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「こんにちは、キリング様。先日は珍しいものを、ありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそ美味しいお菓子をありがとうございます。本日はお買い物にいらしたんですか?」
にこやかに挨拶をするルマティに、フェリシテはええ、と頷いた。
隣でデビットが、知り合いか⁈とギョッとしているのが見える。
「お陰さまで、いただいた花の芽が出まして、栽培方法の参考になるような本が無いか探しにきたのですが……」
「ーーーーあの種の芽が出たとおっしゃいましたかな?」
にこにこと愛想笑いを返していたルマティが、ぐいっと一歩近付く。
異変を感じたのもつかの間、フェリシテはじりっじりっと、にじり寄ってくるルマティの、獲物を狙う猛禽類の眼差しに捉えられ、震え上がっていた。
「どちらのお花ですか?え?ブルーポピーが二十八本で蓮がひとつ、マツリカが全て育成している?ほう……いやあ、素晴らしいですねえ、王都の研究者でさえポピーは全滅させたのですよ。咲いたら、ぜひ!私めに!ご連絡をば!」
ルマティが懐から紙を取り出し、素早くペンで書き留めたものをフェリシテの手に握らせる。
「こちら王都にある商会本部の住所です。私は移動が多いので、こちらへご連絡いただければ、私に伝達が参ります。……ところでフェリシテ様、とても広い庭をお持ちとお見受けしますが、もうちょっと華やかにしたいとは思われませんか?そう、例えば、もういくつか異国の珍しいお花があったらなーなんて思われたりとかーー。そうそう、ちょうどいい所にお求めの本が!こんなこともあろうかと、かの有名な、王立アカデミーの植物学教授、ドナヒュー・シンクレア博士の植物学図録、超特大584ページをお持ち致しております‼最新刊でございます!」
すちゃっ、と分厚い本をカバンからルマティが取り出したのを、冷や汗をかきつつフェリシテは受け取る。
おお、重い。ズッシリ来る。
この重い本を持ち歩いていたのかと突っ込みたかったが、フェリシテはありがたく礼を言った。
「代金はお気になさらず。ラザフォード産小麦の良さを教えて下さったお礼です」
ルマティのセリフに、あっけに取られてやり取りを見ていたデビットと穀物屋のおじさんがハッと我に返る。
「なにそのラザフォード産小麦の良さを教えるって。もしかしてフェリが何かしたの?」
「そ、それは……」
言いよどんだフェリシテに構わず、ルマティが口を開いた。
「フェリシテ様は、ラザフォード産小麦で美味しく作れるお菓子を調査されていましてね。サブレやフロランタンなど、美味なものを発見されたのですよ。私も試食品が気に入りまして、先日帰りがけに少々ラザフォード産小麦を購入し、試しに王都の知り合いの菓子店で使用してもらったところ、爆発的な人気が出ましてーー話を聞いた他の店舗からも購入したいというご要望がひっきりなしでして」
にこにこにこ。
眩しいくらいの笑顔を浮かべたルマティが、再び懐から紙を取り出す。
今度のは注文リストらしく、ずらずらと店名の書かれた紙をうやうやしくかかげて見せた。
「つきましては、ローゼル商会への今後の卸し交渉をお願いしたく。そして優先的に卸していただけるのなら、今後のラザフォード領の街道整備へ支援も提案させていただきたいのですがーーーー」
うまい話をぶら下げられたフェリシテは飛びつきたかった。
だが、その前にデビットと穀物屋のおじさんの視線が痛かった。
「フェリ……?どういう事だか、説明してくれないかな……?」
まさか、自分の作ったお菓子の試作品がこう転ぶとは、フェリシテには予想もつかなかった。