仮題
ストーリーとしてはTSして魔女の助手になる話です
3日くらいで消えます
続き書いたらr18になります
1話:成る
東京から遠く離れた田舎町。その端の山道で、一人の男が歩いていた。季節は夏。照りつく太陽とジワジワ鳴くセミの声を背中に受けながら、手の甲で汗を拭く。
彼の名前は成芽瑞晴。190センチにもなろう身長を持つ偉丈夫だ。白のシャツとジーンズを履き、短く刈り込んだ頭髪からは、定期的に汗の粒が垂れ落ちる。水の入ったペットボトルを尻のポケットから取り出して、ぐびりと飲んだ。
「まだかな…この辺のはずなんだけど」
ペットボトルを元の場所に収めてから、反対のポケットをまさぐり、折り畳まれた1枚の紙を取り出した。ずっとそこに入れていたので、しわくちゃになっている。紙を開き、下の方に書いてある案内をもう一度確認した。
───Y県S駅前から出る市営バスに乗り、9つ目のバス停で降りる。バス停の裏にある藪を抜けたら山道が現れるので、それを進む。横道が現れるのでそちらに進む。───
これが、目的地までの案内だった。そして、その一文の最後には、こうも書かれていた。
───尚、横道に入らずにそのまま山道を進んだ場合の責任は取りかねます。───
嫌に不安感を誘う文章だったが、成芽はあまり気にはしていなかった。とにかく横道が出てくれば、そちらに入ればいいのだろう、と。現に成芽が歩いている山道の両側は、広葉樹林と低木が入り混じる植生が続き、道らしきものはどこにも見当たらないからだ。山道はアスファルトなどで舗装されているわけではなく、車がギリギリ1台通れるくらいの幅で土が露出した未舗装路だ。
汗が絶えなく溢れ、シワの目立つシャツが背中に張り付く。どこまで続くのか、そんなことを考えようとしたところで、左手に、石畳が敷かれた細い道が現れた。こんな山奥に石畳の道なんて胡散臭いものはそうそう無い、案内に書いてあった横道とはこれだろう。歩いてきた山道の先は、右に大きくカーブしていて見えなかった。その先を進んで見ようとするほどの勇気を成芽は持ち合わせていなかったし、警告を無視するほど愚かではなかった。
暫く苔むした石畳の道を歩くと、開けた土地に出た。
周囲を鬱蒼とした木々に囲まれた、直径50mほどの空間だ。足元は綺麗に刈られた芝生と、中心には大きなログハウスがあった。飛び石が、今立っている場所からログハウスに向かっている。ログハウスの周囲にはコテージのようなものから菜園、井戸まであった。
「ここ…だよな」
成芽は疑問に思ったが、そもそもこんな胡散臭い所以外に魔女はいない。ここで違いないだろう。
恐る恐る玄関と思わしき扉に近づく。よく見ると、外壁のそこかしこに苔のような何かが生えていた。インターホンなんて現代的なものは無い。銀色の鴉の意匠がなされたドアノッカーを叩いた。しばらくして、扉が開く。中から出てきたのは、成芽の肩に視線が被るほどの長身の女性だった。
「あら?どちら様でしょうか」
出て来た女性は、成芽を見据えて小首を傾げた。成芽は、女性の容姿を見て息を呑んだ。
切れ長の、少し垂れた目尻と泣き黒子。薄い唇とバランスの取れた形の鼻。腰まで伸びた黒髪。透き通るような肌は、どこかの女優だろうかと錯覚するほどの美貌だった。
少し見とれていた成芽だったが、ハッとしてポケットから先ほどと同じ紙を取り出した。
「あの、自分、これを見てここまで来ました!」
紙を広げて女性に見せる。下部には先の案内の文が書かれていたが、上部は違った。
───住み込みで働いて頂ける魔女の助手を募集します。学歴、経験、年齢、性別不問。今の人生に未練の無い方のみお越しください。───
───この紙を私に見せることで、魔女の証明とします。───
成芽が持っていたのは、魔女の求人票だったのだ。
「まあ、見つけてくれたのね、それ」
「はい、東京の駅でこれ見つけて、それで」
そこまで喋ると、持っていた求人票がうぞうぞと動き出した。驚いて手を離すと、紙はひとりでに折れていき、鳥のような形を作ると、地面に落ちる前に何処かへと飛んでいってしまった。
「あ…」
「どうかしら、これで私が魔女だという証明にしてくださる?」
女性が微笑む。まるで児戯のような現象。だが、成芽にとって、目の前の人物が魔女だと確信するには充分過ぎた。
「それで、直ぐに面接をしたいのだけれど、いいかしら?」
魔女は既に半身になり、無言で成芽を室内へと誘っていた。身につけている黒いローブが、その豊満なシルエットを浮かび上がらせていた。
「あっ、はい!よろしくお願いします!」
成芽はそのまま、居間と思わしき部屋に通された。
魔女の家の中は、普通見ることはないようなもので溢れていた。室内は白檀にも似た香りが漂い、光源は天井から吊るされたシャンデリアと大きな窓から入る日光。壁には植物から動物まで、様々な生物の写本、風景画、そして何枚かの写真。所狭しと置かれた棚や机の上には、蠢く粉末や時折発光する泥のような液体が入った瓶、高く積み上げられた本。奇っ怪な見た目をした、箒と呼べるかもわからない箒。天井の隅では、なぜかシーソーを3つ組み合わせたような置物が紐で吊るされ忙しなく動いている。
気づけば、肌に張り付いていたシャツは乾き、汗は完全に引いていた。どこからか柔らかい春のような風が吹いてくる。
「お茶をお持ちしますわ、そこのソファにお掛けになっていて」
魔女は部屋の中心、長方形のテーブルを挟むように置かれたソファの一方を指した。成芽は室内の雰囲気に圧倒されて、頷くしかなかった。
言われた通りソファに腰を掛ける。フワフワのソファは余りにも柔らかく、身体が果てしなく沈み込む錯覚を覚えた。壁に掛けられた時計の針が、昼の12時を指して回転し始めた。時計自体が回転し始めた。暫くして、魔女はティーカップを二つ乗せたお盆を手に帰ってきた。テーブルの上にカップを置き、向かいのソファにゆっくりと腰をかけ、口を開いた。
「では改めて、はじめまして。私がこの地の魔女、名はノエといいますわ」
ノエと名乗った魔女は、その切れ長の奥の視線を成芽に向けた。家の中をキョロキョロと見ていた成芽はドキリとし、ばつが悪そうに顔を赤らめた。ノエはくすりと笑う。「いいんですのよ。普通の方にとって、魔女の家なんて滅多に見れないんですもの」
「あはは…すいません、えっと、俺は成芽…成芽瑞晴っていいます。将棋の成るに植物の芽、瑞々しく晴れる、って書きます」
「成芽さん?いい名前ですね」名前を聞いたノエは思案するような顔を少しだけ見せて、直ぐに目線を成芽に合わせた。「早速で悪いのだけど、色々質問させてもらいますわ。ああ、お茶はご自由にお飲みになって」
それからノエは、簡単な質問を成芽にかけていった。年齢や出身地など、簡単な質問をかけていく。
緊張していた成芽は、その糸が緩んでいくのを自覚した。それは家の中に漂う不思議な香りのせいか、沈むようなふかふかしたソファのせいか、空気のようにするりと喉に流れ込むお茶のせいか、彼には分からなかった。
一通り聞いたノエは微笑んでいた口角を正し、真面目な視線を彼に送る。
「それでは成芽さん、確認なのだけれども、本当に人生に未練はないのね?」
「ええ、ありませんよ」即答だった。その淡白な反応に、ノエは少し目を見開く。
「まあ、本当にないの?殆どの人は自分の人生に未練、やり残したことがあるのだけれど…」
「そういうのは全く無いですね。その殆どの中に俺はは入りませんよ」「もしよろしかったら、その理由を教えてくださる?」
ノエの質問に、いいですよ、と答えてから、成芽は自分の半生を語りだした。
成芽瑞晴は孤児だ。産まれてすぐに養護施設の玄関に捨てられていた。顔もわからない親が唯一残したのは、「瑞晴」という名前だけだった。名字は、施設の長の名字を貰っていた。
成芽はそのまま、中学卒業まで施設で育った。卒業後は高校へは行かず、職を求めて東京へ行った。学も無い身で定職に就けるわけもなく、日雇いの仕事でその日暮らしをしている。
「…っと、まあこんな感じですね」
「苦労してきたのね」
何も言わず話を聞いていたノエが口を開くと、成芽は少し笑った。
「まっ、命の危険が無かっただけマシですよ。施設も悪いとこじゃなかったし、都会でもヤバいことには巻き込まれなかったし。」
「あらそう?」
ノエも少しだけ笑った。
「なら、本当に未練なんてないのね」
ノエが再度の確認を取る。「そうですね」と成芽。
「ここに来たのも、心機一転、魔女さんの助手として新しい人生を歩めると思ったので」
そこまで言って、出されていたお茶を飲み干した。ソーサーにティーカップを置く。嫌に静かになった部屋に、陶器がぶつかる音が響く。その間、ノエは無言だった。
しばしの沈黙が流れた。
「あの…それで」破ったのは成芽だった。「それで、どうですかね、結果とか」
「え?ああ、ええ」
はっとしたノエが成芽に向き直る。そして微笑み、口を開いた。
「問題ないわ。合格です」
「ほっ!本当ですか!よっ………」
その言葉は最後まで紡がれなかった。糸が切れたかの如く、成芽はソファにもたれかかり、そのまま寝息を立て始めた。
ノエはその様子を見て、カップのお茶を飲む。成芽に出されたものとは違い、茶葉の香りが強く出ていた。
「ええ、合格よ。とっても、合格」
ソーサーにカップを置いた魔女は、くつくつと笑っていた。