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最高の自殺  作者: 今宮僕
1/2

前編


 今日も14時から22時までバイトだ。


 勤務先は歩いて10分のコンビニエンスストア。


 出勤前の俺、石川優樹は慌ただしい。なんせ起床時間が出勤30分前の13時30分なのだから。


 シャワーを浴びるので5分、ドライヤーで髪を乾かし、顔に化粧水と乳液をつけて、着替えて、歯を磨くなどで20分。


 その間、スマホのサブスク音楽サービスでマキシマム時雨の1番好きな曲「Crazy People!?」を聴きながら身支度を整える。


 バイト先まで激チャ(自転車で暴走運転をして)3分で(バイト先)に到着し、一服する。


 銘柄はセブンスター。


 5分かけてタバコを一本根元まで深く吸い込み、1分で着替えて、13時59分に出勤する。


 その後はダラダラと業務をこなす。


 俺は愛想も良くなければ要領も良くない。


 仕事の相方である30代後半既婚男性の副店長にも心を開いてないので多分、というか全くもってそうなんだけど暗い奴だと思われてる。


 俺は高校を出てから専門学校を中退して、一旦有料老人ホームの介護士になったが仕事量が多く、また仕事も覚えられず3ヶ月で辞めた。


 それ以来親も息子の就職を諦め、ずっと非正規雇用のコンビニバイトをしている。


  コンビニバイトも覚えなければならない事、やる事は多いがまともな人間なら1ヶ月で業務をこなせるようになる。


 俺は要領が悪いので仕事ができるようになるまで3ヶ月かかったが、それを咎めたり、無能だと罵ったり嘲笑したりする従業員は誰一人としていなかった。


 それだけ人手不足が深刻俺みたいな無能でも歓迎された。それは介護士の時も同様だった。


 16時30分から17時と19時30分から20時までは休憩時間。


 休憩時間中は廃棄の弁当やパンを食べながら、短文投稿型SNSのタイムラインを巡回する。


 相互にフォローし合っているフォロワーは皆アニメやゲーム好きのいわゆるオタクで女性との交際や性交渉の経験のない弱者男性であり異常独身男性(通称・イジョドク)だ。


 タイムラインは「バイトだるい」「女さんはバカ」「ま○こ」などの書き込みやアダルト向け二次元イラストの拡散投稿で埋め尽くされている。


 数百人の相互フォロワーのアカウントの人達とは実際に会った事はないが、普段の書き込みや返信のやりとりから社会から爪弾きにされている者同士だと察し合い、連帯感と結束感を日々、高め合っている。


 現実世界には仲間がいなくてもネット上には仲間がいる。


 20時を過ぎると独身サラリーマン達の帰宅ラッシュでレジが少し混み合う。


 その間は夕方シフトの男子大学生のバイトの子とひたすらレジ打ちをする。


 そして22時にバイトを終える。


 帰りは廃棄になった弁当、惣菜、スイーツを持ち、ゆっくりと帰る。


 その際いつもカルト新興宗教団体「カリフ」の施設の前を通りがかる。


 「カリフ」はオオトリ真理教の後継団体でオオトリ真理教は24年前、俺が生まれた年に鉄道の車内で毒薬を撒き散らし数十人を死亡させたテロを起こしている。


 教祖は巧妙なマインドコントロールの手口を使い高学歴の信者を洗脳し、毒薬を密造させたらしい。


 とにかく俺は卑劣で凶悪なテロ行為を行ったにも関わらず、今でも死刑になった教祖を崇拝し平然と布教活動を行い続けているこの団体の存在そのものが許せないのだ。


 だから俺は教団施設の入り口前にタバコの吸い殻を投げつけて帰る。


       ○


 家に帰ったらまずパソコンの画面の電源を入れる。パソコン本体は常にスリープモードにしてある。すぐに使えるように。


 動画投稿サイトを開き、好きなVtuber(バーチャル配信者)の配信、ないしはライブアーカイブを適当に流して観る。


 消費期限が切れゴミとなった食材を貪るように食い漁りながら、買い置きのよく冷えた第3のビールの缶のプルタブを「カシュッ」っと快音を鳴らし開けてグビグビと飲む。


 ゴクゴクゴク。ぷはぁっ。


 この最初の一口の喉越しが最高に気持ちがいい。


 廃棄の惣菜をつまみに酒を飲みつつ、タバコに火をつける。


 すうぅぅぅ。


 やはりタバコは夜に吸うのが美味い。


 タバコを吸いながらVtuberの配信動画をぼんやりと眺める。


 Vtuberは根暗で陰気な24歳独身ボロアパート暮らしな俺の唯一の心のオアシスだ。


 事務所に所属している企業勢の柊たまちゃん、ゆずのかずきちゃん、さかたにみおんちゃん、個人で活動している個人勢のきさらぎかのんちゃんなど可愛くて面白い配信者を片っ端から観る。


 最近のお気に入りの推しはひらがなこよりちゃんだ。


 こよりちゃんは企業勢で全女性Vtuber チャンネル登録者数ランキングで50番目くらいの人気だ。


 こよりちゃんの魅力はガワ(動くイラストの事)のデザインが人気イラストレーターのピラミッド先生で絵柄が今っぽいかつ可愛い。


 声も可愛いけどあざと過ぎず若干舌っ足らずでアニメ声なのに現実の女の子にいそうな声質で、アニメ、漫画、ゲーム、ネットスラングにも精通しているため話も面白く、企画も毎回ユーモラスで実験的なものが多い。


 魂(声の主)が話の内容から推定するにおそらく俺と近い年代なので、雑談配信などでエピソードトークを聴いていると、学生時代からこんな素敵な女友達がいて、今も楽しくおしゃべりしているような錯覚に陥るのだ。


 でもこよりちゃんは配信を見る事、イベントに行く事でしか会う事が出来ないバーチャルアイドル。


 だからあくまで推しだ。


 今日も推しが可愛くて幸せだ。そして推しと一緒に摂取する第3のビールが美味い。


 350ml缶を空にした俺はジャックダニエルの瓶を開け、ガラス製のシンプルなコップに50mlほど注ぎちびちび飲んだ。


 喉が焼ける感覚が気持ちよく、すんなりと酔いが回り、香りもいい。


 こよりちゃんの配信にコメントしつつ、ゆっくりとウイスキーを楽しむ。


 配信が終わると次はアニメ動画サイトへアクセスし女児向け作品「プリパレ」の最新話をコメント付きで視聴する。


 今週もキャラが可愛くて時折りカオスなノリでエッジが効いてて面白い。


 ウイスキーストレートが空になったので三杯目はハイボールを作りグビグビ飲む。


 アニメに集中しながらタバコに火をつける。帰宅してから連続で四本目。。そろそろタバコを吸うのをやめないとヤニクラを起こしてしまうのでこれ以上吸うのを控えた。


 今シーズンのプリパレはあと8話で終わってしまう。


 プリパレ含むプリティアイドルシリーズは次回作を打ち出してない。


 女児向けアニメの放送枠自体無くなってしまうらしい。


 アニメは主人公が親友アイドルを助ける佳境に入っていた。それでも随所にシュールなギャグとパロディ、オマージュを散りばめており、製作陣の遊び心が伺える。


 アニメを観終わったら、今度はスマホゲーム版プリパレのリズムアクションゲーム「プリフェス」を1時間ほどプレイした。


 酔いが醒めてきたのでバイト先よは別のコンビニへ行き、350ml缶のレモンチューハイとワンカップの日本酒と、ソフトさきいかを買った。


 帰り道、酒の入った状態で夜風に当たるのは気持ちいい。


 家に帰ったら5本目のタバコに火をつけて吸った。


 そしてワンカップの蓋を開けてグビグビと飲む。


 明日というかもう日を跨いだので今日のバイトは休みだ。


 心置きなく酒を飲める。


 酒が入ると自然とタバコも肺に深く入っていきセブンスターが美味く感じる。


 部屋は暗いけど画面の中で光る二次元の女の子達は可愛い。


 色鮮やかでいつもキラキラしている。


 心がドキドキワクワクしてときめいてしまう。


 酒とタバコと満腹感も相まって実に良い気分だ。


 スマホを開くと短文投稿型SNSのミーティング機能(グループ通話のような機能)で知り合いのフォロワーさんが他のユーザーと二、三人で喋っていた。


 他のユーザーさんとは喋った事ないがホスト(主催者)のフォロワーさんとは一回エンカウント(実際に会う)して飲みに行った事がある。


 普段は人見知りな俺だが酔った勢いでミーティングに参加して二時間程楽しくおしゃべりした。


 その間に缶チューハイを一本飲み干し、しめにカップラーメンを食べた。


 ミーティングが終わると明け方になってきたので、スマホでエロ漫画を読みながら自慰行為に耽り2回程射精して手を洗ってからそのまま寝た。


     ○


 目が覚めると昼過ぎだった。


 起床してから1時間程スマホで漫画を読んだ。


 あと数話で最終回を迎える「進撃の刃」の最新話だ。


 激動の展開だった。


 今まで俺が読んできた漫画の中で一番熱い作品かもしれない。


「進撃の刃」は今世界中で大ブームになっている。


 俺はこの作品を連載開始時の高校生の頃からずっと読み続けている。


 進撃の刃配信サイトの感想欄、最新話考察ブログ、考察動画も一通り読んだり観たりする。


 ああ。この漫画の作者はなんて才気溢れているんだ。


 俺もこんな面白い作品を作れるようになりたい。


 そう思った俺は早速机に座りA4ノートを開いた。


 せっかくの休日なので漫画のネームを書こうとした。


 壮大なオリジナルストーリーのプロットは思い浮かんでいる。


 しかし、だめだ。


 出版社の漫画雑誌編集部に持ち込めるレベルの50P程度読切に落とし込める事ができない。


 俺は結局ノートに好きなVtuberとアニメキャラ3、4体落書きをしてシャワーを浴びた。


 休日を無為に過ごしたくないので外出する事にした。


 コーデを整える。


 アウターは黒のスタジャン。インナーはグレーのフード付きスウェット地のパーカー。デニムはオーバーサイズの濃紺リーバイス505。腰回りが大きいので紐ベルトで縛る。スニーカーはグレーのエアジョーダン1。


 次に持ち物を揃える。


 リュックサックに村上春樹の文庫本とA4ノートと筆記用具。クリエイタープロ仕様の大型タブレット端末とタブレット用ペンシル。


 スマホはSNS用とゲーム用の2台持ち。ワイヤレスイヤホン。財布。タバコとライター。家の鍵。


 ヘアスタイルはストレートアイロンとオイルのみの王道黒髪ストレートマッシュ。


 香水はシャネル。腕時計はチープカシオ。アクセサリー類は面倒なので一切つけない。


 これで準備オッケー。


 アパートを出てスマホでプリパレの歴代オープニングを聴きながら地下鉄で街中へ行き、行きつけのタバコが吸える喫茶店へ入る。


 今日注文したストレートコーヒーはコロンビア。


 この間はグァテマラ。その前はキリマンジャロ。特に好きなのはブルーマウンテン。毎回都度色々な豆を試している。


 でもあまり冒険したくない時はコロンビアやブラジルなどの苦味とコクのあるものにしている。


 煎り方は中煎りから深煎りが好きだ。


 注文したコーヒーが来たらタバコと一緒に写真を撮り、SNSにアップロードする。


 ヤニとコーヒーとSNSのタイムラインだけが休日の俺の遊び相手だ。


 コーヒーを飲みながらA4ノートを広げて完成する事のないオリジナル漫画のプロットと設定を練る。


 俺を自己投影している主人公が小学生の頃好きだった子をモデルにしているヒロインAか高校の頃告白して振られた同級生をモデルにしているヒロインBどちらと結ばれる結末にしようか迷っている。


 1時間程度迷った挙句、2通りの結末のシナリオを作り未来の担当編集に委ねる事にした。


 その後はSNSのタイムラインを1時間程眺めて店を出た。



 そして、街中を一通り歩き回りつつウィンドウショッピングと人間観察をして別の喫煙可能な喫茶店に入った。


 この店ではマンデリンを注文した。


 コーヒーを楽しみつつ、タバコをふかし黄昏れる。


 ああ。毎日が休みだったらいいのに。


 でも金もないし、友達も少ないし、彼女もできた事がない。


 今日だって休みだけども結局SNSとオリジナル創作の妄想しかしていない。


 出会いが欲しい。


 マッチングアプリには趣味はカフェ巡りと自己紹介文に書いている女性とは沢山マッチするが(俺は一応イケメンの部類には入る程度の顔面偏差値だと自負している)、タバコの吸える喫茶店で美少女アニメの魅力しか話せないフリーター男に価値はない。


 二軒目の喫茶店では村上春樹の文庫本を100ページほど読んだ。


 羊を巡る冒険は何度読んでも面白い。


 他に好きな作家は中村文則、村田沙耶香、綿矢りさ、舞城王太郎辺りだ。


 俺は主に純文学を嗜む暗い男だ。


 喫茶店を出たら、アニメ系ショップを一通り見て、古本チェーン店で漫画と文庫本を3〜4冊買って、牛丼屋かラーメン屋か中華料理屋の定食を食べて家に帰りアニメとVtuberを観ながら酒を飲む。


 これが毎度の俺の休日ルーティンだ。


 家に帰り、今日はアニメでなく映画を観る事にした。


 観た作品は北川タケル監督の「3-4×8月」


 BGMの一切ない実験的な映画だ。


 俺はこの映画を既に3回観ている。


 冒頭は草野球のシーンで始まり、クライマックスにタンクローリーでヤクザの事務所に突っ込んで大炎上し主人公が死んだのかと思ったら、また冒頭と同様の草野球のシーンに戻るというオチ。


 ループオチなのか夢オチなのか考えさせられる結末。


 若者の狂気と衝動が入り混じりつつもどこか日常の呑気な雰囲気が漂うこの映画が俺は大好きだ。


 映画は国内での興行収入は散々だったらしいが海外での評価は今なおも高い。


 この作品は実はゲームの世界で一旦ゲームオーバーになってリセットされ再びゲームスタートという意味を孕んでいるという評論家の解釈もあるが、監督本人は「ラストをどうすればいいか分からなくなり投げやりに終わらせた」と語っている。


 俺は北川タケル監督のこの作品と「リターンキッズ」という二本を観ると今までの鬱屈した日々が一旦リセットされたかのような爽快な気分になる。


 明日からまた一歩踏み出していこうという前向きな気持ちになれる。


 しかし俺自身はまだ一歩も踏み出せていない。


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