後編
数日後。
俺はバイト帰りの日課であるカリフの施設にタバコの吸い殻を投げつける行為を今日はしなかった。
バイトの休憩中に衝撃的なニュースを観たからだ。
好きなアニメーション制作会社が精神障害者によって放火されるという事件が起きたのだ。
数十人のアニメーターや監督、制作スタッフ達が死んだ。
小学五年生の頃、深夜アニメにハマるきっかけとなった作品「はぴ☆すた」や「涼森ハルカの鬱屈」等を制作していた会社だった。
犯人の動機は自身が書いた小説と似たシーンがアニメで放映されパクられたと思い込み腹が立ったためらしい。
俺は色々な意味でショックだった。
俺の大好きな作品、俺自身の青春そのものだったアニメの制作会社の人達が大勢亡くなってしまった事。
精神疾患について理解があるので犯人を責めるどころか同情してしまう事。
様々な悲しさが込み上げ激情で頭が混乱した。
こんな気持ちになったのは東日本大震災の津波のニュースを観た時以来だ。
カリフの事などもうどうでもよかった。
家に帰った後はネットの反応をあえて観ずに、酒を飲みながらはぴ☆すたの第一話から第五話まで視聴した。
ボロボロと涙が溢れ出した。
こんな事は絶対に起こって欲しくなかった。
こんな事態があってはならない。
絶対に……絶対にだ………。
その日、俺は寝付くまでひたすら酒を飲み泣いた。
○
休日。
俺は部屋で考えあぐねいていた。
俺ももしこのまま社会に上手く適合できずに将来的に頭がおかしくなって精神疾患に罹りアニメ会社放火事件のような事をしでかすかもしれない。
それはとても悲しい事だ。
こういった弱者男性のジョーカー(社会不適合者が通り魔やテロリストになる事のネットスラング、映画の主人公が語源)化する可能性をなくしていきたい。
一介のフリーターには大それた社会変革だという事は重々承知している。
統計上五人に一人はなんらかの精神疾患になってしまう病んだ世の中で社会不適合者をなくす事など不可能だ。
社会不適合者は生涯フリーターで一生結婚できない子孫を残せない。
そんな俺のような弱者男性が、精神疾患を患う前、あるいは精神疾患が悪化する前に社会が放置している悪に対しテロを起こせば良いのだ。
社会が放置している悪とはカルト宗教、暴力団、半グレ、暴走族、非行少年達などを指す。
そうだ!
弱者が身を投げ打って悪を倒せば良いのだ。
俺はその悪を淘汰する弱者男性のモデルケースになれば良いのだ。
カリフ施設にアニメ会社放火事件と同じ手口でガソリンを撒き、テロリスト予備軍のカルト信者達を一人残らず殺めて俺も死ぬ。
最高の自殺だ!
○
最高の自殺は思いついても中々実行に移す勇気が湧かなかった。
俺には他にもう一つ大きな夢があった。
漫画家になりたい。
全世界をあっと驚かせるような凄い作品を作りたい。
そして世界中の人々に認められたい。
「進撃の刃」「世紀末アバンギャルドン」みたいなストーリーが深くて難解かつ、キャラも世界観も設定も緻密で魅力的で夢中になれる面白みのある作品を俺も作りたい。
俺はそんな素直な気持ちを生涯貫き通す意志を持っていた。
とりあえず俺はクリエイターになるため30ページ程のストーリー漫画の読切ネームを二本描いた。
一本目はSF漫画。SNSにアップロードしたら二人のプロ漫画家の目に留まりお褒めの返信を頂いた。
二本目はいじめをテーマにした鬱漫画。これもSNSにアップロードしたら200程のいいねがついた。
自身がついたので出版社のWeb持ち込みに片っ端から出したが誰も担当編集につく事もなく評価も芳しくなかった。
俺はクリエイターになる事を諦め再び酒に溺れる日々に戻った。
○
ビール、レモンチューハイ、ハイボール、日本酒、麦焼酎、ワイン、マッコリ、ウォッカ、テキーラ、ウイスキー、キューバリブレ、カシスオレンジ、カルアミルク、クーニャン、他カクテル等。
俺は毎日のように酒を飲み明かした。
今日の休日はエビスビアバーに行く事にした。
その前に大好きなアニメ「アイドルブカツドウ!」の劇場版を映画館に観に行って来た。
芸能学園卒業後の主人公達が飲み交わすシーンをスクリーンで観てつられて俺も無性に酒が飲みたくなってきた。
エビスビアバーのカウンター席で黒ビールを注文した。
ビールサーバーから注がれるきめ細やかな黒ビールの泡。
グラスに注がれている姿をカウンターから眺めているだけで口当たりのまろやかさが容易に想像できた。
黒ビールは案の定美味かった。
一緒に頼んだムール貝の蒸し焼きとガーリックトーストとシーフードアヒージョとの相性もバツグンだ。
黒ビールの次は普通のラガービール。
ゴクゴクゴクッ。
くぅ〜っ!
こちらも喉越しが最高だ。
追加でマルゲリータと赤ワインを注文し一緒に楽しんだ。
追加で燻製チーズも注文した。
当然、お会計は高くついた。
二軒目のはメイドがコンセプトのバー。いわゆるコンカフェ。
ここで2時間程キャストの女の子達とおしゃべりしながらレモンサワーを5杯ほどハイペースで飲んだ。
帰り際、トイレに駆け込み吐いた。
家に帰り酔いが醒めて空になった財布を見て「不毛な人生だな」と思い鬱になった。
○
二日酔いでのバイトから帰宅。
今日はなんだか鬱屈とした気分だった。
特に理由はない。
漠然とした将来への不安。
社会への悲観。
人生への諦観。
そんな感情に埋め尽くされていた。
こういう落ち込んだ気分の時はブルーハートの「ロクデナシの歌」という曲を流して聴いた。
この曲は「生まれついたからには生きてやる」という歌詞で締めくくられる。
WOW WOW〜
生まれついたからには生きてやる〜
生まれついたからには生きてやる〜
生まれついたからには生きてやる〜
生まれついたからには生きてやる〜
○
好きなDJが死んだ。
自殺だった。
AvijiiというDJだ。本名はティミー。活動名義の由来は阿鼻地獄。
彼の作るキレイな音のEDMのメロディと少し病んだ深い歌詞が大好きだった。
俺は訃報を聞いてからずっと悲しみに暮れていた。
翌日。俺はタトゥースタジオにいた。
Avijiiのアルバムジャケットのマークを左腕の内側に彫る事にした。
彫るデザインは横並びになった三角と四角だ。
施術料は12,000円
タトゥースタジオは飛び入りでも快く受け入れてくれてフレンドリーで良い雰囲気だった。
入店後のカウンセリングも自己紹介とハイタッチから始まり世間話を交えながら一緒にタバコを吸いスムーズに進んでいく。
タトゥーを彫るのは15分程度で終わった。
針が刺さり続けるのは痛かったけど、身体に刻んでいるという実感が沸いて良かった。
生まれて初めてのファーストタトゥーだ。
俺はいい気分になって店を出た。
早速、彫って貰ったタトゥーを見せびらかしたかったが今は長袖の季節だった。
それにまだラップをテープ止めして保護している最中だった。
彫った直後に撮ったタトゥーの画像は画像投稿型SNSのストーリー機能(24時間で投稿が消える)に投稿した。
20歳頃からタトゥーを入れてる友達から「いいじゃん」というコメントが来た。
Avijiiの死に対する悲しみが少し清算された気分になった。
○
今日も無益で孤独な日々が過ぎていく。
来年には25歳になってしまう。
親父がお袋と結婚して俺ができた年齢だ。
未だに彼女の一人もできた事のない、女友達すらいない現状に焦りを感じる。
しかし他人と関わる事、特に女性と関わるのが苦手だ。
そんな焦りと不甲斐なさを紛らわすため今日の休日はシーシャバーへ一人で行った。
平日なので空いている。
今日選んだフレーバーは店員さんおすすめのメロンとグァバのミックス。
店員さんが炭を起こし準備を進めている中、注文したビールをゴクゴクと飲む。
15分程度でシーシャ本体が来た。
コポコポッコポコポッ。
水面を震わせて大きく吸い込み、じっくりもくもくと煙を吐き出す。
優雅な休日だ。
こういうひと時がたまにあるのが幸せだ。
俺はKindleで芥川龍之介の「河童」。読みつつ、90分程シーシャを味わった。
街中から地下鉄で最寄り駅に降りる。
駅からアパートに帰る途中、カリフの施設を通りかかる。
近々お前らを倒してやるからな。
そう思いつつ俺は施設の出入り口に向けて中指を立てた。
○
家に帰ってから映画を観た。
ジャン・リック・ゴダーリュ監督の「勝手なピエロ」という昔のフランス映画だ。
主人公達カップルが車を盗んで暴走したりなど好き勝手暴れた挙句、最後はダイナマイトを身体に巻きつけて自殺するという内容だ。
俺もこんな破天荒な事をして人生を終えたいと思った。
○
次の休日。
今日は日曜日だった。
カリフ施設の前の路肩に右翼団体の街宣車が停まっていた。
右翼の活動家達が拡声器を使いカリフに立ち退いてほしいという旨の演説を声高に叫んでいた。
あんなのなんの効力もない。
活動家達の正義感が満たされるだけの自己満足に過ぎず、近隣住民に騒音被害をもたらしており迷惑だ。
でも街宣車で大音量で音楽をかけて街を走り回るのは楽しそうだ。
拡声器で大声で叫ぶのもストレス発散になりそう。
政治思想も近いし俺も活動家になろうかな。
そんな事を考えつつ街へ遊びに行くため地下鉄に乗った。
うぅっ!!?
地下鉄の車内で俺は急にパニックに陥った。
ふとある事が頭をよぎったのだ。
今、カリフの連中が毒薬テロを起こしたら俺や周りの乗客が死ぬ。
最高の自殺が成し遂げられないばかりか俺がカリフを対処しなかったせいで犠牲者を出してしまう。
最高の自殺を……今からでも実行に移さねば!
俺は最寄りから次の駅で降りて、走ってアパートに引き返し、犯行動機をかいつまんで書いたシナリオをスマホのメモ帳に書いてスクリーンショット画像をSNS投稿した。
タイトルは「最高の自殺〜弱者男性達達よ今こそ決起せよ〜」だ。
そして近所のコンビニで灯油2リットルを買った。
今は11月。北国だとコンビニで灯油を売っている。
俺はそのままカリフの施設の前に来た。
右翼の街宣車はもういなかった。
施設の建物には何ヶ所も監視カメラがついており不審な挙動を見せるとすぐに通報されてしまう。
俺は迅速に建物を囲うように灯油を撒いた。
そして破ったA4ノートの切れ端にライターで火をつけて灯油の上に燃えている紙片を落とした。
炎は一気に燃え盛り建物の外壁が炎で包まれた。
俺はしっかり建物が燃えているのを確認し近くの交番に向かって走り去っていった。
これで自首をして逮捕されて死刑になれば最高の自殺は成し遂げられる。
俺はこれまで感じた事のない高揚感と達成感を噛み締めつつ、走りながら雄叫びを上げ右の拳を掲げ飛び跳ねた。