104.道中
南部に通じる小街道に入って4日。
ノアゼットを横断する間、エリオットはロビンにつきっきりで様々な知識を叩きこんだ。
エリオットの言う事なので疑ってはいなかったが、それにしてもロビンの吸収力は目を見張るものがあった。
特に計算が得意で、問題を出すと瞬時に答えが返ってくるのに驚く。
「11+32+58+69は?」
「170です」
「では34+72+22+10+55は?」
「321です」
「――正解です」
エリオットが頷き、フェリシテは感嘆の溜息を吐いた。
「ロビンにこんな才能があると初めて知りました。数字や簡単な単語が書けるんですね。しかし、教育を受けてもいないのにどうやって身につけたんですか?」
使用人達の中には字が読めず、書けない者もいる。読めても単語だけ、と言う者が多い。それだけ一般に教育制度が浸透していないのだ。なので誰かがロビンに教えたとは思い難い。
「ロウソクの在庫を調べたり、銀食器の数の確認で覚えました。数を間違えると叱られるので、一生懸命数えたんです。単語は、昔、お客様がいらした時に読み終えた新聞をもらったりして覚えました」
当たり前の様に答えるロビンに、フェリシテとエリオットが絶句する。
「自力で覚えたんですね……」
確かここ数年、屋敷に招待客が訪れていなかったはずなので、6歳頃の話だろう。
ロビンは小さいのに落ち着いているとは思っていたが、幼少期に苦労したとは言え、もともと能力値が高かったと思われる。
しかし、確か両親は共にごく普通の使用人だった様なのだが、ロビンは特殊なのか?
フェリシテが真剣に考えていると、エリオットが真顔で言う。
「これでお分かりでしょう?先日、ミョウバン水を汲んでいるロビンに話し掛けて、彼がミョウバン水の在庫と出荷数を正確に把握している事に気付いたのですよ。官吏不足を極めているヒューイット様の補佐官になれるかもしれない必要な人材です。ロビンはどうです?もっと勉強して、ヒューイット様のお手伝いをしたくありませんか?」
スカウトを開始するエリオットに、ロビンがキョトンとする。
「……それって、奥様とヒューイット様と一緒って事ですか?」
何故フェリシテもセットになるのだろうか?
「いえ、私は屋敷に居て、ロビンがヒューイット様の所へ行くと言う事ですよ」
「どうして奥様と一緒じゃダメなんですか?夫婦は一緒に住むのが一番良いってエマさんが言ってました」
エマは結婚適齢期を迎えた雑役女中だ。
若い女性らしく結婚に夢を持っている様で、いつか誰かに見初められる事を夢見ている。
その話を真に受けて、ロビンの瞳が期待に満ちてキラキラしてこちらを見つめ、うっ、とフェリシテは言葉に詰まった。
フェリシテとヒューイットは世間一般の結婚と違うと、幼気な少年に説明できるだろうか?いや、出来ない。(即答)
「……ロビンはフェリシテ嬢と一緒が良いんですか?」
腕を組んで問いかけるエリオットに、元気にロビンが「はい!」と答える。
「奥様は皆に幸せを運んで来てくれるんですよ……!実はね、魔法使いなんです!」
「ほう。魔法使い」
まだその設定が生きていたのか⁈とフェリシテは動揺する。
エリオットが興味深そうに相槌を打つと、ロビンは嬉しそうに身振り手振りを交えて語り出した。
「マロウと言うお茶を、青から綺麗なピンク色に変えちゃったんです……!本当に幸せな色で、とっても綺麗だったんですよ!素敵でしょう?」
「……マロウ?ああ、酸度による色変化ですよね?」
ぼそりとエリックが呟くのに、そっとフェリシテは「ご名答」と肯定した。
ロビンの夢を壊したくない(パート2)ため、小声での会話だ。
頭が良いのは分かったが、まだまだ世間知らずなロビンはマロウティーの色変わりが魔法ではなく化学変化だと知らない。
「悔しいですね。対抗するには花火を作るくらいしか思いつきませんが、残念ながら材料が手元にありません……!本邸にはマグネシウムとアルミニウムがあるのに……!」
――対抗してどうする。
しかもマグネシウムとアルミニウムは、照明弾や救難信号用の白色の狼煙に使われる大切なものでは無いのか?と言うか、白色狼煙を上げて周辺の方々をざわつかせる気なのか?ツッコミが追い付かない。
それにしても、本気でやりかねないエリオットが怖い。
フェリシテは自分以上に危険な人物がいるとは……と思うと同時に、ヒューイットに、マグネシウムとアルミニウムの管理はしっかりしておいて欲しいと手紙を書く決意をしたのだった。




