真夜中の侵入者 4
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夜――
ヴィルマに寝支度を整えてもらって眠りについていたわたしは、かすかな物音で目を覚ました。
最初はハイライドかと思ったのだが、ふわりと鼻先をかすめて抜けていった風に、違うと上体を起こす。
首を巡らせると、ハイライドは鳥かごの前のクッションの上で気持ちよさそうに眠っている。
そのさらに奥の、小さなバルコニーに続くガラス戸のカーテンがパタパタと風になびいていた。
……バルコニーは閉めて寝たわよね?
ということは、わたしが寝た後で誰かがバルコニーを開けたと言うことになる。
「……誰かいるの?」
慎重に暗い部屋の中に問いかける。
すると、カーテンを横によけながら、バルコニーから一人の男が入って来た。
ひゅっと、悲鳴が喉で凍る。
暗いので男の顔はよく見えない。
ヴィルマを呼ぼうと、声を上げようとしたわたしは、「こんばんは」と男に話しかけられて驚愕した。
「ヒルデベルト⁉」
前世で長年プレイしていた「ブルーメ」の攻略キャラの声である。顔は見えずとも声でそれが誰かわかるくらいには、攻略対象たちのイケボは記憶に染み付いていた。
だからつい、声の主がヒルデベルトだと気づいて名前を呼んでしまったのだが、迂闊で考えのたりないわたしは、続く彼の言葉に頭を抱えることになる。
「へえ? 俺はお嬢ちゃんに名乗った覚えはないんだが……俺の名を、どこで知ったのかな?」
やっばーい!
わたしは慌てて両手で口を押えたが、そんなことをしても発言はなかったことにはならない。
ヒルデベルトがゆっくりとこちらに歩いてくる。
こ、ここは声を張り上げてヴィルマを呼ぶべきだろうか。
いやでも待て、ここでもしヒルデベルトが捕まったら、ヴォルフラムルートとヒルデベルトルートが消滅するのではなかろうか。ヒロインの恋愛対象が二人も減ってしまう。
……わたしはあくまで悪役令嬢になりたくないだけであって、ヒロインの恋路の邪魔をしたいわけではないのー!
という無駄な葛藤が、わたしの判断を鈍らせる。
そして、ヒルデベルトほど身体能力に優れた人相手には、そんな数秒の隙も命取りになるものだ。
気が付いたときにはヒルデベルトはベッドの上に乗り上げていて、わたしは手首を抑えつけられてベッドの上に縫い留められていた。
「お嬢ちゃん、もし大声を上げたら、その瞬間に首と胴体がおさらばするよ?」
イケメンにベッドに押し倒されている状況だというのに、甘い声でささやかれるのは死の宣告である。残念すぎる。
そしてわたしは死にたくないので、指示にはもちろん従います。
……きょ、今日は首に短剣が突きつけられていないだけましなのかしら? ああでも、ヒルデベルトが相手なら、そんなものはなくても一瞬で首ちょんぱされそう。うぅ、怖いから大人しくしておこう……。
「静かにする気になった?」
こくこくと頷くと、ヒルデベルトがわたしを抑えつけたままの態勢でにこりと笑う。
「それは重畳。じゃあ、いくつか訊きたいことがあるから、教えてくれるかな?」
「わ、わかりました」
「よし。素直ないい子は嫌いじゃない。じゃあ一つ目。お嬢ちゃんはどうして俺の名前を知っているのかな?」
一番説明しにくい質問が最初にきましたよー!
まさか「前世であなたを攻略してました、てへっ」なんて言えるはずもない!
あわあわしながら、わたしは、苦しい言い訳を試みた。
「わ、わたしはアラトルソワ公爵家の娘ですのよ。じょじょじょ情報くらい、簡単に仕入れられますわ」
「へー、そうなんだ」
「そうなんです!」
これはもう、押し切るしかない。
ヒルデベルトは疑っているようだったが、彼の中でこの質問はそれほど重要なものではなかったのだろう。あっさり「まあそれでいいよ」と頷いてくれた。
「じゃあ質問その二。先月、お嬢ちゃんは王都の南の墓地に行っただろう? その時にアンデットに襲われて大怪我をした」
「ど、どうしてそれを……」
あの時は夜だったし、国が墓地の結界の管理を怠ったことを知られたくないから、わたしやお兄様たちが墓地でアンデットに襲われたことも、わたしが怪我をしたこともトップシークレット事項となっていて外部には漏れていないはずだ。
……こ、これが、義賊黒豹……いえ、白獅子の情報収取能力。
下手な諜報部員よりもよほど有能だろう。国が隠すと決めた情報は、そう簡単に探れるものではない。
「俺には俺の情報網があるのさ。で、話を戻すが、俺はその時のことを詳しく知りたい」
「そ、その時のことと言いますと……?」
「お嬢ちゃんはその墓地で何を見て、何を知ったのか。なんでもいい。どんな些細な事でも構わないから、教えてくれないかな?」
「そう言われましても……」
別に、語るようなことはなかったと思う。
アンデットに襲われて、怪我をした。それだけだ。
ヒルデベルトは何を知りたいのだろうとわたしは悩んだのだが、どうやら彼にはそれがわたしが渋っているように映ったらしい。
笑みを深めて、わたしの耳元に口を近づけた。
「ここで吐かないのなら、連れ帰って尋問……でもいいんだけど」
「も、ももももちろんお答えしますとも!」
尋問なんて絶対いや!
きっと縄で縛られて鞭で打たれたりするんだわ!
そんな恐ろしい目にはあいたくありません!
でもやっぱりヒルデベルトが何を知りたいのかさっぱりわからなかったので、わたしはあの日のことを洗いざらい白状することにした。もちろん、サラマンダーの件は伏せて、だけど。
……え? 国家の秘密? そんなの知りません。わたしは自分の命のほうが大事ですからね!
もとをただせば国が司祭様の依頼を無視したのが原因だ。国の怠慢を隠し通して、殉死するなんて選択肢は持ち合わせていませんとも。貴族としてそれでいいのか? ほほほほほ、いいんです。わたしは国家の威信より我が身の方が可愛いですからね‼ 何といっても悪役令嬢マリア・アラトルソワですもの。国家のために死にますなんていういい子ちゃんじゃあありませんとも‼
ということで、遠慮なくべらべらと喋った結果、ヒルデベルトがほしかった情報はその中にあったようだった。
「助かったよお嬢ちゃん。お嬢ちゃんが怪我をしたという情報までは探れたんだが、あの日以来しばらく墓地の周りが立ち入り禁止にされていて様子が、詳細まで探れなかったからな」
ヒルデベルトは、あの墓地の何が気になっていたのだろう。
「じゃあ、最後に、質問その三。――お嬢ちゃんのクラスに、ヴォルフラム・オルヒデーエって男がいるだろう? 最近、何か変わった様子はなかった?」
……ヒルデベルトは、いったい何を調べているのかしら?
まったく見当もつかなかったわたしは「別にいつも通りですわよ」とだけ答える。
その答えに納得したのかしなかったのかはわからないが、ヒルデベルトは「ありがとう」とわたしの頬をひと撫でして、バルコニーから去って行った。
あいたままのガラス戸を締めようとバルコニーへ向かったわたしは、そこで、クッションの上で熟睡中のハイライドに視線を向ける。
……ハイライド、あなた、もう少し人の気配に敏感になった方がいいと思うわよ。
夜の護衛としてはハイライドはまったく役に立ちそうにないなと、わたしは、はあ、と息を吐いたのだった。
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「婚約していないのに婚約破棄された私のその後」
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