ばれちゃった 2
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美味しくない食事を終えてワゴンを部屋の外に出したあと。
部屋の中でぼんやりしていると、内扉の奥から何やら話し声が漏れ聞こえてきた。
……ヴォルフラムの部屋に誰かいるのかしら?
気になったので、そーっと扉に近づいてぴたりと耳を当ててみる。
「何をしている?」
「しー」
ハイライドが怪訝そうに見てきたので、わたしは口元に人差し指を当てた。
ハイライドもふわりと飛んできて、わたしと同じように扉に耳をつける。
耳を澄ましていると、その声は、ヴォルフラムと若い女性の声だった。
「いい加減、意地を張るのはおやめになったら? わたくしとの結婚を承諾してくださればその足枷も外して差し上げますし、近いうちにここから出して差し上げますと言っているではありませんか」
「君もしつこいな、ツェリエ・ボールマン」
……どうやらヴォルフラムと話しているのはツェリエのようね。
「俺は君と結婚するつもりはないと何度言えば気がすむ? 黒豹連中とつながり、裏で悪事を働いている君たちと縁を結ぶつもりはさらさらない」
「そんなことをおっしゃっていいのかしら? ヒルデベルトがあなたのお兄様だと知られたら、オルヒデーエ伯爵家だってただではすまないでしょうに」
「悪いが、そのような脅しに屈するつもりもない」
「……本当、強情ですのね。でもいいですわ。そのうちあなたも考えを変えるはずですし。わたくしは寛大ですから、もう少しだけ考える時間を与えてあげてよ」
いやいや、寛大な人間が人を攫ったり、人を売り飛ばしたりするかしら。
というツッコミは、もちろん盗み聞きしているわたしにはできないのだけどね。
扉の奥から足音がして、ぱたんと扉が閉まる音もした。
しばらくすると、はあ、というため息とともにヴォルフラムの声がする。
「そこで聞き耳を立てているんだろう?」
うげ、ばれてた!
わたしが鍵を開けてそーっと扉を開くと、ヴォルフラムは仏頂面でソファに座っていた。
部屋の中に入ると、ヴォルフラムはふとわたしの肩を見て、あんぐりと口を開ける。
「……君は、攫われるときにもカナリアを連れて来るのか」
「え? ……あ!」
ちょっとハイライド! なについて来ているのよ!
見れば、ハイライドが何食わぬ顔でわたしの肩に座っている。
わたし以外にはハイライドはカナリアに見えるから、当然ヴォルフラムの目にもカナリアが止まっているように映るはずだ。
……ちょっと、ヴォルフラムがあきれちゃったじゃないの!
攫われるときにペットのカナリアを同伴してきたなんて、わたし、滅茶苦茶能天気な女に思われるじゃない!
「こ、これはその、ええっと、なんというか、そう! 勝手についてきたのよ!」
勝手についてきた、というか心配してついて来てくれたんだけどね。カナリアが心配してついてきたなんて言っても信じてくれないから、勝手についてきたと言い換えるしかないんだけど。
「おい、勝手にとはなんだ。心配してついて来てやったのに」
ちょっと黙っててハイライド。
文句を言っても、ヴォルフラムにはカナリアがさえずっているようにしか聞こえないわよ。
第一、心配してついて来てくれた割には、あの海賊面のギウスが来た時にシャンデリアの上に避難してたじゃないの! まあ、カナリアに見えるとはいえ姿を見られるのはまずかったのは認めるけど、ちょっとくらい助けようとしてくれてもよかったでしょ?
「カナリアが勝手についてくる、ね。まあ、そいつは君に懐いているようだからな、珍しい気もするが、そう言うこともあるか」
「そ、そうなの。わたしと離れるのが寂しかったみたいで、おほほほほ……」
ハイライドが「違う」と文句を言っているが、無視だ無視!
「それにしても、ヴォルフラム、あなた、熱烈に求婚されているわね」
「嫌味か?」
「別にそう言うわけじゃないけど……」
この期に及んで結婚結婚言っているってことは、ツェリエって、ヴォルフラムに本気なんじゃない? あ、でも、オリエンテーションではアレクサンダー様にすり寄ってたし、うーん……。
前世の記憶を取り戻す前のわたしも大概だったから偉そうなことは言えないけど、ツェリエは気の多い女の子なのかしら?
でも、わざわざ自分からヴォルフラムに会いに来て結婚に承諾しろと迫るくらいだから、ヴォルフラムのことを好きなのは間違いないはずである。たぶん。
……だって、ヒルデベルトを引き入れるためにオルヒデーエ伯爵家を仲間に引き込みたいってだけなら、わざわざツェリエが説得に来なくたっていいもんね?
ただまあ、攫って足かせをはめて結婚しろと迫っても、それに了承する人はいないと思うけどね。
「ねえ、ヴォルフラムの魔法でその足枷外せないの?」
「これには魔法がきかないんだ」
「そうなの?」
「ああ。魔法を跳ね返す魔法陣が組み込まれている。だから鍵を使って外すか、物理的に破壊するしかないが、さすがにこの太さの足枷を物理的に破壊できる力は俺にはない」
まあ、そうでしょうね。
そんな太い足枷や鎖を破壊できる人間がいたら見て見たいわ。怪力世界チャンピオンだってきっと無理よ。
すると、ハイライドがわたしの肩から飛び立って、ヴォルフラムの足枷の上に止まった。
「四属性の魔法は無理だが、光魔法なら外せるぞ」
「そうなの⁉」
「おい、突然大声を出すな。なんだいきなり」
おっと、驚きのあまりハイライドの声に反応しちゃったわ。
ここは笑って誤魔化そう。ほほほほほ。
ハイライドは、冷や汗をかくわたしに構わず説明を続けた。
「これには火、土、水、風の四属性の魔法を打ち消す魔法陣が組み込まれているが、光と闇の魔法を打ち消す魔法陣は組み込まれていない。だから、俺なら外せるな」
そう言われて、確かにそうだなとわたしは思った。
基本的に、人が使える魔法は、精霊に力を借りられる火、土、水、風の四属性だけだ。光と闇の魔法は妖精に力を借りなければ行使できず、その力は「資格持ち」――すなわち、妖精が見える人間でなければ不可能なのだ。
妖精が見えても、妖精が力を貸そうとしなかったら無理だし、第一人間の世界に妖精はほとんどいないから、光や闇の魔法が使える人は歴史上でも数少ないのである。
……わたしはハイライドが力を貸してくれるから使えるには使えるっぽいけど、魔力が足りなくてまともに使えないのよね。はあ……。
でも、別にわたしが使えなくてもハイライドが使えるから、この足枷は外そうと思えば外せるのか。
……光魔法、興味あるな~。あ、でも、今足枷を外していたら怪しまれるわよね。
「おい、さっきからどうした」
うーんと唸っていると、ヴォルフラムが怪訝そうに眉を寄せる。
「あ、なんでもないのよ!」
うん、ヴォルフラムには悪いけど、今はまだ足枷を外したらダメだわ。外すなら夜、お兄様たちが突入してくる時よね。
……どうか、お兄様じゃなくて、アレクサンダー様とニコラウス先生がこっちに来ますように。
激オコお兄様なんて怖すぎるので、できるだけ穏便にすませてくれそうなアレクサンダー様とニコラウス先生がいいです。
二手に分かれると言っていたから、運よくアレクサンダー様たちがこっちに来てくれるようにわたしは心の中でお祈りした。
「あ、そうそう、さっきわたしの部屋にギウスって男が来てね。続きのバスルーム使っていいって言ってるんだけど、ヴォルフラム、使う? その長さの鎖だったら、バスルームまで届くんじゃない?」
ヴォルフラムの足枷にくっついている鎖はゆうに十メートルは越えてそうだからね。
ヴォルフラムの部屋の奥には続き部屋がないから、バスルームはなさそうだし。
……お風呂、入りたそうだったもんね~。
問題は、足枷があるから服を脱ぐときに破るしかなさそうだから、着替えがあるかどうかということだけど……。
着替えあるかしらね~、と部屋のクローゼットを開けてみると、男性ものの服が何着かかかっていたので大丈夫だろう。あ、でも、足枷があったら着る時も難しいのか。ううむ……。
すると、ヴォルフラムは悩まし気に眉を寄せた。
「……風呂に入るのは無理だが、体を拭いたり髪を洗うくらいはできそうだな。使わせてくれ。あいつらも、昼食を持ってくるまでは来ないだろうからな。今のうちだ」
うんうん、お風呂に入れないのがよっぽど嫌だったのね!
ヴォルフラムは、そうと決まればと内扉からわたしが使っていた部屋に入って、さらにその奥のバスルームへ消えた。
鎖があるから扉は完全には締まらないけど、わたしは別に、覗いたりしませんよ! ええ、いくら相手がイケメンでも、そんな痴女みたいな真似はしませんとも!
ヴォルフラムがバスルームを使っている間、わたしはこそこそとハイライドと打ち合わせだ。
「ねえハイライド。夜になって、ここにお兄様たちかアレクサンダー様たちが助けに来たタイミングで、ヴォルフラムの足枷を外してくれない?」
「うむ、任せろ」
ギウスが部屋に来た時に知らん顔でシャンデリアに避難していたときは、ハイライドは一体何をしについて来たんだと恨みたくなったものだけど、うん、ハイライドがいてよかったわ~!
ここから帰れたら、ハイライドが好きなクッキーをたくさん買ってあげるからね!
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