ヴォルフラム奪還作戦 3
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オルヒデーエ伯爵家から学園に戻ったわたしたちは、その足で魔法研究部の部室へ向かった。ニコラウス先生に報告するためだ。
今日は土曜日なので校舎は図書館など一部の施設場所を除いて施錠されているため、生徒指導室も開いていない。
そのため、ニコラウス先生が顧問を務める魔法研究部の部室を使わせてもらうことにしたのだ。
魔法研究部はアレクサンダー様が部長を務めているし、土曜日にわざわざ部室に顔を出す生徒もいないので内緒話にはちょうどいい。
わたしたちが部室に入ると、分厚くて小難しそうな本を読んでいたニコラウス先生が弾かれた様に顔を上げた。
「どうでした? 何かわかりましたか?」
優しいニコラウス先生はヴォルフラムが攫われてからずっと気をもんでいて、今日も一緒にオルヒデーエ伯爵家に行きたかったようだ。
しかし、教師が動けば目立つため、行きたいのをぐっと我慢してわたしたちの帰りを待ってくれていたのである。
本や道具で散らかっている長方形のテーブルに座ると、わたしたちはさっそく今日のことを報告することにした。
わたしは説明に不向きなため、説明はお兄様とアレクサンダー様にお任せだ。
ニコラウス先生は信頼のおける先生だし、とても優秀だ。ヴォルフラムを救出しつつボールマン伯爵を摘発するための証拠を集めなくてはならないので、ニコラウス先生にはぜひ協力してほしいところ。
お兄様たちの説明を聞いたニコラウス先生は、困った顔をして顎に手を当てた。
「なるほど、厄介なことになりましたね」
「ええ。ヴォルフラムの方はヒルデベルトが探ってくれるので、ひとまず彼からの連絡を待とうと考えていますが、問題はボールマン伯爵の方ですね。墓地の結界を壊した証拠を見つけるのは骨が折れそうです」
アレクサンダー様も難しい顔をしている。
ボールマン伯爵の悪事を暴いて、その証拠を集めて、それをもってオルヒデーエ伯爵がボールマン伯爵を摘発しなければ、ボールマン伯爵が捕らえられた時にオルヒデーエ伯爵家も痛手を負うことになってしまう。
お兄様やアレクサンダー様によれば、それを無視してボールマン伯爵を捕らえることは可能なのだそうだ。公爵家が本気になれば、相手が伯爵程度なら、罪の一つや二つ捏造して身柄を拘束するなんてわけないのだという。それから尋問して吐かせればいいだけだとお兄様は言った。
しかし、そのやり方ではオルヒデーエ伯爵が参戦できない。
オルヒデーエ伯爵に火の粉がかからない方向で問題を解決するには、何が何でも証拠が必要なのだと言う。
「せめて、墓地の結界に使われていた魔石が手に入れば調べられるかもしれないんだがな」
「魔石というと、あの、壊されていた魔石か?」
お兄様のつぶやきに、アレクサンダー様が首を傾げる。
ニコラウス先生も不思議そうな顔をしていた。
「魔石があれば、何かわかるのですか? 正直、破壊された魔石に使い道があるとは思えないのですが……」
魔石は魔物を倒したときに得られて、魔力を貯めたり魔道具の核として利用したりできるのだけど、砕け散った魔石は復元できないし、何の使い道もないというのが常識だ。
……そんなゴミ同然のものを、お兄様は何に使おうと言うのかしら?
わたしは、わくわくしながら隣に座っているお兄様を見上げる。
もしかして、あれかしらね? 前世の刑事ドラマでよくあった、指紋で犯人を特定したりするやつかしら? この世界に指紋という概念があるかどうかは知らないが、「凶器に付着していた指紋はあなたのものしかなかった!」みたいな感じで証拠をばばんと突きつけるのかしら。……水戸黄門の印籠みたいな感じでちょっと楽しそうだわ。「この指紋が目に入らぬか~!」なーんて……ちょ、ちょっとだけやってみたい、かも。
自分がカッコよく印籠ならぬ魔石の欠片を突きつけてボールマン伯爵に迫っているところを想像してにやにやしていたら、お兄様が残念な子を見るような目を向けてきた。
「マリア、お前が何を考えているのかおにいちゃまにはわからないが、どうせまったく関係のないことを考えているのだろう? 妄想するのは後にしなさい」
お兄様、その言い方だとわたしが妄想癖の困った子みたいに聞こえますよ!
むっとしたが、確かに少々……かなり明後日な方向に思考が飛んでいたのは本当なので、わたしは不満を表情に出すだけで文句は言わなかった。言い返せなかったともいう。
「確かに、砕け散った魔石には本来の用途はありませんが、魔石から映像を取り出すのは可能かもしれません」
お兄様がニコラウス先生に答えると、ニコラウス先生とアレクサンダー様がますますよくわからないと言った顔をした。
「魔石から映像とはどういうことですか?」
「まだ実用化できるレベルではありませんが、魔石研究部で試作中の魔道具があるんです。本来魔石とは魔物の、人間でいうところの心臓に当たる部分……すなわち核が結晶化したものです。そして魔物には、人や動物に存在する脳がありません。では魔物は、どこで物事を考え記憶しているのか。そう考えた時に、魔物は、人間の心臓と脳の部分が『格』として一つに統合されているのではないかと考えました」
……はい、話が難しくなってきました!
わたしにはチンプンカンプンでさっぱり理解できませんが、聞いていないと怒られそうなので聞いているふりだけしておくことにした。
「であれば、討伐後に残った魔石には、魔物の記憶が残っているのではないかと考えたのです。そして、断片的ではありますが、魔石から魔物の記憶を取り出すことに成功もしました。ですが、魔石から魔物の記憶を取り出すだけでは、魔物の生態を研究する上では役立つでしょうが、実生活にはあまり役立ちません。そのため、この発見が何か他に使い道がないだろうかと研究を続けていたのですが、おかげで、もう一つ魔石の有効性を発見できたんです。実は、魔石は、新たに記憶……生きていないので記録とも言えますか、記録の蓄積ができると言うことがわかりました。それも、こちらが魔法陣を刻む必要もなく、魔石本来の機能として、勝手に記録をつけていくのです」
「つまり……、墓地の結界の魔石には、その魔石を壊した犯人の情報が蓄積されているかもしれないということか」
さすがはアレクサンダー様、お兄様の難しいお話を難なく理解していらっしゃる。
そしてそれはニコラウス先生も同じだった。
……わ、わたしだって、魔石になんとなく防犯カメラみたいな機能がついているってことはわかったわよ! それ以外はさっぱりだけど!
でも、問題になるのはその部分だけでしょ? ほかの部分は、研究者じゃないんだから理解できなくてもいいよね? ね?
「破壊されているし、どこまで記録が取れるかどうかはわからないがな。だが、多少なりとも情報を得ることは可能だと思っている」
「そこに決定的な証拠がなくとも、それを取っ掛かりにできる可能性はありそうだな」
「そういうことだ」
……なるほど~、つまり、墓地の結界に使われていた壊れた魔石が手に入りさえすれば、お兄様がそこから記録を取り出してくれると、そういうことですね!
ここはわたしでも理解できますよ。お兄様、さすがです!
「そうですね……そういうことなら、内々に兄に話を通してみましょうか。協力してくれるかもしれません」
「ニコラウス先生の兄上というと、ヨルク・カトライア政務次官ですね。それは助かります」
アレクサンダー様が言うけれど、わたしは「政務次官」が何かわからなかったので首をひねる。
すると、お兄様が簡単に説明してくれた。
ニコラウス先生のお兄様である、カトライア伯爵家の長男ヨルク様は、法務部の政務次官というポジションにいらっしゃるらしい。
政務次官とは大臣に次ぐ立場の人のことで、つまり副大臣みたいな感じの立場らしい。
ヨルク様はニコラウス先生より二歳年上の二十八歳だと言うけれど、その年で政務次官とは、かなりの出世株なのだそうだ。さすがはニコラウス先生のお兄様、兄弟揃って優秀でいらっしゃる。
……でも、わたしの記憶に残っていないと言うことは、ヨルク様は攻略対象じゃないわよね。なら、わたしも安心して関われるわ!
ニコラウス先生が急いでヨルク様に連絡を入れてくれると言うので、わたしたちはお礼を言って魔法研究部の部室を後にする。
お兄様とアレクサンダー様が女子寮まで送ってくれると言うので、わたしはお兄様たちに挟まれながら、女子寮まで戻ったのだった。
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