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102.

「私は慣れていますから。むしろ領民を助けて頂いて有難うございます」


 ようやく肩の荷が下りた気がする。

 取り敢えず住民全員が無事であれば良かった。

 フェリシテがホッとして言うと、団長は硬い表情を崩さずに口を開いた。


「――いえ。お礼はヒューイット殿にお伝え下さい。グランデールの人々の話では、ラザフォードの騎士達が度々食料や医療品を運んで来てくれていたと言う事でした」


 フェリシテが驚いてエリオットの方を振り向くと、ふふん、とエリオットがドヤ顔でふんぞり返る。


「ヒューイット様が見過ごすわけありません。これでグランデール民にも、ヒューイット様の素晴らしさが十分伝わったでしょう」


 着々とヒューイットの信者を増やしているらしい。

 きっとグランデール民達も、毎朝ヒューイットを拝む様になるに違いない。


 クールそうに見えて、ヒューイットが人情に篤い人物である事はもう分かっている。

 だが、ノアゼットの領民にまで手を差し伸べてくれた事がじわじわと嬉しくなってくる。


「……これは全力で食糧確保に奔走する事でお返しせねば……!」


 フェリシテが張り切って瞳をきらめかせる。

 彼女が斜め上の事をしでかさない様エリオットが釘を刺そうとすると、団長は「その事ですが」と、思いがけない提案を口にした。


「ノアゼット領との小麦の契約でお困りだとお聞きしました。今回どちらに交渉に行かれるか存じませんが、もし交渉が上手く行かないようでしたら私の故郷であるシュタイン領がお力になります」


「――シュタイン領が⁈」


 フェリシテとエリオットが同時に声を上げる。


 わがヴェルファイン王国では国境に6つの領地があり、その六家は辺境伯と呼ばれている。シュタイン領はその辺境伯の筆頭で、南の国境を護る強力な軍事力を誇り、北のガイフォークス領と並ぶ武の双璧と呼ばれていた。


 穀倉地帯としても有名で、小麦は確か120%の自給率だった気がする。

 鉄鉱石が産出されるため武器製造も盛んで、領地からトルマリンとトパーズが採れ、非常に豊かな領としても有名だ。


「万が一に備えて備蓄に余剰分があります。ちょうど昨年の備蓄小麦と今年収穫した小麦を入れ替えているところですので、余剰分は融通が利きます」


「――それは非常に有難いお話ですね。ぜひ主人と相談させて頂きたいと思います。交渉したい場合はロイスヴァルク卿へご連絡して宜しいのですか?」

 

 エリオットがすぐさま食い付き、連絡先を交換する。


「ええ。何か任務が無い限りこちらに滞在しておりますので、御用があればこちらへ」


 話している内に順番が来て身分証を確認され、団長に礼を言って無事ノアゼット領へと足を踏み入れた。


 ノアゼット領に入るなり、格段に整備されて立派な道路や建物が目に入って来る。

 領境の町は賑わうものだが、ラザフォードとノアゼットでは格段に豊かさに違いがあるのが見て取れた。

 素朴と言えば聞こえがいいが、ラザフォードは田舎町と言う風情が拭えないのに対し、ノアゼットは最新の王都の流行を取り入れていて垢抜けており、一目で違いが分かる。


 ロビンが目を丸くして馬車の窓の外に広がる風景を眺め、フェリシテは久しぶりに見る故郷に懐かしさを覚えてロビンと共に町行く人々や建物に見入った。


「本当に身分証に細工しないで良かったんですか?ノアゼット伯爵の追っ手が来るのでは?」


 不安そうなエリオットが心配を口にする。

 フェリシテの帰還をしつこく望んでいたノアゼット伯爵がフェリシテが領境から領地内に入ったと知って追っ手をかけて来るのではと懸念しているのだが、フェリシテはエリオットの不安を払拭する様に軽く言った。


「大丈夫ですよ。父はぬけてますからね。多分、今頃各地の収穫に応じた補助や税計算、国へ納める税の算出、北部への小麦の手配と殺人的な忙しさで手が回らなくなって、あちこちの確認がおろそかになっているはずです。あのパーティー好きな父が先日の王室のお茶会にも参加していなかったでしょう?これまで私が捌いていた仕事を一気に引き受ける事になって、パニックになっていると思います」


 妹のエルヴィラは、恐らく父が行かないので参加できなかったのだろう。

 王室主催のパーティーは招待客が指名されているので、指名客以外は例え家族でも入場を許されない。

 これまで父について行っていたので、今回は仕方なく諦めるしかなかったに違いない。

 お陰でフェリシテは二人と顔を合わせずに済んでホッとした。


「ああ……そういう話でしたね。よくノアゼットの財政を一人で取り仕切ってこれましたね」


 ノアゼット領の経済規模は多分、ラザフォードの倍はあるだろう。

 領地面積は同じくらいだが人口が多いし、産業が栄えている分、回るお金も多くて複雑だ。

 

 これまでの領地経営の仕事をフェリシテが一手に担っていたと聞いた時、エリオットは信じられなかったが、フェリシテの事業への着手の速さと成功へ導く手腕から信じざるを得なかった。

 単に運が良いだけでなく、こうするとうまくいくかもと言う勘が鋭い気がする。

 それはラザフォードにとって大変なメリットだ。

 ヒューイットは誠実で真面目な良い領主だが、保守的であったり、しがらみに絡み取られて経済的に苦しい立場から抜け出せなかった。

 少々破天荒でトラブルメーカーだが、フェリシテによって急激に目の前が開けてきているのは確かだった。


「……しかし、シュタイン領と繋がれる機会が来るとは……」


 どれだけフェリシテは引きが強いんだと、エリオットの口から苦笑が漏れる。

 それを聞き咎めたフェリシテが、エリオットの方を向いて首を傾げた。


「随分とロイスヴァルク卿の提案に前向きでしたけど、本当にシュタイン領から小麦を輸入するんですか?運送費が高くついてしまうだけかと思うんですが」


 シュタイン領はノアゼット領とサロワ領を挟んだかなり遠い場所にあり、運送日数も片道ひと月近くとなる筈だ。いくら小麦の価格が安くても、運送費で高くついてはむしろ損になる。


「いえ、この時期にシュタイン領と関係が出来ること自体が利益になります」


 エリオットが真顔で強調する。


「スタリオン領がじわじわ周辺領を侵食しようとしている状況で、シュタイン領とラザフォードが仲良くなることが重要なんですよ。今は領地戦が当たり前だった一昔前と違って、どこの領地でも騎士団が縮小されています。だが、辺境伯領は全く違って今も常に戦闘準備を怠っていません。ラザフォードはヒューイット様の方針で騎士達は精鋭揃いですが、籠城戦になると食糧事情の問題ですぐに飢えて白旗を上げざるを得ません。昔は早期決戦でしのいでいた様ですが、今は無理ですから」


 戦が無くなった今では、大勢の騎士を抱えるのは財政的な負担になる。

 それに表向きの武力攻撃でなく、裏から手を回して戦略的に侵略しようとしているスタリオン領はかなり難解で困った相手になる。

 

「はったりでもシュタイン領と手を結んだ様に見せかけて、スタリオンからの干渉を躊躇わせることが出来るなら儲けものですよ」


「ああ、成る程」


 うん、とフェリシテが頷く。


「シュタイン領のマクシミリアン様はカリスマですからね。あの方が関わっていると思うと簡単に手出しできない気がしますしね」


 シュタイン領のマクシミリアンは覇者の風格を纏った美丈夫である。

 優雅でいて猛禽類の様な怜悧な見た目もさながら、苛烈な性格でも有名で、敵を地の果てまで追いつめて必ず屠ると、ヴェルファイン王国どころか近隣に名を轟かせている有名人だ。


 孤高で気難しく不義不正を嫌い容赦がないが、一方で一度仲間と見なしたら絶対に裏切らず見捨てない。

 戦国時代ならいいが今は時代からズレた英雄の様な存在なのだが、男性が描く最高の英雄像そのままの人なので、カリスマとして絶大な人気を誇っているのだった。


「ラザフォードの安保問題に関わると。……うん、でしたら小麦の取引に乗じてマクシミリアン様の奥様に取り入りましょう!」


 女性が安保問題に言及するのも珍しいのだが、何だその意味不明なノリノリの言動は⁈と前向きな反応をするフェリシテにエリオットは身構えた。


「マクシミリアン様の奥様に取り入る?何です、それは」


 不正を嫌うマクシミリアンに対してどういう事だ?と疑問で一杯になりながらエリオットが尋ねると、フェリシテはキョトンとした顔で言った。


「あれ、気付きませんか?マクシミリアン様、奥様にぞっこんでしょう?夜会でおひとりの時は眉間に皺が出来ているんですが、奥様が一緒だと皺が無いんですよ。むしろ口元が緩んでますからね」


  ――――どういう観察眼をしているんだ。

 

 エリオットは全く分からなかった事を指摘されて動揺しつつも「よし、奥様に取り入りましょう」と、あっさりフェリシテの提案に乗ったのであった。





 





*加筆修正致しました!

 ご覧いただいている方々には申し訳ありませんでした<(_ _)>ペコリ

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