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そしてその話し合いから一か月後――フェリシテは、エルヴィラの元婚約者である、ヒューイット・ラザフォード伯爵と結婚していた。
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壮麗な古典様式の部屋は、高価な黒檀の家具が揃えられ、レースやフリルで飾られ艶やかなマゼンダ色に統一されている。
ウエディングドレスでなく簡素なグレーのドレスに身を包んだフェリシテは、自らに与えられたその居室のソファで、今日から夫となるヒューイット・ラザフォード伯爵と対峙していた。
ついさっき馬車で丸三日かけて到着したのは、ラザフォード家のタウンハウスでも、領地にある本邸でもなく、領地内にある別荘であった。
今は五月。窓の外に見える庭は美しい花園が広がっており、真珠色のリーガルリリーや風にゆらゆら揺れるピンクのオダマキ、赤いポピーが満開だ。
明るい光あふれる外と対照的に、昼下がりの室内は殺伐としていた。
結婚のお祝いムードなどひとかけらもない。
温度を感じさせない冷ややかな水色の瞳を向け、プラチナブロンドと白磁の肌、芸術のような美貌をしたヒューイット・ラザフォードは、事務的な態度で口を開いた。
「ご存じの通り、今回の結婚はノアゼット家の都合で急遽行われ、かつ婚約者を交換するというありえない事が行われている。心情的に納得できかねており、また様々な不都合が生じている。そこはご理解いただきたい」
「ええ、それはもちろん」
フェリシテはかしこまって頷いた。
本来は来年エルヴィラが彼と結婚する予定だった。
しかし、妊娠してカシアンと結婚を執り行うこととなり、そこで姉より先に妹が結婚するのが問題になってしまった。
ただでさえ姉の婚約者を略奪、しかも婚前交渉で妊娠、と酷い外聞の悪さであったため、慌てた両親がエルヴィラの代わりにフェリシテをラザフォード家に押し付けたーーたっぷりのオマケを付けて。
土木工事に強いノアゼット家が、ラザフォード領の未整備の街道の大規模工事を行うという多分に政略的な契約を提示し、大盤振る舞いする事で渋るラザフォード家に入れ替え結婚を呑ませた。
しかし、ヒューイットとエルヴィラは5年間婚約しており、今回は明白なエルヴィラの裏切りによって起きている。
寝耳に水だろうし、ショックでもあるだろう。
歓迎されない事は分かっていた。
一方的にノアゼット家が悪く、非難されてしかるべきだ。
ぎゅっとフェリシテは膝の上に置いた手を握りしめた。
「フェリシテ様は聡明でいらっしゃる」
皮肉のこもったセリフを吐いて、ヒューイットは唇を歪め、冷たい笑みを作った。
妹の婚約者という事で互いに面識はある。
だがこれまで、ろくに会話をした事が無く、儀礼的な挨拶くらいしか交わした事が無い。
「今回、結婚式は行いません。名義上は夫婦になりますが、そちらも不本意な結婚と思われます。そこで、いかがでしょう、契約をしませんか?」
「契約?」
顔をあげたフェリシテは、そこで初めてヒューイットと視線が合った。
自分がずっとうつむいていた事に気付く。
「ええ」
色素の薄い、酷薄にも見えるヒューイットの瞳がこちらを推し量るように見据える。
「三年の間、結婚生活で純潔を守れば白い結婚となり、円満な離婚が許される。あなたは社交の場に出なくてもいいし、ここで好きなように過ごしていただいて構いません。不自由ない程度の生活がおくれるよう取り計らいます。三年後の離婚に向けて、お互い干渉し合わず、自由に暮らしませんか?」
断れるわけがない。フェリシテは、はい……と、小さく頷くしかなかった。