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いつもの調子で市場に行ったフェリシテは、穀物屋の前にいたデビットを見付けて声を掛けた。
「こんにちは、デビットが穀物屋さんの前にいるのは珍しいですね。何かあったんですか?」
穀物屋のマッチョなおじさんと真剣に話し込んでいる所へ話しかけると、二人は同時に振り向いた。
「あっ、フェリ!ちょうどいい所に来た」
「おう、騎士のお嬢さん。いらっしゃい!」
歓迎されつつ話に混じると、おじさんが困惑した様子で頭を掻いた。
「いやー、実はここ数日、小麦が買い占められちまうんで、どうしたものかと悩んでたんだ。また買いに来るらしいんだが、このままだと他のお客さんに売れなくなっちまう」
「それと、妙な人がうちに来て、小麦を増産することはできるかって聞かれたんだよ。で、もしかしてその買い占めてる人とうちに来た人が同じ人なんじゃないかって話してたんだ」
フェリシテは店内を見回し、首を傾げた。
「……こちらに小麦が大量にあるようですが。在庫がもう少ないんですか?」
「いや、これはノアゼット産。欲しい人がいるのはラザフォード産小麦なんだ。そろそろ収穫期だから、ラザフォード産の在庫がゼロに近くて。ラザフォード産小麦はパンを作るとパサつくから安価で売るんだが、ノアゼット産の高級小麦を買えない人達が買いに来るんだ。まさか、大量に買い込む人がいるとは」
なるほど、貧しい人達が購入するものになっているのか、とフェリシテは納得した。
「そうなんだよ。だからラザフォード産小麦を増産なんて話をもちかけられて、詐欺か何かじゃないかって疑ってたんだ。うちだけじゃなく、近所の数軒の家にも回ってたみたいで。なんつーか、笑顔が胡散臭い感じの奴で、いかにも詐欺師っぽいんだ」
うんうん、と相槌をうっていたフェリシテは、デビットの次のセリフに吹きそうになった。
「確か、ローゼル商会、とか言ってたけど、フェリは聞いたことある?」
ーーーー聞いたことも何も、先日お世話になったばかりである。
そして、ラザフォード産小麦ときたらーーいや、まさか。
先日の菓子試食会が思い出されて冷や汗が流れる。
ローゼル商会は主に高位貴族御用達なので、平民に名前が知られていないのだろうか。
確かに、フェリシテもカシアンの両親から贈り物が無ければ会えることのない、高級品を扱う商団だが。
「ーーあれ?フェリシテ様ではありませんか?」
「ああ、いらっしゃいませ。今日もラザフォード産小麦ですか?」
何というタイミングだろう。
ちょうど話をしていた所にやって来たのは、噂のローゼル商会のルマティ・キリングだった。