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アイちゃん

 A産業が開発した二足歩行型自立ロボットはとても精密にできていて誰もが、実際の人間と見紛うような妖艶かつ精密な鉄製の人間だった。

 名前はアイちゃんという。

 アイちゃんはA産業のあいさつ専用機として社前に設置され、出勤する社員をおはようございますと、気持ちの良い笑顔でいつもお迎えしていた。

 それを聞いた社員は相手は感情のないあらかじめプログラムされた言葉と動きしかできない機械だと知っておきながら、毎朝きっぷの良いあいさつをアイちゃんにかけて社内に入るのである。

 A産業の一員である生真面目な社員であるゼームが、アイちゃんにいつものように、あいさつをして足早に自分のオフィスに向かうと、上司である課長がこちらに向かってくるのがわかった。

 課長は何か気掛かりな事でもあるかのような表情でゼームを見た。

「ゼーム。我が社自慢のロボットアイちゃんの事なんだが、おりいって相談があるんだ。この重役は誰にでもできる事じゃない。だから、私が最も信頼しているあなたにお願いしたいと思う。詳しい話は別室でするからついてきてくれ」

 信頼されている自分にしかできない仕事と聞き、ゼームの心は期待の気持ちが芽生えると同時に、不安で満たされた。

「この、わたくし課長の指示とあらば例え火の中、水の底へでも飛び込む覚悟でございます。どんな事でもなんなりとお申し付けください」

 それを聞くなり課長は無言で別室へ向かい、一緒に来た部屋へ部下である彼に椅子をすすめた。

「この会社の奥の金庫に我が社の社員たちが、試行錯誤の末、他の誰にも真似できない最高峰のロボットアイちゃんの設計図があるのは知っているな? だが金庫といっても所詮は中が空洞の鉄の塊だ。

 もしかしたら金庫の中身を知っている者、例えば、向かいにあるK産業のスパイなんかに盗まれるやも知れぬ。だから、金庫の中身をあなたに任せたいんだできるかね?」

 ゼームは自身が、会社の超重要な品物を任される事にドキリとしたが、それと同時にそんな大役を与えられた事に言葉にできない喜びを覚えた。

「わたくし、命に代えてでも設計図を死守する事を約束いたします」

「やはり、あなたは私の期待した通りの人材だ。設計図を守り抜いたら必ず出世を約束しよう。だから、あなたの家に隠し部屋でも作って必ずアイちゃんを守ってやってくれ」

 ゼームは渡された例の物を鞄に大切に詰めた。

 その日は設計図を隠す空間を探して造る時間を割くために、会社を早々と後にしたのだ。

 ゼームは家に帰るなり、隠し部屋を作れそうな場所をくまなく捜索したが、狭く小さな家なので隠し部屋なんか作れそうな場所は結局、見つからなかった。

 だからと言って金庫を買ってその中に設計図を保存するわけにもいかない。

 なぜなら、泥棒や空き巣に入られた時、小汚い我が家に不釣り合としか言いようのない、立派な金庫が大切そうに置かれていたら、きっと貴重なものが入っているのだと勘づかれて金庫ごと持ち去られてしまうからだ。

 持ち去られる事の対策としてガチガチに守りを固めて一ミリたりとも動かない、堅牢な鉄製の箱を固定して、その中に入れても、金庫破りの技能を持った泥棒に中身を持ち去られてしまうことは明明白白である。

 ゼームは考えた。

 自分自身が歩く金庫になればいいのだと。

 だから彼は手頃な日用品店に向かい、鍵付きの鞄を買い求めたのだ。

 翌朝は休日だったのでゼームは会社の近所にある、いつも気になっていたレトロな雰囲気の喫茶店に鍵付き鞄を持って向かった。

 昼食はおすすめメニューのコーヒ付きパンケーキで済ませた。

 店内は設置された大きなクラシックなスピーカーから、眠気を誘うようなゆったりとしたバイオリンの美しい音色の音楽が流れていて来店した客を一様に虜にしてしまう。

喫茶店の窓の向こうには公園があってそこには横になるのにちょうどいい具合のベンチがあった。

 店にいつまでも滞在していては申し訳ないから、ゼームは店を出てベンチに腰を下ろすのだった。

「わたくしの人生は平日仕事。休日は趣味も無く、自分以外の誰かのために生きる。そんなふうに生きてたら、生き甲斐は暇を見つけては家やこんなところで保養するくらい。ベンチってのはホームレスやこんなむなしい人間のためにあるんだろうな」

 そう一人ごちてベンチの上に横になったのだった。

 ひとつ、設計図入りの鞄を持っているという心配事があったが、鍵付きだしさすがに持ち主の上に乗っていては誰も取らないだろうと、ゼームは高を括って目を閉じるのであった。

 ベンチ周辺の音は一時間ほどはゼームのいびきの音だけであったが、やがて太陽が沈み始めた頃、公園に新たな音が加わった。

 スタッスタッスタッドという足音が次第に大きくなって、ゼームの耳に届く。

 しかし彼は死んでしまったかのように身動き一つせずに目を閉じ続けている。

 聞こえないようだ。

 足音の主はベンチの上の彼を見下ろした。

「こちらK産業ヨーム。A産業の社員と思しき人物を発見。ただいまより我が社のスパイより得たA産業の社員の写真集と照合する」

 少しの間を置いて再び声が聞こえた。

 ゼームを見下ろす黒いコートの人物は先ほどのトランシーバーに向かって言った。

「照合の結果個人の特定まではいかなかったもののライバル企業の社員と判明。対象は体の上に鍵のかかった鞄を置いて睡眠中。中に機密情報の入った資料などが、入っている可能性があるため、持ち帰って中身を精査するのが望ましいかと」

 呼びかけに対してトランシーバーに開けられた無数の穴から、応答があった。

「こちらK産業本部。物音を立てず、速やかに持ち帰るように」

 黒いコートの人物は無言で鍵付きの鞄の取手を掴んで、歩き去るのであった。

 後に残ったのは一連のできごとを知らず、無防備な状態で眠るゼームだけだった。

 K産業の重役たちは鞄をこじ開け、びっくり仰天。

 アイちゃんという、いつも出勤する社員たちに社前であいさつをしている輝くように美しい人間のオフィスレディかと思っていたロボットの設計図だったのだ。

 これを見た重役たちはこちらも負けじと、ハンサムかつ高性能なロボットを作った。

 名前はノックンといい社前で社員たちに挨拶をするほかに会社のいたる扉をノックして部屋の中に入って役員にお茶を届けたり、他にも雑務など様々な仕事をこなすことができる優れものだった。

 名前の由来は他の社員と違って真面目で扉を開ける時に必ず扉を三回ノックするからである。

 これだけノックンが優れていた理由は彼はただのプログラムされた事を実行する事しかできない機械と違って自我を持っているからであった。

 なぜノックンが自我を持つロボットになったかは詳しくは話す事はできないが、社長のA産業と比べ物にならないほどいい物を造れという命令に従って作ったからである。

 大体のデザインや性能などについては社長が監修をしたのであり、その以降にそってノックンを造った結果どうゆうわけか、社員が一人行方不明になって、そやつについて社長はそんなやつ最初から居なかったと言い張っている。

 ノックンが完成してから数週間、社長は彼を社内の環境に馴致させるため社長直々に教育係を買って出た。

 君はこのオフィスにいる吾輩の配下と一緒に働くのだぞ。

 そう言い聞かせて彼を懇切丁寧に教育した。

 社員の中にはノックンの美貌に嫉妬する者もいれば一緒に働けて嬉しがる者もいた。

 K産業が設計図を参考に優秀なロボットを得た一方、ゼームは自身が起きた途端、腹の上が無防備な事に気づく。

 最初はただそう感じただけかと思って腹を触ってみると、何かおかしい。

 四角いビジネスバッグの革の感触がしない。

 何が起きたのだろう? ゼームは考える。

 きっと悪い夢を見ているのだろうと。

 そう思って起き上がった。

 夢では無かった。

 紛れもなく鞄は無くなっている。

 もしかしたら腹の上から落ちたのかも知れない。

 だからベンチの下や周りをくまなく探す。

 鞄はどこにも無かった。

 ゼームの顔から血の気が引いていく。

 このまま鞄が見つからなかったら、会社の信頼を失い文字通り首を切られる事になる。

 命に代えてでも設計図を死守しますと言った以上、なんとしても設計図を取り戻さねば。

 まずは最寄りの交番に行って鍵の付いたビジネスバッグが届いてないか尋ねて回った。

 しかしどんなに必死になって探しても吉報がゼームの耳に入ることは無かった。

 このまま鞄を見つけられなければ、会社の信頼は地に落ちゼームは文字通り首を切られて死体の肉は豚の餌として与えられ、骨は砕かれて肥料と化すことだって十二分にありうる。

 だから探し続けたが、時間は無情にも過ぎていく。

 ついに出勤日になってしまった。

 A産業は生真面目なゼームが無断欠勤することはありえないと考え、くまなく捜索した。

 その結果、社員に見つかって設計図をなくした事が明らかになってしまった。

 その日以降、彼を見たものはいない。

 一方K産業ではいよいよノックンが自身が生まれた環境に適応し、社外に出て仕事をするようになっていた。

 とは言っても外で朝に出勤してくる社員に挨拶をするというアイちゃんと同じ業務だが、ノックンは自身が大きく成長したように感じていた。

「おはようございます」

「おはよう。君のようなハンサムさんに挨拶してもらえると今日一日は全てが、うまくいきそうな気がして気分がいいよ。これからも挨拶から、君のために用意した仕事にもプライドを持って臨んでくれよな」

「それはよかったです。これからも精進してまいりますのでどうか、ご指導のほどよろしくおねがいします」

 ノックンは笑顔で答えたが、出勤する社員たちに挨拶をしてそれからは書類の整理などの退屈でこき使われるだけの生活にうんざりしていた。

 翌朝。

 いつものように挨拶を交わす職務をこなすが、社員たちはまばらになり退屈を感じ、高性能目型レンズカメラで正面を見据えると視線の先には自分のために顕在したような麗しい美女が立っていた。

 それを見て彼の心は一瞬でキューピッドの矢に貫かれてしまった。

 その日の夜、社員全員が帰ったのを見計らってノックンはアイちゃんの元へ向かった。

「やあ麗しの姫君。僕という存在はきっと君のために生まれたんだ。だから今は何も渡せないけど、いつかは何不自由ない生活を実現してみせる。だから、こんな窮屈な場所から去ろう」

 それを聞いたアイちゃんだったが、自我のない機械の入った鉄の塊なのでプロポーズに対しての返答は無かった。

 ノックンはすぐに気づいた。

 これはただの器であって自分が自我を芽生えさせてやらねばならないといけない物と。

 だから、ノックンは適当な人間をさらって、そのさらった者を使ってアイちゃんに自我を芽生えさせてやった。

 二人は内面も外見も卓越していたので付き合ってすぐに相思相愛になることができた。

 A産業とK産業は自社自慢の製品の失踪に困り果てたが、二人の幸せには関係のない事だ。

 いつしか二人は誓った。

「今まで僕たちに人権を与えず無給で働かせてきたあの二つの会社に復讐してやろう」

「ええそうしましょう。あたいは例の会社同士が潰し合うように仕向けて最終的には何も残らなくしてしまうのがいいと思うけど」

 そうして二人のロボットは二つの会社のポストに怪文書を投函した。

 A産業に対してはこのような文を。

『いつかあなたの会社に放火するA産業』

 K産業にはこのような文を書いた。

『そっちが放火するならこちらはおたくの社員食堂の入荷する食材に猛毒を入れるK産業』と。

 怪文書を読んだ二人の社長は先手必勝を狙ったが、身に覚えのない猛毒の怪文書を送ったライバル企業から連絡を受けたA産業の社長の猛毒攻撃の方が一足早かった。

 毒入り料理を相手の大ぼらと思い食べた社員たちだったが、二人が本当に裏ルートから、入荷した毒を本当に入れていたためK産業の社員は全員死んだ。

 もう一つの産業は全焼して跡形も無くなったのち、どちらの会社の者も全員仲良く社長含めて息絶えたのだった。

 アイちゃんノックンは両社への復讐を完遂したのである。

 この事件の犯人の手がかりは見つからず、未解決事件として歴史に名を残すこととなった。

 二人は人類を滅し、容姿も内面も卓越したロボット人間だけの世界を作ることを目標とした計画の一歩を踏み出したのであった。

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