29.商人ギルド
「いらっしゃいませ!」
エインワースの町へ着いたフェリシテは、真っすぐ商人ギルドへ向かった。
商店街の中心部に、二階建ての赤い屋根の建物があり、屋根とお揃いの赤い扉を押し開けると、商品買い取り口と受付を兼ねたカウンターが正面に見える。
広々としたカウンターには、雪だるまのようにぽっちゃりしたチョビ髭の中年男性が座っており、元気の良い挨拶で愛想よくフェリシテを出迎えてくれた。
ノアゼット領ではよく通ったが、ラザフォード領のギルドは初めてだ。
多分、どこも基本は同じだろうと、フェリシテはすたすたカウンターへ進み男性に声を掛けた。
「こんにちは。屋敷で買い物をしたいのですが、商品を見繕って運んでもらう事はできますか?」
真近で見て、見慣れない女性騎士だと思った男性が、少々戸惑い気味に答える。
「失礼ですが、どちら様でしょうか?エインワース地域にお住まいで?」
「ええ、私はーー」
そこまで言って、ハッとフェリシテは自分が領主の妻だと、素性をバラしていいのか考えた。
「ーーーーラザフォード伯爵家の代理の者です!別荘の使用人の方達の支給品の注文に来ました……!」
ちょっと間が空いたが、ギリギリセーフだ。
嘘ではない。支給品だと言うのは本当なのだから。
「おお、そう言えば、領主様が別荘の使用人の求人広告を出されましたね。支給品の入れ替えですか?これはどうもお疲れ様です」
納得した様子で男性が、にこっと破顔する。
「毎度ありがとうございます!さて、何をお届けしましょう?」
良かった、注文できそうだ、とフェリシテが口元をゆるめ、ポケットからメモを取り出し、すらすらと読み上げる。
「ちょっと多いんですが、今日持ってきてもらえると嬉しいですーーーーええと、シングルベットのマットレス17個、あっ、10個は後日でも構いません。カーテン生地を巻で三色ほど、生地に合わせた糸も三色、シーツ17枚……替えを合わせたら34枚かな。タオルケット17枚、毛布17枚……じゃなくて倍の34枚、枕17個、タオル17人分と替えのタオルを複数……大小合わせて102枚くらい。あとは成人男性3人、成人女性3人、男子1人のパジャマと替えを……7人掛ける3枚で21枚かな?下着が7人掛ける5枚で35枚、靴下も同じく、靴は作業用と普段用で14足、普段着る衣服を上下……7人掛ける4組の計28組で足りるかな?クシや洗面器、水差し、ろうそく立てと普段使う日用品は17人分、他にも使いそうな雑貨をいくつか見繕ってもらってーーーーええと、急なので、色柄はお任せします。取り敢えず、今日はこれくらいでお願いしたいんですけど」
がたんっ‼
ものすごい音がしてフェリシテがメモから顔を上げると、男性がイスからズリ落ちて、あたふたと戻る所だった。
イスが高いらしく、足の短い男性は一生懸命イスによじ登るのだが、その様子がいつだったか図鑑で見かけた、ゴマフアザラシという海獣の赤ちゃんを彷彿とさせた。
殺伐としていた気持ちがすうっと浄化される。癒し効果ばつぐんだ。
ーーご本人は気付いていないが。
「え?それを全て?領主様の別荘にという事ですか?」
イスに登り切った男性がカウンターに手をつき、身を乗り出して半信半疑で尋ねるのに、はい!とフェリシテは歯切れよく答えた。
男性の姿が脳内でゴマフアザラシに変換される。
いけないいけない、彼は人間なんだーーーー
無意識に癒しを求めているのかもしれない。
今夜は早く寝ないといけないな、と気を取り直したフェリシテは、頭を振って懐から金貨がたっぷり詰まった巾着を取り出して見せた。
確か仕事用のお仕着せは間に合っているはずだから、これで足りるだろう。
これで夜会用ドレス一着のお値段なのだから、お安いものだ。
夜会で一度きりしか着ずにタンスの肥やしになるドレスを購入するより、使用人の福利厚生に使われた方が何倍もお得である。
「もちろん即金で!急な話なので、チップや運送代も弾みますし、後日、追加で新しい使用人の支給衣料を大量注文しますので」
「毎度ありがとうございます……!今後ともごひいきにーーーー‼」
間髪入れず、喜色満面になった男性が平身低頭する。
男性がお茶を勧めてくるのを辞退して、フェリシテは名残惜しかったが、アザラシーーもとい、男性のいる商人ギルドを出て、折り返し別荘へ戻った。
*特殊キャラクター紹介:商人ギルドの受付のおじさん(´ω`*)
特徴:寒い地方の海に生息するゴマフアザラシという海獣の赤ちゃんに似ている。これでもやり手の商人。おしゃべり好きで、グルメなので町の美味しいものを知っている。
年齢:ひみつ 特技:可愛い




