王都の義賊 6
お気に入り登録、評価などありがとうございます!
劇場の中に入るまでに、わたしはすっかり疲労困憊になってしまっていた。
今日はナルツィッセ公爵家が年間キープしているボックス席に三人でお邪魔することになっている。
ナルツィッセ公爵家がキープしている二階のボックス席は、ボックス席の中でもとても上等な席だ。
十脚ほどの一人がけのソファが並んでおり、小さめのテーブルもいくつも置かれている。
わたしを中心に、右のソファにお兄様、左のソファにアレクサンダー様が座ると、劇場の使用人が飲み物と軽食を運んで来た。何から何まで至れり尽くせりである。
お兄様によると、我がアラトルソワ公爵家も同じレベルのボックス席を年間キープしているそうだ。お父様やお母様は定期的に公演を見に来ているらしい。
……そう言えば、以前にお父様とお母様から一緒に行かないかって誘われたことがあったような、なかったような。
そのときに確かわたしは「もう子供ではないので、家族と観劇になんて行きませんわ」なんて可愛げのないことを言った記憶がある。そんなことを言ったから、もう誘われなくなったのだろう。納得。
「ほらマリア、リンゴジュースだよ。マリアは昔からリンゴジュースが好きだからねえ」
……お兄様ったら、いったいいくつのときの話をしてるのかしら? まあ、好きですけどね。でも、わたしはもう十七歳だし、ついでに言えば前世で三十歳まで生きているので、何ならお酒をくれても構わないんですよ。というかもう、この状況が意味不明すぎて、飲まなきゃやってられない気分なんですけど。
馬車を降りて劇場に入るまでの短い時間で疲れ果てたわたしは、そんなことを思いつつも、決して口には出せないので笑顔でリンゴジュースを受け取った。
「ありがとうございます、お兄様」
「マリア、フルーツの盛り合わせだ。どうぞ」
「ありがとうございます、アレクサンダー様」
うーん、右からお兄様、左からアレクサンダー様と、お二人とも甲斐甲斐しすぎやしませんか?
リンゴジュースを飲みながらリンゴをかじるという、ちょっと意味不明な状況を味わいながら、わたしはうむむと唸る。
二人とも、わたしの世話なんて焼いて、楽しいのかしら?
というかアレクサンダー様はヒロインのためにフリーの男でいないといけないはずなのに、あんまりわたしに構っていると、周囲からあらぬ誤解を招きますよ?
そしてそうなると、もしヒロインがアレクサンダー様を選んだ暁にはわたしは恋のライバルにされるんです。
……つまり、悪役令嬢ポジ確定。
そんなのは絶対嫌なので、墓地でわたしに怪我をさせたことへの罪悪感は、もう忘れてくれて構いませんよ。責任感が強いアレクサンダー様は、その責任感の強さゆえに勢いで「一生守る」なんて重すぎる宣言をなさいましたけど、そろそろ目を覚ましてもいいころでしょう?
しゃりしゃりとリンゴをかじって、ぐびーっとリンゴジュースを飲み干したわたしは、早くアレクサンダー様が我に返りますようにと願いながら、テーブルの上に置かれていたオペラグラスに手を伸ばす。
お兄様とアレクサンダー様に挟まれてああでもないこうでもないと言われ続けると、精神力がごりごりと削られていくので、わたしはオペラに集中しますね。
ほら、もうすぐはじまりますよ!
お読みいただきありがとうございます!
ブックマークや下の☆☆☆☆☆の評価にて応援していただけますと励みになります!
どうぞ、よろしくお願いいたします。