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103. 街歩き

 ノアゼット領に入ってすぐの街で、一行は宿を借りた。

 まだ日暮れには早いが、珍しい物が出揃う出店に惹かれたエリオットとロビンが散策がしたいと言い出したのだ。


 フェリシテには珍しくない光景だが、鉄道と大街道が通じているノアゼット領の店は王都からの流行品や港から直送の海外からの輸入品で溢れている。

 ラザフォード領では手に入りにくい海産物が並んだ店先で、エリオットがタラの干物を羨望の眼差しで見つめた。


「川魚は保存がききませんから、海で採れる魚が手軽に手に入る環境が羨ましいですね」


 冬が長いラザフォードでは沢山の保存食が必要だが、肉類は大体干し肉やベーコンに限られていて料理の幅が狭い。それに肉が大量に獲れないため出回る量も少ないのだ。

 網で何百と獲れる魚を輸入したいが、これまでは道が悪くて運送日数がかかるので輸入できなかった。

 今後は道路が舗装整備されたし、川を使った船舶輸送が始まるので期待している。


 ロビンは薬になると言うイカやエイの干物や鮫の骨に興味深そうに見入っており、外国人らしき黒髪の中年男性店員に声を掛けられて説明を聞いていた。


「ロビン?もしかして何か欲しいんですか?」


 熱心に話を聞いているロビンが動かないのに気付いて、エリオットが声を掛ける。

 

 エリオットは馬車の中でロビンに礼儀作法や美しい姿勢の保ち方、綺麗なイントネーションの言葉遣い等を真剣に講義していたのだが、あの短時間でロビンはかなりな知識を飲み込んだ様だ。

 もともと大人しくて行儀のよい子だったが、今回の旅の為にフェリシテが用意した仕立ての良い子供服を着て丁寧な言葉遣いをすると、それだけで貴族の子供みたいな上品さが醸し出されているから不思議だ。


「はい。……その、サメの骨と言う物が欲しいです」


 ロビンがもじもじして指差した物のマニアックさに、フェリシテは思わず目を瞬いた。


 鮫の骨とは、海に居る大型の魚の一つ、サメと呼ばれる獰猛な魚の骨の事である。

 ヴェルファイン王国ではあまり使用されないが、一部の海外の国では膝の痛みの薬と言われている。

 何のために?と疑問が浮かんだフェリシテとエリオットの表情を見たロビンは「ウォルターおじいさんが、最近、膝が痛いっておっしゃっていたんです。この鮫の骨が膝痛を和らげてくれると店員さんが説明してくれました」


 庭師のウォルターは、よくしゃがむので慢性的な膝痛を患っている。

 いつもウォルターを手伝っているロビンは、そんなウォルターを気の毒に思っていたのだった。


「ロビン……」


 何て良い子なんだと思っていたフェリシテの横で、エリオットが眼鏡を光らせて店員に声を掛ける。

 

「店主。鮫の骨はここにある物で全部ですか?これは本当に鮫の骨ですか?もし、これを購入するとして、鮫の骨の効能は補償されているのですか?」


 いきなり質問攻めにされて、店員がたじろぐ。


「コ、コレ全部本物デスヨ!トゥランとゼダ共和国デ良ク効ク言ワレテルンダカラ……!」


 嘘ジャナイヨ!とエリオットの圧に押された店員が、慌てて足元の木箱から麻袋を取り出す。

 何をするのかと思ったら、麻袋から高級食材と言われている鮫のひれ、いわゆるフカヒレと言う珍味を取り出した。


「ホラ、コレ鮫ノヒレヨ。本物!疑ウナラ、コレモ付ケルヨ……!」


 ロビンがポカンとしている間に、エリオットがちゃっかりオマケを確保する。

 よろしいでしょう、と鷹揚に頷いたエリオットは、おもむろにロビンの方を振り向いた。


「さあ、ロビン。欲しいだけ購入して下さい。後は何が必要ですか?」


 単なる出店に外交手腕を発揮し出したエリオットに、フェリシテは眩暈がしそうになった。

 最初にいちゃもんをつけて、動揺した相手が譲歩やこちらに有利な提案をしてくる様に仕向けるやり方は外交手法の一つである。

 

 相手をたじろがせるのに、エリオットの怜悧な眼の圧も一役買っている。

 外交官として有能なのは分かったが、ロビンも微妙に動揺しているのはどうしたらいいのだろうか?


「……あの、お店の方は遠くから売りに来ているんですよね?お店の方は沢山お金が必要なんじゃないですか……?」


 屋敷を出て初めてのお買い物にロビンはワクワクしていたのだが、店員がわざわざ遠い異国から重い荷物を背負ってやって来たのだと思うと、オマケを貰うのは申し訳ないと思ったのだろう。

 オロオロしているロビンを見た大人達は心が洗われる気がして、思わず目頭を押さえた。


「イインデスヨ、オ客サマ。異国ノ珍味を、是非召上ガッテ下サイ。美味シカッタラ、マタ買イニ来テ下サイネ!」


 にこやかな店員に笑顔で言われて、ロビンが良いのかな?と言う風にフェリシテを見る。


「ここは店員さんのお言葉に甘えましょう。こういう出店では、また来て欲しいお客様にはサービスの一環として、オマケをあげる風習があるんですよ」


「そうなんですか……⁈」


 驚いた後、ロビンはホッとした様子で顔をほころばせた。

 オマケをあげるのが普通の事だと知って安心したらしい。


「僕、奥様からお給料を頂いているんですよ。次に沢山お金が貯まったら、また来ても良いですか?」


「モチロンデストモ!毎度アリガトウゴザイマス!」


 用意してもらっていた財布から小さな手でコインを握り締め、ロビンが「サメの骨のおくすり下さい!」と店員に値札に書かれている金額を店員に渡す。

 店員はお金を受け取ると、ロビンを気に入ったらしく、ロビンの頭ほどもある大きなフカヒレを包んで渡してくれた。

 明らかに手のひらに乗る位の購入商品より、オマケの方が大きい。


「ほう……私よりロビンの方が禍根なく交渉が出来る様ですね……ふっ、私など、所詮ロビンの踏み台に過ぎませんね」


 エリオットがボソリと呟く。

 彼の頭の中も、相当斜め上なのではなかろうか。

 優秀なはずだが、一周回ってズレている気がしてならない。


 フェリシテは一抹の不安を覚えながらも、ロビンがいてくれて良かったな、と改めて思ったのだった。

 


*ご覧いただき有難うございます。

 度々申し訳ありません、加筆させて頂きました!


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