェリシテがハッとする。
「屋敷内に温泉が湧いているーー⁈」
ええ、とシンクレアが頷く。
「恐らく、ブルーポピーがある温室の近くでしょうね。温泉を引く水道管が地下に埋設されているなら、その上に建物などは作れませんよね。そう考えると、屋敷の西側から温室にかけての辺りしかありません。心当たりはありませんか?」




