真夜中の侵入者 3
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ヴォルフラムがわたしを守ると言い出してから三日。
授業を終えて女子寮に帰ろうとしていると、当然のようにヴォルフラムが寮の玄関前まで送ると言い出した。
昨日は補習の日だったのでアレクサンダー様が寮の玄関まで送ってくれたので別行動だったけれど、月曜日も寮まで送ってくれたし、ヴォルフラムは意外と律儀な性格なのかもしれない。
……だけど、クラスメイトの女の子たちの視線が痛いから、わたしは胃がキリキリするよ。
わたしは早く女友達を作りたいのに、ヴォルフラムのせいでいらぬ恨みを買った気がする。うぅ、わたしは悪くないのに。
「身の回りで、変わったことは起きていないんだな?」
靴を履き替えて女子寮までの道を歩いていると、ヴォルフラムが訊ねてきた。
ヴォルフラムはわたしのことが嫌いだろうに、わたしを守る宣言をしてからは、意外と普通に接してくれている。前のように嫌そうな顔はされないし、睨んでも来なかった。素晴らしい切り替えですこと。
「とくには」
というか、そんなにすぐに問題なんて起きてほしくないですよ。というより、ずっと起きてほしくないです。
お兄様もヒルデベルトはわたしのことを監視していないだろうから大丈夫だろう、みたいに言っていたし、何も起きないんじゃないかしら?
と、わたしはちょっと楽観視してみる。
だからヴォルフラムにも「大丈夫みたいだからもう守ってくれなくていいわよ」と伝えるべきだろうか。
だけどお兄様が、ヴォルフラムの思惑が知りたいからしばらく様子を見ようと言っていたから、お兄様から指示があるまではこのままの方がいいのかしら?
……でも、ヴォルフラムと歩いていると、視線が突き刺さるのよね~。
お兄様からヴォルフラムと二人きりになるなと言われているので、わたしは帰寮者の多い時間帯に帰っている。
学園から女子寮までの道には、たくさんの寮生が歩いていて、わたしとヴォルフラムはとても注目を集めてしまうのだ。
ヴォルフラムは朝もわざわざ寮前まで迎えに来るし、これではまるで付き合っているように見えるのではなかろうか。
……ということは、わたしってめちゃくちゃ悪女っぽく見えるんじゃないかしら?
だって、この夏にお兄様との結婚が決まっている身である。
その上、何度か週末にアレクサンダー様とお出かけもしたし、補習がある日はアレクサンダー様が寮まで送ってくれている。
さらにヴォルフラムまで登場ともなれば、端から見れば三人の男性を弄んでいる悪女以外の何ものでもないだろう。
……悪役令嬢から遠ざかるつもりが、なんか違う意味で近づいて行っているような嫌な予感がするわ。
どうしてだろう。
わたしは何を間違えた?
こんなはずじゃなかったのに!
「そうか。何かあればすぐに言えよ」
「ええ、ありがとう」
ヴォルフラムは、いい人よね。
嫌いな女相手の安全にもきちんと気を配ってくれるんだもの。
もともとヴォルフラムがわたしを嫌っていたのは、言わずもがな、去年のわたしが彼を婚活ターゲットの一人にして散々追いかけまわしていたからだ。
高飛車女に「わたしと同じクラスなのを光栄に思いなさーい」と意味のわからないことを言われ、挙句にさも「自分の男!」みたいにしつこくつきまとわれれば、それは嫌いにもなるだろう。
……きゅ、急に罪悪感が押し寄せてきた。
そう言えばわたし、ヴォルフラムに去年のことを謝ってないわよね。
まあ、迷惑をかけたのはヴォルフラムだけじゃあないんだけど、同じクラスの彼への被害は大きかっただろうし、きちんと謝罪した方がいいわよね?
謝ったところで、これまでのヴォルフラムならわたしを睨んで終わりそうなものだったが、今の彼は許してくれるかどうかは別として、話くらいは聞いてくれそうだった。
……うん、謝ろう!
わたしがぴたりと足を止めると、ヴォルフラムも怪訝そうに足を止める。
「どうした? 何かあったのか?」
「別に何もないわ。そうじゃなくて、わたし、あなたに言いたいことがあるの」
すると、ヴォルフラムは警戒したように一歩足を後ろ引いた。
そ、そうよね。去年のことを考えると、またろくでもないことを言い出すと思われても仕方ないわ。
わたしはちょっとしょんぼりしつつ、こういうのは勢いだと、がばっとヴォルフラムに頭を下げた。
「きょ、去年は……、その、追いかけまわしてごめんなさい! これでも反省しているのよ! もう二度と去年みたいなことはしないから、信じられないかもしれないけど、安心してほしいの!」
許してほしいの、というのは図々しい気がしたので、安心してほしいと言っておく。
安心もできないかもしれないが、嫌いな女でも守ろうとするヴォルフラムの優しさには誠意を返したい。
「…………君は」
ヴォルフラムはしばらく沈黙して、かすれた声で何かを言いかけ、首を横に振る。
「やめてくれ。こんなところでそんなことをされると目立つじゃないか」
いえ、あなたが気づいていないだけで、歩いている時点で滅茶苦茶目立っていたんですよわたしたち。
そろそろと顔を上げると、ヴォルフラムの顔が照れたように赤くなっている。
「べ、別に、今更謝ってもらおうとか思っていない。ほら、行くぞ」
「ええ……」
まあ、そうよね。ごめんなさいの一言で水に流せるレベルの迷惑のかけ方じゃなかったもの。
だけどまあ、謝ったからだろうか、ちょっとわたしの気持ちはすっきりした。
……迷惑をかけた方がすっきりするとか、なんかごめんね、ヴォルフラム。
ヴォルフラムの信用を得るにはきっとまだまだかかるだろうが、この先彼を追いかけまわさなければ、そのうちさっきの言葉を信じる気になってくれるかもしれない。
「もう一度言うが、何かあれば、どんな些細な事でもすぐに言えよ」
玄関前で別れる時に、ヴォルフラムがもう一度繰り返す。
ヴォルフラムはよほど遺書に「ヴォルフラム・オルヒデーエのせいで死にましたって書いてやる」って言ったことを気にしているのかしら。
……うぅ、迷惑をかけないと言っている側から、すでにやらかしていたわね、わたし。
わたしは、心の中でもう一度「ごめんなさい」とヴォルフラムに手を合わせたのだった。
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