攫われた悪役令嬢(未満) 1
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ヴォルフラム救出に、すぐに動きたいところではあったけれど、いろいろ準備などもある。
お兄様とアレクサンダー様はニコラウス先生経由でヨルク・カトライア政務次官に協力要請してもらって、ヴォルフラム救出作戦と同時並行で黒豹の捕縛にも乗り出してもらうことにしたようだ。
そうしないと、逃げられる危険性があると判断したらしい。
……ヒルデベルトとも、黒豹を壊滅させるって約束しているからね。
逃げられれば追うのが面倒くさい。
ヒルデベルトから、ヴォルフラムが囚われている可能性がある二か所以外にも黒豹の拠点を聞き出して、お兄様たちが突入すると同時に他の拠点でも騎士たちが乗り込む手はずを整えたという。
騎士団を動かすとなると、申請手続きだなんだと何日もかかるものだけど、そこはさすが公爵家の跡取りと政務次官である。二日ですべての準備を整えさせるそうだ。
だから、突入は金曜日――明日の夜である。
もちろんわたしはお留守番。
みんなの無事を、寮の部屋で祈っていることしかできない。
お兄様たちのことは信頼しているけど、やっぱり心配もあって、おかげで授業に全然身が入らずに、今日は先生から二回も注意されちゃったわ。
……まあ、「はあ」「はああ」なんて何回もため息をついていたら、先生だって注意したくなるわよね。
クラスメイトの一部は、わたしが去年までヴォルフラムを追いかけまわしていたのを知っているから、ヴォルフラムが休んでいるからだなんて余計な勘繰りまでしている。それは半分正解だけども、「恋煩い」じゃないのよ!
作戦はうまくいくのかしら、みんな怪我はしないかしらと、放課後とぼとぼと女子寮に戻ると、ヴィルマがお仕着せではなく普段着姿で待っていた。
「そう言えば、今日の夜から明日の昼までお休みだったわね」
すっかり忘れていたと、わたしはポンと手を打つ。
ヴィルマはほとんど休みなくわたしの侍女として働いてくれているけれど、三か月に一度、お休みを取ってどこかに出かけるのだ。
もっと休んでもいいのだけれど、「お嬢様を一人にすると何をしでかすかわかりませんから」なんて失礼なことを言って、あまり休みを取らないのだ。
「ちょっと家族の顔を見てきますね」
「うん。何なら二、三日、ゆっくりしてきてもいいのよ?」
「いえ、その間にお嬢様がおかしなことをはじめたら大変ですから。せっかくなら面白いものはこの目で見たいじゃないですか」
おい!
わたしは珍獣か‼
「それでは行ってきます。あ、お風呂で溺れたりしないでくださいね。帰ってきたらお嬢様が溺死していたとか、困ります」
「はいはいはい」
わたしのことを心配しているのかいないのかわからないヴィルマに手を振る。
お兄様も大概だけど、ヴィルマもわたしを子ども扱いしすぎなのよ!
ヴィルマが部屋から出て行くと、開けっ放しの鳥かごからハイライドが飛んで出てきた。
「なんだ、今日はお前の侍女は出かけるのだな」
「うん。だから今日はハイライドと二人だけね。あ、クッキー食べる?」
「うむ」
わたしの周りを飛び回るハイライドに、クッキーの箱を開けて一枚渡してあげる。
ハイライドがテーブルの上に胡坐をかいてクッキーを食べはじめると、わたしはクローゼットから部屋着を取り出して、バスルームで着替えをすませた。さすがにハイライドの目の前で服を脱ぐのはちょっとね。
侍女がお休みのときとかは、身の回りの世話のために寮の使用人を貸し出してもらうことも可能で、前世の記憶を取り戻すまではわたしもそうしていたのだけど、今のわたしは着替えもお風呂の用意も自分でできるからね。
だって、食事は部屋まで運んでもらえるし、お風呂も蛇口をひねればお湯が出てくるのだ。ガスとか電気ではなく、魔道具でお湯を沸かしているのだけど、乙女ゲームの世界なのでこういう便利なものは前世と変わらず存在していたりするのよね。
だから侍女がいなくても寮生活に問題はないのだけど、貴族令嬢というものは世話をされるのに慣れているから、ただ蛇口をひねるだけができなかったりするのだ(やる気がないともいう)。
でも、今のわたしは違いますからね!
ハイライドもいるし、ヴィルマがちょっと休みを取るくらいで、いちいちここに誰かを入れる気にはならないのよ。
着替えをすませてのんびりしていると、いつもの時間に夕食が運ばれて来た。
寮の使用人が、夕食をテーブルに並べるまでしてくれるので楽ちんである。
ちなみに、食器も、食事が運ばれてから一時間後に回収しに来てくれる。
ヴィルマがいないのでハイライドと一緒に夕食を食べて、お風呂に入って、わたしは早めに就寝することにした。
明日の作戦決行が心配で、起きているとそればかり考えてしまうからだ。
……お兄様もアレクサンダー様も優秀だし、ニコラウス先生もいるんだもの。失敗するはずがないわよね。
ヴォルフラムも無事なはずだ。だって、ボールマン伯爵はヴォルフラムと自分の娘を結婚させようと考えているんだもの。乱暴なことはしないはずよ。
大丈夫、大丈夫、と羊を数える代わりにその言葉を繰り返す。
やがて眠りに落ちたわたしは、深夜、部屋の中に入って来る男の影に気づかなかった――
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