ばれちゃった 1
お気に入り登録、評価などありがとうございます!
明け方近くになって、がちゃがちゃと扉を開ける音がした。
手足を縛られた状態で寝られるわけない、な~んて思ってたけど、図太いわたしはその状態で熟睡していたみたいだわ。すごいねわたし。この状況で寝られたってことは、たぶんどこでも寝られるわ。
さすが悪役令嬢(候補)、図太いわ~、と、ちょっと現実逃避してみる。
前世からのわたしの性格が図太いとか思いたくない。そんな気はしてるけど思いたくないよ。攫われて縛られた状況でも熟睡できる、心臓に毛が生えていそうな女だなんて、絶対に認めたくない!
ちなみにハイライドは寝心地のよさそうなソファの上で寝ていた。ハイライドだけずるい。
がちゃがちゃと扉を開ける音が聞こえてきたら、ハイライドはちゃっかりシャンデリアの上に避難しちゃったし。わたしを守る気はさらさらなさそうだわ、あの王子……!
腹筋も背筋もないわたしは、絨毯の上に寝そべったまま扉の方に視線を向けた。
やがてがちゃんと鍵が開く音がして、扉が開く。
入って来たのは、スキンヘッドのなんか海賊っぽい感じの人相の悪い男の人だった。
……ひっ!
丸太のように太い腕に、わたしが悲鳴を上げそうになる。
外見差別はしたくないけど……いやいや、怖いですよ! 縛られた状況で厳つい大男が目の前に現れるとか、ガクブルものですからね!
「おー、嬢ちゃん、目ぇ覚めたか」
大男はのしのしとわたしのそばまで歩いてくると、わたしの目の前にしゃがみこむ。
怖くてあわあわしているわたしを見て、男はニヤニヤと笑っていた。
……ハイライド! 助けて! 助けて~!
という心の声はハイライドには届かなかったようだ。
ちらりと上を見ると、シャンデリアに座ってこちらを見下ろしている。
……見てないで助けてよ!
あの妖精、ついて来てくれたはいいけど全然役に立たないわ‼
くぅ、これがゲームのヒロインなら違ったんだろうな。そうだよね、だってわたしは悪役令嬢(まだ未満だけど!)だもんね。攻略対象はヒロインは助けるけど悪役令嬢は助けてくれないよね。
「せっかくの美人も、縛られて転がされてりゃあ台無しだよな」
えーえー、そうでしょうとも! 絨毯の上をごろごろしたせいで髪なんかもぐっちゃぐちゃでしょうからね!
何だこの悪人面、わたしを馬鹿にしに来たわけ?
危害を加えられないことにホッとすべきなのか、失礼な発言に怒るべきなのかわからなくなってくるわね。もちろん怖いから、このスキンヘッド相手に怒るなんて無理だけど!
「……あなたは誰ですか。そしてここはどこですか?」
何も言わないのも何か癪だし、多少の情報収集はしておくべきよね。
ヒルデベルトが調べたボールマン伯爵所有の邸のうちのどっちかだと思うけど、万が一彼の予測が外れていたときに逃げる準備はしておきたい。
「俺か? 俺は黒豹だ。黒豹の、ギウス。ここがどこかは教えられねぇなあ」
……こいつが黒豹のリーダーのギウス!
なんてことかしら。同じ義賊でもヒルデベルトとは雲泥の差である。というかこいつが義賊を名乗っているのはあり得ない。どう見ても海賊だ。悪人面だ。ぐるっと一周見渡しても、善良そうなところなんてこれっぽっちもありやしないわ。
わたしが言葉を失っていると、ギウスはごつい手で顎をざりざり撫でながら、「そう怯えんな」と笑う。
……いや、怯えてるんじゃなくて、あきれているというか、呆然としているというか……。このゲームの、攻略対象とそれ以外の扱いのひどさに唖然としていただけよ。
攻略対象は総じて美形。
ついでに、攻略対象の周囲(味方)も美形ぞろいなのだけど……、ヒロインや攻略対象の「敵」はあからさまな外見設定らしい。
そう考えると、悪役令嬢でありながら超絶美人に作られているマリア・アラトルソワは例外中の例外なのね。まあ、ヒロインの恋のライバル的なポジションだもんね。その他大勢に埋もれそうな外見なら、美少女ヒロインのライバルにはならないから、特別なのね。
……いやでも、攻略対象ですらないし、ゲームでもほとんど出番のないお兄様なんて、この美形ぞろいの世界の中でもトップクラスのイケメンよ? あれはどういう理由でああなのかしら?
もしかして、わたしが死んだ後でお兄様も攻略対象とかに上がる予定だったのかしら?
ブルーメはスマホアプリゲームだから、どんどん更新されていくし、あり得るわね。
……うん? そうなった場合、わたしがお兄様と契約結婚するのは大丈夫なのかしら⁉ お兄様が攻略対象に上がる予定だった場合、わたし、ヒロインのライバルになるんじゃない? ってことは、悪役令嬢ルートに逆戻り⁉ ひ!
とんでもないことに気が付いてしまったかもしれない。
わたしは血の気が引いたけど、今は呑気にそんなことを考えている暇もないし、お兄様が攻略対象に上がるかどうかなんて、前世の生を終えたわたしにはわかるはずもないから、怖いことは考えない方がいいわよね!
うん、こんな恐ろしい考えは捨ててしまおう。
どちらにせよ、ゲームスタートまでにわたしは人妻になるのだから、ヒロインのライバルにはならないわ!
わたしはすっかり別のことを考えて一喜一憂していたのだけど、わたしが青ざめたからなのかどうなのか、ギウスが「そう怯えんなってばよ」と繰り返した。
「おとなしくしてるならその縄もほどいてやるからよ。商品に傷をつけるのは問題だしな。価格はできるだけ吊り上げたいからよ」
うん? いま、聞き捨てならない言葉が聞こえてきましたよ?
……商品って言った? 価格って言った? ちょっと待って!
もしかしてギウスはわたしを売ろうとしているのかしら?
え、困るんですけど! 嫌なんですけど! 何考えてんのこいつ‼
そう言えば、お兄様がそんなことを言っていたような? 人身売買がどうとか……。
でもあれって、貴族は対象外だったって聞いたわよ? そしてわたしは貴族令嬢よね? え? ちょっと、どういうこと?
さっきと違う意味で血の気の引いたわたしに、ギウスはニヤニヤ笑う。
……どうでもいいけど、そのニヤニヤ笑い、いい加減引っ込めなさいよ! 気持ち悪いったらないわ!
な~んて、怖くて口に出せない小心者のわたしは、心の中でギウスを散々罵倒した。
……ばーかーばーか、悪人面! 禿げ! 熊男! いや海坊主! 覚えてなさいよ! あんたなんか、ここにお兄様が来たらぎったんぎったんのばったんばったんに……あー。さすがにそれはまずいわ。本当に血祭りになりそう……。
わたしを売ろうとしていたなんてお兄様が知ったら、どうなることやら。
この海賊男よりお兄様の方がよっぽど怖いわ。ガクガクブルブル。
笑顔でブチ切れるお兄様の顔を想像して、わたしはちょっと冷静になった。自分が売られる心配より、お兄様がここに来たあとのことのほうが心配だわ。
「だから商品には手荒な真似はしねーってばよ。安心しろよ。嬢ちゃんはべっぴんだからな、どこかの金持ちが買って可愛がってくれるさ」
そのどこが安心できると?
この男は馬鹿だな、と思っていると、わたしの手足を縛っていた縄がほどかれた。
ここで暴れたらまた縛り上げられるのはわかりきっていたので、わたしはおとなしくしておく。
「あとで飯を運んできてやる。明日の晩にはここから移動するから、それまでいい子にしてな。ああ、あっちの扉の奥にゃあ風呂があるから、何なら入ってもいいぜ。貴族の女は風呂好きだって聞いたからよー。商品の身なりが綺麗なのには越したことねーしな」
こいつはいちいち一言余計だわね。商品商品うるさいわよ!
でも、移動が明日の夜というのは助かる。お兄様たちは今日の夜に来るはずだから、移動する前に何とかなりそうだもの。
「ねえ、わたしはどうして攫われたんですか? わざわざ売り飛ばすために、学園の寮に侵入したんですか?」
ヒルデベルトと共にヴォルフラムを探していたのが知られたからだとは思うけれど、売られるというのが解せなかったので訊ねると、ギウスは立ち上がりながらニヤリと口端を持ち上げる。
「さあて、どうしてだろうなあ。俺は雇い主のお嬢様の頼みを聞いただけだからよ。お前さん、お嬢様を怒らせちまったんじゃねーのか?」
……お嬢様?
わたしは首をひねったが、ギウスはそれ以上話すつもりはないらしく部屋から出て行ってしまった。
代わりに、ギウスの手下なのか、人相の悪い若い男が食事を載せたワゴンを押してくる。
男は無言で部屋の中にワゴンを置くと、ギウスと同じくさっさと部屋から出て行ってしまった。
扉が閉まると、わたしはむくりと起き上がる。
ワゴンの上には具のないスープとロールパンのような大きさの丸いパンが三つ並んでいた。
……美味しくなさそうだけど、お腹がすいたから食べるべきかしら。
売るとか言っていたので、毒は盛られていないはずだ。
ワゴンの料理をソファの前のローテーブルの上に運んでいると、シャンデリアからハイライドが飛んでくる。
そして一言。
「まずそーだな、俺はいらない」
でしょうね。そう言うと思ってましたよ。
それにしても、「お嬢様」ね。お嬢様を怒らせたってどういう……あー‼
わたしはそこでハッとした。
そうよ、ギウスはボールマン伯爵とつながっているのよ!
ということは、お嬢様とは、ボールマン伯爵の娘であるツェリエ・ボールマンのことだろう。
ツェリエはわたしのことが気に入らないみたいだし、ツェリエがわたしを攫って売り飛ばせと命令した可能性は充分にありそうだ。
……前の一件で、わたしのことを逆恨みしていそうだもんね~。
あれは、わたしは悪くないと思うんだけど。
「はあ……、踏んだり蹴ったりって、このことかしら」
本当、この世界は「悪役令嬢」に優しくない!
ブックマークや下の☆☆☆☆☆にて評価いただけると嬉しいですヾ(≧▽≦)ノ