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攫われた悪役令嬢(未満) 2

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 ……あのー、ここはどこでしょうか。


 わたしは途方に暮れていた。

 暗い部屋の中。

 わたしはどうやら縛り上げられて、ごろんと絨毯の上に転がされているようだった。


 暗いからはっきりしないけど、なんとなく部屋は広そうだ。

 遠くにソファとか棚とか、季節柄今は使われていない暖炉とかが見える。

 埃っぽくもないから、掃除もされているのだろう。


「うむむむむ……ひゃうっ」


 わたしは何とか起き上がろうと頑張ったけど、手足を縛られている状況では無理だった。うん、貴族令嬢って筋肉ないからね。腹筋とか背筋とかだけの力で起き上がるとか、不可能だわ。

 仕方がないので、わたしはその場でごろごろと転がってみる。

 ソファまでたどり着くと、ソファを支えにして、何とか上体を起こすことに成功した。


「はあ、はあ、疲れた……。たったこれだけで疲れるとか、わたし、どれだけ体力……いや、筋力? ないのかしら」


 ここがどこかは知らないが、ここから帰れたら筋トレしよう。そうしよう。若いうちはいいが、今のうちに筋肉をつけておかないと、きっと年を取ったら太る。基礎代謝とかが低下するからだ。そんなことになったらお兄様にあきれ顔で「ぶひっと鳴け」なんて言われかねないので、最低限の筋肉はつけておくべきである。


 ……って、この状況でそんなくだらないことを考えられるなんて、わたし、なんて能天気で残念な思考回路をしているのかしらね~。


 現実逃避とも言うだろうか。

 だって、これはかなりピンチな状況だろう。

 わたしは女子寮の部屋で眠りについたはずなのだ。

 それなのに目を覚ましたら知らない部屋なんて――ははははは、眠っている間に何かあったとしか考えられない。


 くっそう! ヴィルマがいれば異変に気づいてくれたと思うのに、こういう日に限ってヴィルマお休みだったからね!


 いやむしろ、ヴィルマが休みの日を狙ったの?

 でも、侍女の休みなんて個人情報、どこで仕入れられたのかしら。

 わたしを攫った犯人が誰かは考えたくないけど、今のこの状況を思えば、十中八九黒豹あたりが関与していそうな気がしている。


 おバカなわたしだって、そのくらいは消去法でたどり着けるもんね!


 きっと、わたしがヒルデベルトに接触したことを知られたのだろう。ついでにヴォルフラムを探していることにも気づかれたのかもしれない。

 わたしなんて大したことない存在だろうと思うけど、わたしの身分は「たいしたことある」からね。相手としても、公爵家の人間に嗅ぎまわれたくはないはずだ。


 ……でも、ヴォルフラムの一件で男子寮も女子寮も警備が厳しくなっているのに、それをかいくぐってわたしを攫って行くなんて、黒豹、思った以上に有能で危険な集団かも。


「でも困ったわね、どうしたらいいのかしら……。お兄様が知ったら、激オコよ。……うぅ、こわっ。犯人は地獄を見るわね」


 お兄様は意地悪だけどわたしに甘いので、絶対に怒るはずである。そして、わたしにまで飛び火してお説教されるのだ。いやすぎる! 不可抗力なのに!

 犯人はどうでもいいけど、わたしまで怒られるのは勘弁だ。

 となると……うん、お兄様に知られる前にここから脱出するしかない! そして何食わぬ顔で涼に戻らなくては。


 窓は締め切られてカーテンが引かれているけど、隙間から太陽光が漏れ入って来ていないってことは、まだ夜ってことよ。夜のうちに寮に戻ることができれば無問題‼ の、はず。

 しかし、ここからどうやって脱出して寮に戻るかってことよね。

 手足が縛られた状況で逃げ出すのは困難だし、ここがどこかがわからないから、外に出られてもどの方角に向かえば寮にたどり着くのかもわからないかもしれない。


 ……ぐぬぬぬぬ。


 せめてこの縄がほどければいいけど、わたしが使えるのはファイアーボールとストーンブレットだけ。ストーンブレットでは縄は切れないし、ファイアーボールなんかで切ったら火傷しそうだから、あまりこの手は使いたくない。

 わたしが唸っていると、ソファのあたりからふわ~っと気の抜けたあくびの声が聞こえてきた。


「……ん? 誰かいるの?」


 突然第三者の声がしたのにはびっくりしたけど、これはチャンスだ。誰かいるなら協力してここから抜け出せるかもしれない。

 そう思って首を巡らせたけど、残念ながらソファの背もたれが邪魔をして見えなかった。

 すると、ソファからふわりと何かが飛んでくる。


「起きたのか?」

「ハイライド⁉」


 ふわふわと飛んで来たのは、なんと、ハイライドだった。

 ハイライドはわたしの目の前まで飛んで来て、どこか得意げな顔をしていた。


「え? 何でハイライドがいるの?」

「ご挨拶だな。夜中に何者かが侵入してお前を攫って行ったからこれはまずいと思ってついてきたのだぞ」


 いや、ついてくるくらいなら相手を撃退してくれればよかったのに。曲がりなりにも攻略対象で、妖精の王子だ。ハイライドもそれなりに強い……はずである。戦ったところを見たことがないからしらないけど、このゲームの攻略対象は総じてハイスペックなので、ハイライドも例に漏れないはずだ。

 だけど、ついて来てくれただけでも嬉しい。一人だとやっぱり心細かったからね。ハイライドが一緒なら百人力よ!


「ハイライド、この縄ほどける?」

「うむ、そのくらいは造作もないが、縄をほどいたところで鍵がかかっているから逃げられんぞ」


 がっくり。


 そうよね、そうよね~?

 誰かを攫っておいて、部屋の扉に鍵もかけずにいる犯人なんていないよね~?


「それよりも、そっちの続き部屋にもう一人いるようだぞ。そちらを確認した方がいいのではないか?」

「え?」

「ほら、そこの内扉の奥だ。あの奥に人が一人いる気配がする」

「ハイライド、そんなことがわかるの?」

「当然だ。俺ほどになれば、そのくらい造作もないぞ」


 ……それなのに、捕まって鳥かごに入れられていたのね。


 この王子はちょっと残念だわね。有能なんだけど、なんて言うか、抜けているというか。わたしも人のことは言えないけどさ。


 ハイライドがわたしの手足を縛る縄をほどいてくれたので、わたしは彼とともにそーっと内扉に近づいた。

 ぴたりと扉に耳を当てると、中から人の気配が……するような、しないような?


 ……うん、わからん!


 ハイライド、よくわかるわね。

 内扉の鍵は、がちゃってひねれば開けられるタイプのものだった。ドアノブの下につまみがある。


 ……でも、この扉を開けてさ、中にいたのが例えば犯人の誰かとかだったらやばいよね?


 開けるべきか、開けざるべきか……。

 扉の前でうんうん悩んでいると、扉の奥から「誰かいるのか?」と小さな声がした。

 その声にハッとする。


「ヴォルフラム⁉」

「その声は、マリア・アラトルソワか!」


 わたしは慌てて鍵を開けると扉を開いた。

 すると、足かせをはめられ、長めの鎖でつながれたヴォルフラムがベッドから上体を起こす。


 ……どうでもいいけど犯人! わたしと扱いが違いすぎない⁉


 わたしは縄で手足を縛られてほとんど動けなくされていたのに、ヴォルフラムは足かせはついているけど部屋の中は自由に歩き回れるなんて、この差は何だ‼ しかもベッドで悠々と寝てるよ‼ わたしは絨毯の上に転がされていたのに‼


 ヴォルフラムが動くと、シャランと鎖の音がする。

 薄暗いから顔色ははっきりしないけど、動作を見ていると衰弱しているとかそんなことはなさそうだった。

 扱いの差に思うところはあったけど、ひとまずヴォルフラムが元気そうでよかったわ。

 ヴォルフラムにハイライドは見えないので、彼はわたしの肩の上に座って黙っていた。


「何故君がここにいる?」

「それについては話せばちょっと長くなるんだけど……」


 わたしが、ヴォルフラムが攫われた後の説明と、恐らくそのせいで攫われたのだろうと言えば、彼は申し訳なさそうに肩を落とした。


「そうか。それは迷惑をかけたな」

「それは全然いいんだけど、ここがどこかわかるかしら?」


 お兄様に知られる前に早いところここから退散したいからね!

 立ち話も何なのでソファに座ると、ヴォルフラムがわたしと距離を取って反対側のソファに座る。

 攫われた身なので大声で話すわけにもいかないから、近くに座ってよと言ったら、「風呂に入っていない」と言い出した。


 なんでも、攫われてから着替えや食べ物は与えられるけれど、さすがにお風呂は用意してもらえなかったそうだ。汗臭かったら嫌だから近づきたくないんだって。


 ……ヴォルフラム、乙女か!


 前世の上司なんて、お酒の匂いをプンプンさせてても気にしていなかったよ! それどころか、普通にお昼ご飯にニンニク料理とか食べてたし! 加えてパワハラもひどかったから、あの上司は女性社員に嫌われてたけどね。


「一応、水の洗浄魔法を使ったりはしてるんだが、なんとなく、気分の問題というか……」


 うん、ヴォルフラム、乙女男子確定! たぶん、わたしより女子力高い!

 というか、水の魔法にそんな使い方があったなんて知らなかったわ~。便利そうだし、水系魔法覚えたいな。習得魔法レベルがいくつになったら覚えられるのかしら? しばらくポイントは習得魔法レベルに全振りしよう。


「こほん、それで、ここがどこかだったな。すまないが、場所までは特定できていないんだ。ただ、ボールマン伯爵が所有しているどこかの邸だと推測はしているんだが」

「それなら確か、ヒルデベルトが二か所まで絞ってたと思うから、そのどっちかだと思うわ」

「ヒルデベルトか……」


 あー、そう言えば、ヴォルフラムはヒルデベルトが実の兄だって知っているのよね?


 複雑そうに眉を寄せたヴォルフラムが、ヒルデベルトのことをどう思っているのかはわからない。これについては、わたしが首を突っ込んでいい問題ではないだろう。家族の問題だ。

 わたしはヴォルフラムの沈痛そうな表情には気づかないふりをして、話を続けた。


「ここがボールマン伯爵所有のお邸なら、ヒルデベルトが調べたうちのどっちかだと思うわ。それなら、お兄様たちが……あ~……」


 気づいちゃった。

 気づいちゃったよ!

 そうだった、お兄様たち、明日の夜にここに突入してくる可能性があるんだったわ!


 これはピンチだ。それまでに何としても脱出しておかなくては、もしこっちにお兄様が来たら、悪鬼が降臨……。


 ……ひー!


 ガクガクブルブル。


 危険だわ。危険すぎる。激怒したお兄様なんて、わたしじゃあ絶対に止められない。怒ったお兄様は絶対に犯人に対して容赦しないはずだから、大変なことになるわ!


「おい、マリア。どうした?」

「ちょ、ちょっと、悪寒が……」

「なに? 風邪か?」

「そ、そうじゃないんだけど……」


 この恐怖を、どう伝えたらいいだろう。

 たぶん言っても理解しないだろうな、うん。

 だってお兄様は、飄々とつかみどころがないところはあるけれど、基本的に温厚で女の子にモテモテの物腰柔らかい人物って思われている。

 そんなお兄様が悪鬼に変わるなんて、説明しても信じてもらえないだろう。


 ……でもあの人、怖いんですよ! 本当です! 激怒したお兄様は、危険なんです!


 見た目が怒っているように見えないところがさらに怖いのだ。

 薄い微笑を浮かべて犯人を血祭りにあげるお兄様を想像したわたしは真っ青になった。

 それも怖いけど、そのあとのお説教も怖い! お仕置きとか言われたらさらに怖い! どうしよう……。


 だけど、ヴォルフラムに秘密にはできないから、わたしは覚悟を決めて、明日の夜にお兄様たちがここに来る可能性を告げた。

 すると、案の定というかなんというか。


「そうか。それならそのタイミングまで待った方が安全だな」


 はいそうですね。そう言う結論になりますよね。ここで無茶をしなくても、仲間が来てから動いた方がいいって、普通の人ならそう判断しますよね。

 わたしは泣きそうですけどね‼

 だけどわたし一人ハイライドもいるけどで脱出するのは無理な気がしてきたし、下手に騒いでお兄様たちが突入してくる前に警備が厳しくなったりしたら大変だから、明日の夜まで大人しくして置いた方がいいというのは理解できた。


 ……そうと決まれば、一度部屋に戻った方がいいわよね。様子を見に誰かが来るかもしれないもんね。


 夜だし、ヴォルフラムも眠いだろうから、あまり長居をするのも良くない。

 ひとまず隣の部屋にヴォルフラムがいることがわかっただけ収穫だったと思おう。

 わたしはがっくりとうなだれながら部屋に戻る。


 ……あー、縄も、元通りにしておいた方がいいのよね。


 手足を縛られたまま寝るとか嫌すぎるけど、怪しまれたら大変なので仕方がない。

 わたしはハイライドにお願いして手足を再び縛ってもらうと、ぐすん、と鼻を鳴らしながら絨毯の上にごろんと寝転がった。


「よくわからないが、まあ、元気出せ?」


 ハイライドが、軽い調子で慰めてくれる。


 うぅ、今も嫌だけど、明日はもっと怖いですよ。ぐすん……。





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― 新着の感想 ―
代わりの護衛いないんかーい! いや、話の都合というのはわかるんだけどね? でも直近で誘拐されたり忍ばれたりしてたし…。
身体検査とかされてないみたいで何より 貴女が拐われたってお義兄様が気づく前に脱出しよう 多分時間の余裕ない
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