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23. 影

 ーーーー一方、フェリシテに心配されていたヒューイットは、ベッドに身を横たえながら考え事をしていた。

 カーテンを開けたままの窓から、獣の爪の様な細い上弦の月が見える。



 ーーフェリシテ嬢は、噂と違う気がする。


 美しく華やかな妹のエルヴィラの影に隠れていた、地味で無表情な令嬢。

 エルヴィラと婚約していた時、ノアゼット邸やお茶会、舞踏会で何度か顔を合わせた事がある。

 確かに、金髪碧眼のきらきらしいエルヴィラに比べ、重たいブルネットの髪と紺色の瞳で、ドレスもいつも地味で暗い色ばかり。

 挨拶してもそっけなく、うつむいて壁際に一人たたずむのが常で、目立たずひっそりといる姿しか覚えがない。


 エルヴィラからは『お姉さまは、いつも部屋に引きこもっているの』としか聞かされておらず、フェリシテの元婚約者だったカシアンはと言えば、裏で『彼女といてもつまらないし、会話も無いし、退屈なんだ』と愚痴を言ってエスコートを避けていた。

 フェリシテの父であるノアゼット伯爵も、エルヴィラの話はするがフェリシテの話題は聞いた事が無く、まるでいないものとして扱っていた。


 社交界でも妹と比較され、あらゆるものが妹より劣った姉と揶揄されていたので、それを真に受け、正直、ヒューイットはエルヴィラの代わりにノアゼット家から売れ残りを押し付けられたと思っていたのだ。

 エルヴィラの裏切りの上にとんでもない荷物を負わされたと怒り、ろくに話もしないまま、別荘に放置し、連絡もしないつもりでフェリシテの存在を忘れようとしていた。

 ーーーーだが。


「……エルヴィラが、平民の市場へ行くなんて言った事は無かったな……」


 エルヴィラは常に美しかった。

 ドレスや宝石、流行のスタイル、オペラや詩には詳しかったが、穀物価格や産地別の特徴などに興味はなかった。一般的な令嬢も同じだろうが、帳簿も読めないだろう。

 

 フェリシテは、今まで会ったどんな令嬢とも全く違う様だ。


 思い上がっている様で恥ずかしいが、昼間、帳簿の確認作業で長時間同じ部屋にいたが、令嬢に媚びを売られなかったのは初めてで新鮮だった。

 昔から未婚、既婚問わず、女性にはよく言い寄られていた。

 下手をすると男性に告白される事もあった。

 

 エルヴィラの事は好きだった。

 忙しくとも会いに行くことは欠かさず、贈り物も惜しまず贈った。

 結果的に裏切られたが、それでも好きで、たっぷり未練はあった。


 ーーだが、今、エルヴィラとフェリシテに抱いていた印象が崩れ去ろうとしている。


 先日、エルヴィラから謝罪に見せかけた、不倫の誘いの手紙が来たのには、呆れを通り越して笑ってしまった。


 "不出来な姉と結婚させて気の毒な事をしてしまった。ヒューイットの仕事が忙しくて寂しかったの。

 本当に好きだったし、あなたも私を愛してくれていたのに……こんな私を、どうか許して。

 姉ではあなたが不満よね。

 本当は、私はまだあなたの事が好きなの。何もなかった頃の以前のふたりに戻りたいわ……

 次に会う時、あなたがくれたネックレスを着けていくわ。これは二人だけの秘密よ。

 愛してるわ、ヒューイット……あなたへの想いは消せないみたいなのーーーー"


 これを見て、残っていた未練が消え、すうっと気持ちが冷めた。

 こんな安っぽい三文芝居みたいな酔ったセリフを、よくも送れたものだ。


 不倫の誘いに乗るような馬鹿な男だと思われたのも腹立たしいが、同時にエルヴィラとカシアンの結婚式の招待状を送ってよこした無神経さにも呆れた。

 裏切者同士が幸せに結婚するのを、フェリシテと共に祝ってくれ?

 どういう神経をしていたら、こんなことが出来るんだ。

 不倫の誘いの手紙を、カシアン・オーストルジュへ転送したらどんな顔をするかと思ったが、これ以上、面倒に巻き込まれるいわれはないと、ゴミ箱に直行させた。


 エルヴィラが本当はこんな女だったなんて、と幻滅すると共に、フェリシテに申し訳なくなってくる。

 何も悪い事をしていないのに、式もウエディングドレスも無く、祝われる事も無く、放置されたまま独りで別荘に閉じ込められていた。


 白い結婚ののちの離婚と言えど、実家には裏切ったエルヴィラとカシアンがいるし、フェリシテには帰る家が無い。再婚にしても、社交界の評判からも、年齢からも、まともな家門へ嫁げないだろう。


 三年後の離婚を撤回しようとしたら、フェリシテには『ラザフォード家には後継者が必要ですよね。今から再婚相手を探したほうが良いですよ!相手が見つかったら即離婚しても構いませんから、頑張って下さいね!』と、離婚する気まんまんな返答が来てしまった。


 結婚前までの無表情はどこへ行ったのか、と言うほど元気である。

 それで気付いたが、実家でも社交界でも悪い評判をささやかれて、それで笑えていなかったのかもしれない。

 ……婚約者にないがしろにされていたのは皆知っている。

 パーティーでカシアンが令嬢や友人と談笑したりダンスしている間、フェリシテはぽつんと壁の花になっていた。

 エルヴィラと比べられて劣ると噂され、誰もダンスに誘わず、いつの間にかフロアから消えていても誰も気にしないでいた。

 しまいには、ここ二年程、カシアンはフェリシテとパーティーに参加しなくなり、一人で行動していた。そして、フェリシテは増々パーティーに参加しなくなり、社交界に姿を見せなくなっていたのだ。

 それはそうだろう。いたたまれなくて、引きこもる気持ちも今なら分かる。

 


  今後、政略結婚をするなら、一緒に領民の事を考えてくれる相手が良いと思っていた。

 今更だが、フェリシテは一緒に市場へ行ったり、領民と交流したり、経営について話し合える良いパートナーになったのではないかと思う。


 ーーーー完全に自分が悪い。

 人を見る目が無い自分を殴りたい。

 ハァ……と、重苦しい溜息が夜闇に響いた。

 

 

 



 

 


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