ばれちゃった 4
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ぎゃああああああ、という悲鳴が、邸のあちこちから聞こえてまいりました。
ハイライドにお願いしてヴォルフラムの足枷を外してもらったんだけど、ヴォルフラムってそれに驚く暇もなく、あちこちから上がる野太い悲鳴に目を白黒させている。
そーっと部屋のカーテンを開けて下を見たわたしは、あちこちで上がる爆発音に、ひえっと縮こまった。
……絶対絶対ぜったいお兄様だああああああ‼
アレクサンダー様とニコラウス先生ならば、こんな無茶苦茶なことはしないだろう。
怒り狂った魔王が降臨したかの如く、あちこちで蹂躙劇を繰り広げているお兄様の姿が目に見えるようだ。
「おい、何が起こっているんだ?」
「く、暗くてよく見えないから、詳しいことは……」
本当に、今が夜でよかったわよ。
外がどうなっているのかなんて想像したくもないわね。
……というかお兄様。ここが王都のどこか(王都かどうかもわからないけど)知らないけど、夜中にこんなに大きな音を立てて大丈夫なの? 騎士が駆り出してくる騒動とかにならない?
お兄様のことだからその辺は抜かりないと思うんだけど、わたしは不安になりますよ。
怒り狂ったお兄様のせいで、当初の計画が丸つぶれとかになってないでしょうね?
「不安なのだが、本当に味方なのか? 黒豹とヒルデベルトたちで戦争でもはじめたんじゃないだろうな」
「だ、大丈夫だと思うわよ。たぶん……」
「たぶんだと困るんだが」
「ま、まあ、何があっても、最終的にどうにかなるわよ。ニコラウス先生もいるし、ニコラウス先生経由でヨルク・カトライア政務次官の協力も得られているから、何かあったらきっとヨルク様がもみ消してくれるはず……」
「もみ消す……」
ヴォルフラム、不安なのはわかるけど、これは掘り下げて考えたらだめなやつよ。考えれば考えるほど怖くなるもの!
特に、わたしが攫われたせいで騒ぎが大きくなったんじゃないかしら~なんて、絶対に考えたらダメなのよ! その可能性がとっても大きい気がするけど、ダメったらダメなの。わたしが怖いから‼
というか、ヴォルフラムの足枷も外したし、ハイライドもいるし、わたしたちもここから自力で脱出した方がいいんじゃないかしら?
だって早くお兄様に合流しないと、どんどん被害が拡大して……、うぅ、ガクガクブルブル。
……よし、逃げよう! そして早くお兄様に合流しよう!
お説教される可能性が高いから怖いけど、合流が早くても遅くてもお説教の未来は回避できないだろうから、それなら早い方がいい。だって、このままだとお兄様何するかわかんないから怖すぎる。
「ヴォルフラム、この混乱に乗じて逃げるわよ!」
「逃げることには異論はないが、状況把握が先だろう」
ヴォルフラム、冷静ですね。でも、呑気に状況把握をしている間に、外は大惨事になりますよ。
「それに、邸の中の警備がゼロになっているとは思えないぞ。様子を探ってからの方がいい」
ごもっともな意見ですけど、でもね!
わたしとしては、お兄様が勢い余って誰かをさくっと殺っちゃわないうちに早く合流したいのよ。契約結婚とはいえ、未来の夫が殺人なんて怖すぎますからね‼
異世界転生したけど、わたし、こういうところは異世界に染まり切っていないんだなって思うよ。
だって、この世界は特に高位貴族は優遇されているからね。
自分に害を及ぼした相手をさくっと葬りさっちゃっても、ある程度許されたりするのだ。
もちろん横暴はだめだけど、今日のような場合は、わたしが攫われたとか相手が武器を構えて歯向かって来ただとか不敬罪だとかで、正当防衛や私刑が認められるだろう。
だけど、罪に問われないからいいだろうっていう話じゃあないのよね。
戦争とかを知らない現代っ子の元日本人としては、命はなにより尊いものだと思うしさ。
別に、ギウスとかボールマン伯爵を助けたいなんて、偽善的な考えじゃなくて、お兄様に手を汚してほしくないなって思うのよ。
わたしがぐぬぬぬ、と唸っていると、コンッとバルコニーのあたりからガラスを叩くような音がした。
わたしがバルコニーに向かおうとすると、ヴォルフラムが「俺が行こう」とわたしを押しとどめる。
ヴォルフラムがバルコニーのカーテンをそーっと開くと、外にはヒルデベルトがいた。
「ヒルデベルト?」
それにしても、こうして見比べると本当にヴォルフラムによく似ているわね。
ヒルデベルトがバルコニーのガラス戸の外で、鍵を開けろ、というようなジェスチャーをする。
ヴォルフラムが鍵を開けると、彼は身軽な足取りで部屋の中に入って来た。
「よぉ、嬢ちゃん、元気そうでよかったぜ。……あと、お前もな」
いやいや、ヒルデベルト。一応血を分けた弟なんだから、おまけみたいに言わないの!
ほら、ヴォルフラムがムッとしちゃったじゃないの。
「おい、外はどうなっているんだ」
ヴォルフラムが不機嫌そうな声でヒルデベルトに訊ねる。
……もう! 二人とも兄弟なんだから、もう少し仲良くしようよ!
抱き合って感動的な再会をしろとまでは言わないけどさ~、助けに来てくれてありがとうとか、もうちょっと何かあるでしょ?
仕方がないので、わたしが間に入りますよ。
「ヒルデベルト、来てくれてありがとうございます。外から大きな音がしたんですけど、今、どういう状況ですか?」
「嬢ちゃんの兄貴が敵さんの攪乱をしてくれてるぜ。つってもまあ……攪乱以上にヤバいことになってるが、派手な分にはいいんじゃね? ちなみに、ボールマンとキーキーうるさいその娘は捕縛済みだとよ」
……お兄様……。
仕事が早いことに感動すべきか、派手にドンパチしていることに怯えるべきか、マリアにはわかりませんよ。
「ってことで、さっさとずらかるぞ。嬢ちゃんたちを助け出した後で、一気に全員叩くらしいからよ~。はは、ここにいるやつら、明日の日の出が見れるかねえ」
……Oh……。
ちょっと、思わず言葉を失っちゃいましたよ。
お兄様、お願いですから、命を刈り取るのはやめてくださいね! 本当に!
「アレクサンダーとニコラウスだっけ? あの二人はもう一か所の方が終わったら合流するって言っているが、この調子じゃあその前に片付くだろうな。いやはや、正直、俺もあいつは敵に回したくねーわ。マジで強いぜ? あいつ、本当に貴族のボンボンか?」
いや、ヒルデベルト、あなたも一応貴族出身ですけどね。
そして、お兄様がとっても強いのは知っていましたけど、今は聞きたくありませんでした。
「い、急ぎましょう! お兄様がやりすぎる前に……」
「今更だと思うがな」
やめて! そんなこと言わないで! 聞きたくない~!
わたしが両手で耳を塞ごうとしたときだった。
バタン! と部屋の扉が蹴破られて、ヴォルフラムとヒルデベルトの二人が、わたしを守るように立ちはだかる。
「よお。でっかいネズミが侵入したと思ったら、お前だったか、ヒルデベルト」
数人の悪人面の男を連れて部屋に飛び込んできたのは、海賊面の男……ギウスだった。
そして、ギウスの後ろにいる男たちの手には、弓が――
――黒豹を壊滅させようとやつらの拠点に乗り込んだときに、右目を切られちまってな。高度な治癒魔術が使えれば治せたんだろうが、俺には治癒魔術は使えなかった。だからこうなっちまったのさ。
ふと、夢の中のことを思い出す。
男たちの手にあるのは、ナイフでも剣でもない。でも、もうすでにこの世界のストーリーは、ゲームと違う展開を迎えている。と、言うことは……。
「ヒルデベルト、ヴォルフラム、目を閉じて‼」
できるとかできないとか、どうすればいいとか、そんなことを考えるより先に、わたしは大きな声で叫んだ。
「『ライト‼』」
わたしに使える魔法はファイアーボールとストーンブレットだけ。
でも、それでは弓は防げないだろう。
だから咄嗟に、できるかどうかもわからない「ライト」を唱えたのだけど。
「お前にしてはよくできたではないか。これはおまけだ!」
ピカッと部屋に中がまばゆい光に包まれた後で、ハイライドの声がした。
眩しさに目を細めたわたしの前で、弓を持った男の手が真っ白い光に射抜かれる。
「ぎゃあああああああッ」
男が大きな声を上げたのと、ヴォルフラムとヒルデベルトが動くのは同時だった。
「世界の根源を司る四柱のうち風の精霊シルフよ、我の呼びかけに応え、その大いなる御力の片鱗を我に授けたまえ――エアープレス‼」
「世界の根源を司る四柱のうち土の精霊ノームよ、我の呼びかけに応え、その大いなる御力の片鱗を我に授けたまえ――ロックバインド」
ヴォルフラムが風魔法でギウスたちの動きを封じると、ヒルデベルトが土魔法で動けなくなった彼らを拘束する。
見事に息の合った連係プレイだった。ずっと離れて暮らしていても、さすがは兄弟ということかしら?
というか、ヒルデベルト、魔法使えたのね。しかもしれっと中級魔法を使ってるわ。
幼いころに攫われたのに、いったい誰に魔法を教えてもらったのかしら。さすがは攻略対象。この人もチートだわ!
ほうほう、と感心していると、ふう、と同時に息を吐いた二人がぐるんとわたしを振り返った。
「おい」
「嬢ちゃん?」
なんか、二人の目がマジなんですけど。なに、どうしたのかしら?
何か困ったことでもあったのだろうかと首をかしげると、二人がこれまた同時に言った。
「「今、ライトって言わなかったか?」」
……やっちゃったー‼
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