オルヒデーエ伯爵家の事情 4
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「取り乱して、失礼しました」
十数秒ほど固まっていたオルヒデーエ伯爵は、軽く頭を振るとソファに座りなおした。
お兄様がにこりと微笑む。
……あ、悪い顔。
と思ったのはわたしだけではなかったようだ。アレクサンダー様が、どことなく不安そうにお兄様を見ていた。まるで「やりすぎるなよ」と言っているようにも思える。
「そのご様子ですと、何かご存じのようですね、伯爵」
「い、いえ……」
「そうですか? 義賊黒豹の名前に強く反応なさったように見えましたが」
「そ、それはもちろん、黒豹の名前は有名ですからね」
オルヒデーエ伯爵がお兄様の追求から逃れたそうに視線を逸らす。
でも、お兄様はそんなことで追及の手を緩めるような、優しい方ではないんです。
わたしは伯爵に同情して心の中で手を合わせた。ごめんなさい伯爵。でも、わたしも情報がほしいので助け船は出しません。合掌。
追い詰められた顔をしているイケオジに胸が痛むが、ここは心を鬼にして黙っていることにする。
……しかし本当にイケメンね。なんでゲームでオルヒデーエ伯爵が攻略対象で出てこなかったのかしら? もし攻略対象だったらルートオープンされた瞬間に即プレイしたのに!
既婚者だから当たり前だろう、というツッコミは聞かない。なんたって乙女ゲームだ。あの手のゲームは、ご都合主義もいいところ。オルヒデーエ伯爵のルートだけ奥さんを病死させるとかなんとかして恋愛対象に浮上させるくらいはできたはずだ。
……なんて、ゲームだから許されるけど現実世界では許されないわよね。ちょっとでも攻略して見たかったと思ったわたしはなんてひどい女なのかしら。ごめんなさい。もちろん現実世界でオルヒデーエ伯爵夫妻の不幸を望んではいませんよ! 反省します! むしろそんなルートが用意されていなくてよかったです! そうしたら、現実でもオルヒデーエ伯爵夫人が病死していたかもしれませんからね!
恐ろしいことを考えてしまったと、わたしは愚かなことを考えた自分を叱咤する。こんなことを考えるから、お兄様にお前は考えることに向かないって言われるんだわ。
そして、あまりオルヒデーエ伯爵に見とれているとお兄様が悪鬼に変わりそうなので、わたしは視線をそらしておくことにした。
そもそもヴォルフラムのピンチだというのに、その父に見とれてどうするわたし! もっと緊迫感を持たないとダメでしょう! こういうところが、わたしのおバカさんでどうしようもないところなのよ! 成長しろ、わたし!
わたしが心の中の自分に文句を言っている間にも、お兄様は話を進めていた。
「伯爵、知っていることがあれば正直に話してください。学園側としても、いつまでも情報規制はできません。そして、このままヴォルフラム君が見つからなかった場合、最悪の事態も考えられます。……もっと言えば、陛下に切り捨てられる可能性もありますよ」
国王陛下に切り捨てられるという言葉に、オルヒデーエ伯爵がぎょっと目を見開いた。
「そ、それはどういうことでしょう……!」
「ご存じの通り、ブルーメ学園の理事長は陛下です。その学園の寮で生徒が攫われたとなっては、陛下の名に傷をつけることになります。いわば、王家の醜聞です。そうならないために、陛下が情報操作に動いてもおかしくないと言うことです。陛下はお優しい方ではありますが、君主として愚かな方ではありません。王家の名に傷がつくことが、すなわち国を乱す結果につながることもよくご存じです」
小難しい話に聞こえるけど、要するに、国民からの国王陛下への信頼が薄れたら国が乱れて下手をしたら内乱騒ぎに発展することもあるってことよね。
おバカさんなわたしでも、公爵家に生まれた以上、王家の威信というものはわかっているつもりだ。公爵家も準王族。そして国の六分の一の土地の管理を任されている立場でもあるからね。
ポルタリア国はそれなりに国土の大きな国だが、その国土は王家、そして五家の公爵家で六分割されている。
侯爵家以下の貴族は、王家直轄地、もしくは公爵領内に土地を与えられてそこを領地としているのだ。
このやり方は、近隣諸国を見ても例を見ないかもしれない。
これは、ポルタリア国がもともと六つの小国だった影響なのよね。
六つの国が一つに統合された際に、それぞれの国の境界はそのまま残され、それぞれ王家と公爵家が管理することになったのよ。
どうしてそういうやり方を取ったのかはわからないけど、当時、国を統一した王様はその方が統治しやすいと思ったんでしょうね。
だから、五家の公爵家と王族は、定期的に婚姻を結んでいて、王家は公爵家に「準王族」の名誉を与えているってわけ。
ここまで言えばわかると思うけど、わたしがどうしようもないおバカさんでルーカス殿下に迷惑をかけていなかったら、そう言う理由で、次期王妃は高確率でわたしだったのよね~。
おっと、また自分の思考にトリップしてたわ。お兄様の話を聞かないと!
「ヴォルフラム君がこのまま見つからなかった場合、陛下は寮からヴォルフラム君が攫われたことを隠匿するために、ヴォルフラム君に非があるように見せるかもしれません。もしくは病死か何かを偽装して、生死がわからない段階で死亡を確定してしまうこともあるかもしれませんね。いわば、王家のために、社会的に殉死する道を取らせるというわけです」
「そんな……!」
「あなたも伯爵でいらっしゃるので、私が言ったことが冗談ではないのはおわかりかと思いますが」
王家が王家の醜聞を隠すために情報操作をするのは、それほど珍しいことではない。
子爵以下ならいざ知らず、伯爵の――それも、伯爵の中でも由緒ある古参貴族であるオルヒデーエ伯爵家の当主ならば、わからないはずがない。
顔色を失くすオルヒデーエ伯爵に対して、お兄様は同情するような優しい表情を浮かべる。
「そうならないためにも、この件は早く解決しなくてはなりません。陛下が決断を下す前にヴォルフラム君を助け出さなければ、オルヒデーエ伯爵家は跡取りを失うことになります」
オルヒデーエ伯爵は白くなるほど強く自分の手を握り締めていた。
ヴォルフラムを助けたいのは親として当然だろう。しかし、伯爵にとって今回の件は、表に知られたくない何かがあるのかもしれなかった。
お兄様は蒼白な顔で葛藤しているオルヒデーエ伯爵に、そっと息を吐き出した。
「ではもう一つ。……ヒルデベルト、という男を知ってしますか?」
オルヒデーエ伯爵はひゅっと息を呑むと、はじかれた様に顔を上げる。先ほどまで蒼白だった顔が、だんだんと恐怖に染まっていくように見えた。
「……何故、その名を」
「その男が、ここにいる私の妹に接触したからですよ。その際に、ボールマン伯爵と、それからヴォルフラム君のことを気にしているようなことを口にしたそうです。……単刀直入に訊きます。ヴォルフラム君とよく似た顔立ちをしているというヒルデベルトという男と、伯爵には、何か関係があるのではありませんか?」
オルヒデーエ伯爵は大きく息を吸い込み、そしてゆっくりと吐き出した。
しばらく黙り込んで、やがて、泣きそうな顔で微笑む。
「…………もう、隠しても意味がないでしょうね。ええ。知っていますとも。何故ならヒルデベルトは、私の子……ヴォルフラムの、兄なのですから」