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「良かったあ。これでカシアンの赤ちゃんが安心して産めるね!」
沈黙を破って、よほど嬉しかったのかエルヴィラがはしゃいだ声を上げ、隣に座るカシアンの手を取った。
カシアンの表情も明るくなりかけたが、フェリシテの方をきまり悪げにチラリとうかがって、さらに強張った両親の顔に気付いて血の気が引き、さすがに視線を避ける様にうつむいた。
しかしエルヴィラは浮かれているのか、満面の笑みを浮かべ高らかに続けた。
「もう三か月なんです!再来月に結婚すれば、ギリギリお腹が目立たずにウエディングドレスが着れると思うの。式場は半年後に予約していたのを前倒ししてもらえるんですって。ドレスはもともと私に似合うものを選んでいたし――」
半年後に予約していたのはカシアンとフェリシテの式である。
続くセリフに、フェリシテやオーストルジュ夫妻が眉をひそめたのにギクリとして、カシアンは慌ててエルヴィラを止めた。
しかしカシアンの父親が聞きとがめるのが早かった。
「ドレスを?どういう事だ、カシアン⁈」
父親から鋭い視線を向けられ、カシアンは うっ、と怯んだ後、口をつぐんだ。
ああ、とフェリシテはぼんやり思い出す。
先月カシアンとウエディングドレスを選びに行ったが、カシアンは何故かフェリシテに似合わない、フリルだらけのコーラルピンクのドレスをやたら推していた。
フェリシテは父親譲りの黒髪にネイビーブルーの瞳。地味だの無表情だの揶揄される容貌をしている。
方やエルヴィラは、美しい母に似て、金髪と宝石の様なエメラルドの瞳の美貌を持っている。
……考えてみれば、あれはエルヴィラにぴったりだった。
あの時点で、もうカシアンの頭の中の花嫁はエルヴィラしかいなかったのだろう。
カシアンの両親が荒げる声が聞こえてきたが、脱力感に見舞われたフェリシテの耳から、外部の音が遠ざかってゆく。
六年も婚約していたカシアンについて、フェリシテは何も分かっていなかった。
フェリシテは一言も喋らずに、この息苦しい時間が早く過ぎてくれればいいとただ願うしかなく、そっと目を閉じたのだった。