10.バラとラベンダー
仲間が増えた。
「初めまして、オリバー・ロクスと言います。ロクス男爵家の三男で、エインワースの町の警ら隊副隊長をやってます!うわぁ、想像してたより美人ですね。緊張しちゃうなーー!」
ーーどうしてこうなった?
デビットとも、もうそんなに会わないだろうなと思っていた。
しかし、デビットはオリバーと言う仲間を連れてやってきた。
*
早朝、山の稜線から朝の光が差し、空の白み始めた午前五時。
フェリシテは柔らかな茶色い天然パーマをふわふわさせた、可愛らしいーーフェリシテより三歳年上で、見上げるほど身長が高いのだがーー青年と、デビット、そして寝ぼけまなこをこするウォルターと四人で別荘の庭に集まっていた。
もう一人の庭師、ハワードは、今回のフェリシテの思い付きに賛成せず、参加したくないとの事で、今日一日お休みをとっている。
しかし、一方でウォルターのほうは何やらワクワクしている様子で、それはデビットと、今日初めて会ったオリバーも同様だった。
「運んできた蒸留器、どこに置きます?あっ、結構重いので僕が持ちますよ。フェリ様は指示だけして下さい!」
オリバーが張り切って、荷馬車に乗せて来た大きな銅製蒸留器をひょいと肩に担ぐ。
礼を言いつつフェリシテは、深く考えない様にしようと決めた。
昨日デビットに話をしたのがマズかった。
敏いデビットが気付かぬわけが無く、洗濯や雑巾がけでカサカサに荒れた手を、どうしたのか?と誘導尋問され、別荘での使用人たちのフェリシテへの扱いを白状させられてしまった。
エインワースでは売られている化粧品やハンドクリームが少なく、あるのが医薬品扱いの薬局にある高額なものばかり。
見せてもらったハンドクリームは、コインサイズで、十回も使えば終わりと言うくらいの量なのに平民の給与一日分が飛ぶ価格で、とてもじゃないが毎日使えそうにない。
それで放っていたのだが、かなり手が痛々しく見えるらしい。
じゃあアロマオイルを抽出して自力でハンドクリームを作ろうと、ガラスの小さい蒸留器を買いたいと言ったら、デビットに、そんな洒落たものは売ってないと即却下されてしまった。
どうしたものかと考えていると、デビットがひらめいて、町の薬師から借りられるよう交渉してくれた。
……しかし、この蒸留器が大きかった。さすが本職は違う。
ひと抱えあるほどの大きな銅製のもので、あまりに大きいし、フェリシテの馬に乗せるにも落としそうで怖い。
断ろうとしたら、デビットが気軽に「オリバーに頼もう!」と提案して、あれよあれよという間に今日の蒸留がセッティングされてしまったのだった。
ーーいや、そこまでやらなくてもーーと思ったのだが、デビットのキラキラした瞳を見るに、単に蒸留に興味津々だったらしい。
見ず知らずのロクス卿にも悪いと思っていたのだがーーものすごく楽しそうにしているので、もう何も言うまい。
ではこれだけ立派な蒸留器があるなら、本格的にオイルやアロマウォーターを作ろうかと、市場でドライラベンダーを購入。
さらに別荘内のバラがもらえないかと交渉したところ、ハワードが苦虫を噛み潰した様な顔になり、反対にウォルターは、花がもうすぐ終わるので構わないと大賛成してくれた。
念のため執事のポールにも許可を取ると、咎められはせず、冷ややかに「どうぞ、ご自由に」といちべつされただけだったため、ありがたくバラを頂戴することにした。
フェリシテはバラ園の近くにある、赤いレンガ造りの建物の鍵を開け、オリバーを招き入れた。
オリバーの後にドライラベンダーの布袋を抱えたウォルターと、大量のガラス瓶を抱えたデビットが続く。
「ほう、ここで蒸留とは考えたな。なんと懐かしい。ここは昔、ガーデンパーティーのために作られた厨房じゃないか」
ウォルターが嬉しそうに周囲を見回す。
広々とした厨房内には壁際にかまどが四つ、薪オーブンが二つ。三つの大きな流しには水道が引いてあり、昨日のうちに全て使える様に準備しておいた。
中央には調理用の大テーブルがあり、たくさん物が置けて使い勝手も良さそうだ。
フェリシテは換気のために次々小窓を開けていった。
「屋敷から離れてて他の使用人の邪魔にもならないし、作業もはかどりそうだ」
デビットが嬉しそうに言う。
「屋敷を探検していて見つけたんですよ。執事からも許可が得られて良かったです」
フェリシテはそう言って、三人の方を向いた。
「ーーでは、これからラベンダーとローズの蒸留を始めようと思います」
号令に、浮かれていた三人が、その場にびしりと整列する。
「まず役割分担をします。蒸留器の扱いは私が担当しますので、皆さんには原料の花の採取と運び込み、出来上がったウォーターのビン詰めをお願いします」
かなりな肉体労働なのだが、三人は前のめりで頷く。
「ラベンダーはドライのものを購入していますので、そちらを先に蒸留する間、三人はダマスクローズの花を集めて下さい。ある程度たまったら、布袋にいれて運び、順次蒸留していきます。採れるバラの花がなくなるまでこの繰り返しになります。何か質問はありますか?」
「ダマスクローズって、何ですか?」
はい、と手を上げオリバーが質問する。
「ダマスクは香りの良いバラの代表格で、甘く華やかな香りがする。他にティー系といって上品で優雅な香りやスパイスみたいな香りもあってな、バラには何種類か香りの違う系統があるんだよ」
ウォルターが答えて、へえ!とオリバーとデビットが感心する。
「まれに香りが無いのもある。俺が知ってるから教えるよ」
頼もしいウォルターのセリフが決まったところで、フェリシテはバラを入れる布袋と花ばさみ、皮手袋を三人に配った。
「バラの棘に気を付けて下さいね」
デビットがワクワクした様子で受け取り、ぎゅっと革手袋を握りしめる。
「俺、お屋敷の庭に入ったの、初めてだ。こんなに綺麗なんだなあ……見たことない花がいっぱいだ!」
蒸留だけじゃなくて、庭にも興味があったらしい。
年相応に無邪気に頬を紅潮させるデビットの横で、オリバーも同意する。
「本当に見事な庭ですね。作業中も楽しめそうだ」
二人に褒められたウォルターはご満悦で「さあ、こっちだぞ!」と勢いよくバラ園に突進してゆく。
その後に二人が一列に続いた。
微笑ましく見送ったフェリシテは、ぐずぐずしていられないぞと、三人に負けない様に腕まくりして作業に取りかかった。
蒸留器を軽く洗って水を入れ、かまどに据えて、その中へ布袋へ入れたドライラベンダーを詰め込んで、冷却器や管を組み立てて設置し、かまどの炭へ火をつける。
蒸留器が温まるまで、別の大鍋に湯を沸かし、ビンを煮沸消毒し、消毒出来たらテーブルの上に置いて乾かして、すぐに出来たウォーターを入れられる様に漏斗やスポイト、ビーカーを用意した。
これは水蒸気蒸留法と言って、花を加熱し、蒸気と共に花のオイルやエキスを抽出する方法で、これでフラワーオイルやフラワーエキス入りのウォーターが精製できる。
そのうちに蒸気が出た蒸留機につきっきりになり、冷却水の水が高温にならないよう、ひたすら交換する。作業としてはこれだけだ。
しかしこの冷却水の水交換が曲者で、目を離すとすぐ熱湯になって精製できなくなる。
慌てると火傷するので慎重に手早く、しかも作業中はずっとかかりきりにならねばならない。
その時間、およそ二時間。
休む暇なく作業を行う。時々火加減を見て炭をつぎ足し、ずっと火のそばにいるので汗だくになるという、超絶ハードなお仕事なのだった。
「ーーこれは、今日だけでゲッソリ痩せそう」
これまで卓上の小さい物しか扱った事がなく、ここまでの規模でするつもりでなかったフェリシテは、口から魂が出そうになる。
ハンカチじゃなくタオルを持ってくるべきだったと思うがすでに遅い。
しかし、さすがに立派な蒸留器だけあって、みるみるうちにラベンダーエキスを含んだウォーターが溜まってゆき、室内がラベンダーの爽快な香りでいっぱいになった。
水道からふんだんに水が使えて助かった。
手間取ることなくラベンダーの蒸留を終えたフェリシテは、急いで冷めた蒸留器を洗い、次のバラの蒸留の準備をする。
蒸留機の性能が良いおかげで、作業がかなりはかどる様だ。
これなら早めに作業が終わるかもしれないと、上機嫌でフェリシテはバラを採取する三人のいるバラ園へ様子を見に行った。
「ああっ、フェリ様!もしかしてラベンダーの蒸留終わっちゃいました?」
バラ園に着くと、フェリシテの姿を見つけたオリバーが、どっさりバラの入った布袋を抱えて走って来る。
「すみません、やっと一袋になったんですよ。実はね、ウォルターさんが、いざバラの花首を切る段になってバラが可哀想だって泣いちゃって、いったん三人で"バラを称える儀式"をしてから採取を始めたので、ちょっと遅くなっちゃいました……!」
ほがらかに告げるオリバーに悲壮感はないが、一体、どんな儀式をしたというのか。
フェリシテは「儀式……?」とつぶやいて固まった。
「はい!ウォルターさんを慰めてから、ちょっと考えて、騎士団の壮行式を参考にして、バラの成長を称え、これからさらに人々の役に立つものへ昇華するすばらしいバラの魂への賛辞を贈りました!ここまで育ててくれたウォルターさんへの労いの言葉と、神への祝福でしめました。いやー感動的でしたよ。ウォルターさんの植物への並々ならぬ愛情にホロリときましたね」
人の好い青年が心の底から感動しているのが伝わって来る。
「な、なるほど」
確かにウォルターは庭の花々へ惜しみなく愛情と熱意を注いでいる。
当のウォルターはどうしているのかと見回すと、作業に没頭しているのか、すごい勢いで枯れた花びらや葉っぱをむしってからバラの花を一心不乱に布袋へ詰め込んでいた。
ーー悲しむにしろ働くにしろ、熱量が半端ないのは間違いなさそうだ。
デビットはどうしているのかと思ったら、小回りが利く特性を活かしてバラを剪定して集めており、生垣の間をすり抜けて、ちょこまか忙しく働いていた。
それぞれ得意分野で活躍してくれていたらしい。
ありがたいことだとバラ入りの袋を受け取り、フェリシテは再び蒸留器の元へ急いだ。
ラベンダーで一回、バラで二回。
十時休憩をはさんで、計三回の蒸留を終えたのが、昼を回った時刻だった。
終わった頃にはバラ園のダマスクローズが咲いていたゾーンはまるはげになり、青々とした葉ばかりが風にそよいでいた。
「わあ、服からバラの香りがしますよ。役得だなあ」
嬉しそうに声を上げるオリバーと対照的に、デビットとウォルターは「野郎がバラの香りをさせてもなあ……」と複雑そうである。
フェリシテは三人に庭園のガゼボに集まってもらい、作業完了を祝って、作業の合間に焼いたガーリックバケットと熱々のソーセージにハム、バジルバターをのせたベイクドポテト、カブとベリーのピクルス、そしてよく冷えたアップルタイザーで祝杯をあげた。
「うーん、こりゃたまらん」
先日は遠慮していたウォルターも、共同作業で距離が縮んだのか緊張せずにテーブルを囲んでいる。
オリバーは貴族だが、警ら隊で普段から領民と交流しているからか平民との同席を全く気にしておらず、お喋りと食事に夢中だった。
デビットも熱々のハムを頬張りながら楽しそうに大人達の会話に混じっている。
皆は思いがけず馬が合ったようで、まるで以前からの知り合いみたいに会話が弾んでいた。
「そういや、フェリも良い匂いがするな」
隣に座るデビットがくんくん鼻を近付けて来たので、フェリシテは自分の袖を嗅いでみた。
「ソーセージの匂いですかね?あっ、バジルのにおいもします」
料理のにおいかと思っていると、デビットが呆れた眼差しを向けて来る。
「違うって、バラとラベンダーの香りの事!フェリは髪からもバラの香りがする」
「ああ、蒸留中についたんですね。自分では気付きませんでした」
蒸留中は厨房がバラの香りでむせ返るほどだったので、それがついたのだろう。
汗だくだったので、汗の臭いと言われなくてホッとする。
「年頃の乙女の反応じゃないな。ローズウォーターなんてお洒落なものを作ったっていうのに」
ベイクドポテトを口に放り込んだデビットは首を傾げた。
「ローズウォーターは化粧水になるんだろ?ラベンダーウォーターってのは何になるの?やっぱり化粧水?」
何に使うか分からず手伝っていたらしい。
オリバーとウォルターも同様だったらしく、「そもそもローズウォーターって何だ?」と、基本的な質問がウォルターの口から飛び出した。
「ローズウォーターというのはですね」
フェリシテは簡単な説明をした。
「バラの花びらと水を熱すると、バラのエキスを含んだ蒸気が発生するんです。ここで言うエキスと言うのが香りや美容にいい成分なんですが、この蒸気を集めたものがローズウォーターに。ラベンダーのエキスが含まれたものがラベンダーウォーターになります」
フェリシテは見たほうが良いだろうと、厨房に置いていた実物を持ってきて皆に見せた。
「ローズウォーターは香りの良さとバラの美容エキスが含まれる事から、化粧品や芳香剤によく使われます。香水がわりにリネン類にかけたり、化粧水として肌をしっとり美しくなめらかに整えてくれます。そしてラベンダーウォーターですが、こちらも化粧水として利用できますが、こちら、かなりな優れもので、火傷や切り傷、虫刺され、皮膚の炎症に効き、リネンにかけると虫除けや安眠の効果が得られます」
おお!と三人が効能を聞いてわき立つ。
「だから薬局で売ってるのか!」
「薬師が蒸留器を使うのは何のためか知らなかったけど、花が薬になるのか」
「凄いものを作ったんだね。こうやって作るとは知らなかった。フェリ様は物知りですねえ」
オリバーが褒めてくれるが、ノアゼット家で病気になっても放置されていたので、必要に迫られて作っていたとは言いにくい。
フェリシテは都合の悪い話を変えた。
「それでですね、今回の成果ですが、蒸留器の性能がよろしかったため、大量のオイルとウォーターを取り出すことに成功しました……!」
三人が拍手で盛り上がる。何ともノリが良い。
「ラベンダーオイルの20ml10本、ラベンダーウォーター500mlボトル6本。ローズオイルはとるのが難しいので今回はありませんが、ローズウォーターが500ml10本という大量でした。これも皆さんのお陰です。お礼を申し上げます」
ぺこりとフェリシテが頭を下げると、いやいや、と三人が謙遜する。
「いやぁ、それにしてもすげえ採れたんだな」
カゴ二つにぎっしり詰めたビン達を見せると、三人は満足そうに顔を見合わせ、達成感を嚙みしめた。
食事が終わったのを見計らって、フェリシテは今回の報酬を切り出す。
「今日、皆さんにご協力いただいたお礼をしたいのですが、現物報酬でよろしいでしょうか?」
えっ、と驚く三人の前に、フェリシテはどどん!とビンを置いた。
「ラベンダーオイル、ラベンダーウォーター、ローズウォーターを各一瓶づつ。ロクス卿には、荷馬車や薬師さんから借りた蒸留器の代金を実費でお支払い致します」
「ーーいや、俺は庭師の仕事の一環だぞ。給金ももらうし、これじゃ二重取りになっちまう。それに使い方がよく分からんし、俺がローズウォーターってガラじゃなかろう」
ウォルターが首を振るので、フェリシテは考えた。
もっともな話ではあるので、じゃあ、とカゴから手のひら大のジャムを入れる様な容器を取り出し、ウォルターの前に置いた。
「今日は私個人の用事に付き合ってもらった事ですし、こちらをボーナスという事で。これならきっと使ってくれると思います」
「?」
ブルーのガラス容器のふたを開けると、乳白色のとろりとした半固形物がたっぷり詰まっており、三人が、これは何だ?と目を白黒させる。
「ラベンダーハンドクリームです。ラベンダーオイルと蜜蝋を混ぜて作ったものですよ。手荒れやできもの、火傷、打ち身や節々の痛み、ねんざに使えます。腫れを抑えて皮膚の再生を促してくれます。涼しい所に保管して一か月くらいもちますよ。さっき合間に作りました」
作り方は簡単、ラベンダーオイル適量と蜜蝋、オリーブオイルを熱して混ぜるだけだ。
「使う時は手のひらで温めて溶かしながら使うのがコツです。手荒れと膝の痛みに薬用と思って塗ってみて下さい。かなり重宝すると思いますよ」
もともとこれを作るつもりで蒸留をしたのだ。鍋に一つ作ってみた。
使用期限が短いが、ラベンダーオイルがあれば後で量産できる。
ウォルターは、いいのか?と戸惑った様子だったが、何度も断るのは悪いと思ったらしく、礼を言って受け取った。
「薬なんて、そうそう買えないから、ありがたく貰うよ。確かに膝の痛みにも困ってたし」
「俺も!ローズウォーターじゃなくてそのクリームが良い。そのクリームってもっとある?」
デビットもクリームだけ受け取ろうとしたので、フェリシテはラベンダーウォーターやオイルの瓶をデビットの前に押しやった。
「デビット。ラベンダークリームはボーナスにしますから、君の労働報酬は受け取ってください。こちらは自宅で使う様に。きっとお母様が使い方を知っています。必要なければ薬局へ売ってもいいのですよ。売る時は、別荘で終わりかけのバラの処分のために作ったのをもらったと言ってもらえれば完璧です。ロクス卿も遠慮は許しませんよ。あなたの一日分の労働力を安く見積もってはいけません」
「い、いや、でも、このラベンダーオイルだけで僕の一日ぶんの給料なんですよねえ……ローズウォーターに至っては三日分……そうしたら、馬車代はいいですって!うちのを拝借してきただけだし、薬師も知り合いなのでタダで蒸留器を貸してくれましたし」
ラベンダーは良いが、バラは国内で商用栽培されておらず、主に輸入品のため、ローズウォーターは高価なのだ。
値打ちを知るオリバーが恐縮していると、フェリシテが謎の圧をかけてくる。
「ローズウォーターは、ロクス卿のお母様も使ってらっしゃいますよね?ね?貴族のご婦人ご用達ですからね。では荷馬車代がわりにあと三本差し上げます。息子さんが制作に携わったと知ったら、お母様もきっと喜んでお使いになりますよ。ええ、そりゃもう」
畳みかける様に言い、さらに間髪入れずに「そうだ!」と立ち上がる。
いそいそどこかへ行くのを三人がポカンと見送ると、あっという間に戻って来た。
またもフェリシテが謎の物体が入ったガラス容器をオリバーに差し出す。
500mlのローズウォーター瓶より少し大きめのガラス容器に、鮮やかな黄色い粉末がいっぱい入っており、訳が分からず困惑するオリバーに「こちらは薬師さまへのお礼です」と言った。
「これは硫黄です。裏山に温泉が湧いているので見に行ったら、源泉付近に露天噴出していたので集めました。趣味で採取したんですが、使いどころに悩んでまして。薬師の方には役立つかなと」
「ええ、硫黄⁈」
趣味って何だ、とかツッコミどころは満載だったが、実物の硫黄のインパクトに全部持っていかれる。
これは役立つ。なにせオリバーもかつて悩まされたが、警ら隊の新人も今悩んでいる、ニキビの薬の原料なのである。
「ーー奥様いつの間に!一人で行ったのか⁈」
悲鳴じみたウオルターの叫びに、フェリシテが平然と頷く。
「剣を持っていきましたから大丈夫ですよ。鳩にしか会いませんでした」
そういう問題ではない。
貴族の女性が雑草をかき分け、山に登る自体が在り得ない話だ。
と言うか、男性でも一人は危ない。遭難の恐れもあるので二人以上で行くのが常識だ。
「屋敷につながる温泉水の輸送管をつたって行ったので迷いませんでしたよ。色々な発見があって楽しかったです」
一般のお嬢様からかけ離れたアクティブ過ぎるフェリシテに、オリバーがつい笑ってしまう。
「ありがとうございます。薬師がきっと喜びますよ。いやぁ、フェリ様って、ビックリ箱みたいで面白いですね!」
「うん、今日も面白かった!また何かやるなら絶対誘ってくれよな、約束だぞ!」
デビットも同意し、フェリシテへ笑顔を向ける。
フェリシテは向けられた好意に目をぱちぱちさせて戸惑っていた。
実家では、単なる変わり者と言われていたので、どう反応していいのか分からなかったのだ。
とりあえず返事をしなければ、と焦って頷くと、皆が笑顔を返してくれて、そこからまた楽しいお茶会が続いたのだった。