ヴォルフラム奪還作戦 2
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しーん、とオルヒデーエ伯爵家のサロンに沈黙が落ちた。
これは、思った以上に深刻な問題だわ。
もし――もしも、よ。
ボールマン伯爵が現王陛下に叛意があって、例えばその地位から引きずり降ろそうなどと画策していたとする。
そうなった場合、もしヴォルフラムとツェリエ・ボールマン伯爵令嬢との婚約が調ったりしたら、オルヒデーエ伯爵家は当然ボールマン伯爵家と親戚と言うことになってしまう。
ボールマン伯爵が謀反の罪で捕まった時にヴォルフラムとツェリエの婚約が調ってしまっていたら、ヴォルフラムもオルヒデーエ伯爵は連座対象に上がるだろう。
オルヒデーエ伯爵は知らないところで、とんでもなく危ない橋を渡っていたのだ。
……ううん、今の時点でもかなり危険な状況よ。
オルヒデーエ伯爵はヴォルフラムとツェリエの婚約には反対していた。だが、ヒルデベルトの件を持ち出されて、はっきりと断ることができない状況である。
はたから見たら、縁談を検討中で答えを出していないだけという見方ができるかもしれない。
もっと言えば、公表のタイミングを待っている状態だとも見える。
少なくとも、オルヒデーエ伯爵家とボールマン伯爵家が親密な関係であると周囲は勘違いするだろう。
この状況でボールマン伯爵が罪に問われれば、周囲の目はボールマン伯爵の悪事と何らかの関りがあったのではないかと疑うだろう。
オルヒデーエ伯爵家が罪に問われなくとも、立場的に厳しくなるのは想像に難くない。
……あわわわわ、これはまずいわ! わたしでも気づくくらい、まずい状況だわ‼
オルヒデーエ伯爵は顔色を失くしてしまっていた。
国王陛下に叛意ありとなれば、義賊とつながりがある以上の大問題だ。
「わ、私は、どうすれば……」
すでに危険な立場に置かれていたと気づいたオルヒデーエ伯爵が、すがるような目でお兄様とアレクサンダー様を見た。
お兄様とアレクサンダー様の判断によっては、この場でオルヒデーエ伯爵が拘束されてもおかしくない状況だ。
もちろん、二人がそんなことをするなんて、わたしはこれっぽっちも思ってないけどね!
「ここまでくれば、オルヒデーエ伯爵がボールマン伯爵の罪を暴いて告発するしか手はないかもしれないな」
お兄様が考え込みながら言う。
アレクサンダー様が頷いた。
「そうだな。オルヒデーエ伯爵家にとってはそれがベストな方法だろう。それ以外の方法を取れば、多少なりとも火の粉が降りかかるのは確実だ。ただし、簡単ではないと思うが」
告発するとなれば証拠が必要だ。
そして、こちらが動いていると悟られると、あちらも警戒して情報を隠そうとするだろう。
つまり――
「ヴォルフラムを救出しつつ証拠集めか。同時進行だな。証拠集めを優先すると、ヴォルフラムを始末される可能性が出てくるし、かといってヴォルフラムを先に救出すると、警戒されて情報が探りにくくなる」
そう、ヒルデベルトの言ったとおりである。
オルヒデーエ伯爵家を守るためには、どちらかを優先するのではなく、同時進行でことに当たらなくてはならないということだ。
……わあ、わたしの脳みそはそろそろ限界を迎えそうです。ややこしくなってきて、そろそろ知恵熱が出てきそうですよ。
「それには君の協力が不可欠になると思うが、私たちに協力するつもりはあるのかい? ヒルデベルト」
「……そうだなあ」
もともとお兄様は、内容次第でわたしたちがヒルデベルトに協力すると持ち掛けた。
しかしこうなってしまっては、立場が逆転する。
ヒルデベルトに協力してもらわなくては、ヴォルフラムの救出と情報集めを同時進行で行うのは厳しいのだ。
……いくらお兄様とアレクサンダー様が有能でも、公爵家が動くとやっぱり目立つもの。
目立たないように探ろうとしても、ヒルデベルトが動くよりも、格段に気づかれる危険性が高い。そして公爵家が動いているとあちらに悟られると、余計に警戒されてしまうだろう。
その点、ヒルデベルトたち黒豹――もう白獅子を名乗っているのかしら? 彼らなら隠密行動は得意だろう。だって、すでにヒルデベルトって忍者っぽいもんね! ブルーメ学園の寮に侵入したり、オルヒデーエ伯爵家に侵入したりできるんだから、情報収集はお手の物でしょう。
わたしは祈るように指を組んでヒルデベルトを見た。
「ヒルデベルト、お願いします。手を貸して下さい」
囚われているのはあなたの弟ですよ、という言葉は言わない方がいいだろう。これまでの言動を取っても、ヒルデベルトはオルヒデーエ伯爵家と距離を取ろうとしているように見える。彼の本心がどこにあるのかは置いておくとしても、距離を取りたがっている人に肉親の情を訴えかけるのは間違っている気がするわ。
ヒルデベルトはちらりとオルヒデーエ伯爵を一瞥して、肩をすくめた。
「ギウスたち黒豹を壊滅させるのを手伝うって言うんなら、話に乗ってやってもいいぜ?」
「壊滅させたいのか?」
「当然だろう。あいつらは親父の面汚しでしかない。このままのさばらせておくわけにはいかないさ」
「しかし、黒豹が壊滅したら、お前はどうなる」
「俺はもうすでに黒豹の人間じゃないんでね。表に名前を出していないから知らないだろうが、今は白獅子を名乗っている。あいつらと一緒にしないでほしいね」
ああ、この時点ですでに白獅子は結成されていたのね。
ゲームのはじまりの時点で「黒豹」という義賊はいなかった。だから、恐らくこの段階で潰されるのだろう。そう思いたい。
「アレクサンダー、いいか?」
「この際やむを得ないだろう。私たちが彼に協力していると表に出なければ、それでいいのではないか?」
お兄様とアレクサンダー様の間でも結論が出たようだ。
「決まりだな。じゃあ、ひとまず俺の方で、ヴォルフラムがどこに閉じ込められているのか探ってみるぜ。場所が特定出来たら連絡する」
「わかった。こちらも何かわかったら連絡する。……ああ、連絡手段はどうする?」
「俺の方から連絡を取るときは直接会いに行く。俺に連絡を取りたいときは、ゾンネっていう酒場のマスターに声をかけてくれ。マスターは髭面のおっさんだ。『ベルに伝言を頼む』と言えば伝わる」
「わかった」
「じゃあ俺はもう行くぜ」
「あ、ヒルデベルト!」
ヒルデベルトがひらりと窓から出て行こうとしたのを見て、わたしは慌てて彼を呼び止めた。
「どうした?」
窓枠に片足をかけた状態でヒルデベルトが振り向く。
「えっと……、右目、気を付けてくださいね」
「あん?」
ヒルデベルトは不思議そうに自分の右目に手を当ててそれから笑う。
「よくわからねえが、わかった」
じゃあな、と手を振ってヒルデベルトは今度こそ窓から飛び降りる。
ゲーム「ブルーメ」では、ヒルデベルトは隻眼だった。怪我のせいで右目を失い、いつも眼帯をつけていたのだ。
でも、今の彼はまだ隻眼ではない。
つまり、来年の春までに何らかの影響で右目を失う可能性があって、もしかしたら、今回の黒豹との一件がそうではないのかと思ってしまったのだ。
……言ったところで、変わらないかもしれないけど。
でも、わたしの一言で、少しでも注意をしてくれれば嬉しい。
片目を失うのは、誰であろうと、とてもつらい経験だろう。そんな経験は、できることならしてほしくないから。
お兄様たちも帰るというので、わたしも立ち上がる。
オルヒデーエ伯爵が、ヒルデベルトが出て行った窓を、いつまでも見つめていたのが印象的だった。
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