攫われた攻略対象 5
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補習がなくなったので、ヴォルフラムが女子寮まで送ってくれるという。
生徒指導室で時間を食ったから、空はすっかり茜色に染まっていた。
寮に帰る生徒の姿もほとんどいない。
部活に顔を出している生徒もいるだろうから、閉校時間になったら帰宅する人が増えるでしょうけど、今はちょうど中途半端な時間だわね。
「すまなかったな。問題を大きくしないでくれて、助かった」
歩いていると、ヴォルフラムがぽつりと言った。
「別にたいしたことではないと思うけど、あなたも大変なのね、ヴォルフラム」
婚約するつもりはないのに向こうが婚約する気満々でいるということは、きっぱりと断り切れない何かがあるということだ。
それが何かは知らないけれど、ヴォルフラムを悩ませている問題には違いないだろう。
「君に同情される日が来るとは思わなかったな」
「失礼ね。わたしだって、誰かのことを可哀想だな~大変そうだな~って思うことくらいあるわよ!」
ヴォルフラムはわたしのことを何だと思っているのだろうか。
そりゃあ、わたしはこれまでかなり身勝手な女でしたからね。人の気持ちを慮ることがあるとは思われなかったのかもしれないけども!
「なるほど、可哀想か。……他人に言われると腹が立つんだが、君に言われるとそれほど腹が立たないのは何故だろうな」
え、知らないわよ。わたしがバカだから?
「君は意外と、裏表がないみたいだからな」
ほら、やっぱりバカだからなのね……。
ヴォルフラムには悪気はないのかもしれないけど、事実はときに、人を傷つけるんですよ。
……補習も頑張っているし、ちょっとくらいは成長した気がするのに、まだまだたりないのね、わたし。
「そう言えば、ナルツィッセ先輩が言っていたが、君、料理なんてできたのか?」
ああ、朝のあの発言を聞いたのね。
わたしは肩をすくめた。
「たいしたものは作れないけど、簡単なものならね」
何せ、前世では一人暮らしでしたから。節約のためにたまには自炊もしていたのよ、これでも。いつもコンビニでビールとつまみを買っていただけじゃあないんだから。
「カレーだったか。いつか俺も食べてみたいな」
「カレーが食べたいの? 王都の庶民が行くようなお店に行けば食べられると思うけど、確かに貴族は入りにくいかもしれないわね」
「……そういう意味じゃない」
あら、じゃあどういう意味だったのかしら。
きょとんとして首をひねると、ヴォルフラムは機嫌を害したようだ。
「君は、ものすごく鈍感だと言われないか」
「言われないわよ! ……たぶん」
え? 言われたこと、ないわよね? あったかしら? 記憶にないわ~。
まあ、賢くないので鋭い方ではないと思いますけどね。
「俺は、君が作るカレーが食べてみたいと言ったんだ」
あら、ヴォルフラムはなかなかチャレンジャーなのね。
いくらアレクサンダー様がああいったからといっても、わたし、見た目からして料理ができそうにないタイプじゃない? 普通は警戒して口にしないと思うの。
「そのくらい、作る機会があれば構わないわよ。……ただ、作る機会なんて、そうそうないでしょうけど」
「そんなことはないだろう。作ろうと思えば、家庭科室を借りればいい」
ああ、その手があったか!
ブルーメ学園の選択科目の一つに家庭科がある。
貴族の子女が何を学ぶのかと言われるかもしれないが、貴族にも様々だ。
中級以下の貴族のご令嬢なんかは、将来自分より身分が上の貴族女性の侍女となることもあるのだ。
料理はともかく、裁縫なんかは意外と重要視される。
侍女になる予定がない令嬢も、刺繍はたしなみの一つとされるので、授業を取る人は多い。
ほかにも、料理なんて大袈裟なものではないにせよ、お菓子作りが趣味のご令嬢もいるので、そういう人たちのために「家庭科」という選択科目があるのだ。
……ちなみに、わたしは取ってないけどね。
だって、家庭科って、とくに料理になればグループでの作業になる。ぼっちのわたしは、ものすごく悲惨なことになるのが目に見えていたので、家庭科は絶対に選択しなかったのだ。
去年までも、「なぜわたしが料理のような使用人がするようなことをしなくてはならないの?」とかなんとか言って選択していなかったし。
まあ、マリアは意外と刺繍は得意だから、取る必要がなかったというのもあるけどね。
幼少期にお母様から言われた「マリアちゃん、刺繍が上手な女の子は、とーってもモテるのよ!」という言葉を鵜呑みにして、刺繍だけは滅茶苦茶頑張ってたからね。うん、なんて単純なわたし。
でも、そうね、家庭科室か~。そこを占拠……げふんげふん、借りることができれば、わたしの大好物のカレーも作り放題食べ放題だわね!
「ヴォルフラム、賢いわ!」
「いや、むしろなぜ思いつかなかったのかが不思議なんだが……」
それはねえ、わたしがおバカさんだからですよ!
……ふふふ、でも、教えてくれてありがとうヴォルフラム! お礼にカレーをご馳走しちゃうからね!
あとはどうやって家庭科室を借りるかだ。
この学園には「家庭科部」があって、毎日ではないにせよ、たまに家庭科室のキッチンを使っていたりするのよね~。借りるなら、彼女たちが使っていない日にしないと。
「家庭科室が無事に借りられたら、連絡するわね」
「ああ、楽しみにしている」
ヴォルフラムってば、よほどカレーに興味があるのね!
オリエンテーションのときはささっと簡単なカレーを作ったけど、時間が許せば凝ったものも作れるわよね。
楽しみだわ~。
どんなカレーを作ろうかと考えていると、あっという間に女子寮の玄関前に到着した。
「送ってくれてありがとう、ヴォルフラム。また明日ね」
「ああ、明日の朝、同じ時間に迎えに来る」
わたしは手を振りながらヴォルフラムが去っていくのを見送る。
今日、あんなことがあったけど、ヴォルフラムは明日も変わらずわたしを迎えにくるらしい。
……本当、律儀な性格よね~。
ヴォルフラムが見えなくなると、わたしは家庭科室が借りられた時のために、どんなカレーを作るかをノートにまとめておこうと急いで部屋に戻る。
ビーフ、ポーク、チキン……いろんなカレーがあるけど、ヴォルフラムは何が好きかしら?
明日好きなお肉や野菜を聞いてみようかしら? だって、ヴォルフラムが家庭科室を使えばいいと教えてくれたんだから、最初は彼の好みのカレーを作るべきよね?
うんうん、名案だわ。
わたしは呑気のそんなことを考えていたのだが――次の日の朝、ヴォルフラムは女子寮の前に迎えに来なかった。
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