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ヒューマンドラマ短編集

「コオロギ食べるの嫌がるなんて、昔の人って馬鹿だよなー」

作者: ミント

「……と、このように日本でコオロギ食が定着しはじめたのは2020年代後半になってからと言われています。当初は反発も大きく、昔の日本人は昆虫食そのものに抵抗を示し受け入れられるのにとても時間がかかりました」


 窓から差し込む日の光に、気だるい空気。どこかぼんやりと、疲労感を抱く四時間目の今。先生は教科書を片手に、そんなことをずっと話している。


「タンパク質が多く、その生産・管理も容易なコオロギ食は今では世界に幅広く親しまれています。けれど当時の日本人は『虫を食べる』という行為そのものに嫌悪感を示し、国や企業による陰謀論までもが唱えられていました……」


「昔の人って馬鹿だよなー」


 集中力が途切れ、授業を進めている先生本人ですら内心「早く給食の時間にならないかな」なんて考えるこの時間。クラスで一番のお調子者で、いつも明るく騒いでいる男子・椎野スズムが、退屈な授業の時間を切り裂くように、そんなことを言い出す。


「コオロギって安くて美味しいし、エビと大して変わんねーのにさ。それを嫌がってたなんて、もったいねーよなぁ。俺がその時の日本に言って、代わりにコオロギ食ってやりてぇよ」


「そうそう、ママも言ってた。食品添加物とか色素には昔から虫が使われていた、って。なのになんでコオロギは、そんなに嫌がられたんだろうねー」


 そう言葉を繋いだのは、学級委員長の松虫凛ちゃん。真面目な優等生、授業中も積極的に手を上げる彼女はさらに自分の知識を惜しみなく披露してみせる。


「だいたい、昔の人ってまだ科学があんまり発達していなかったから変なことばっかりしてたんだって。おしっこを煮詰めて金を作ろうとしたり、体にホクロがないのは魔女の印だって言って殺しちゃったり……中国の皇帝なんか、不老不死になりたくて水銀を飲んだ人までいるんだって」


 凛ちゃんの言葉に、クラスメートはどっと笑いだす。先生もまたそれを咎めることはなく、ただ苦笑してみせるばかりだ。


「うわぁ、なんでそんなことしてたんだろうね」

「信じられないや」

「本当、昔の人って馬鹿ばっかりだったんだろうねー」


 くすくす、嘲るような笑みが教室を囲む。その中で突如として、「あの」と声を上げる生徒がいた。




「昔の人が、コオロギを食べるのを嫌がったのはおかしいことじゃないと思います」




 立ち上がり、おどおどした様子でそう話すのは小木こころちゃんだった。


 こころちゃんは普段、教室の隅で本を読んでいるような大人しい女の子だ。そんな彼女が、席を立っていきなりそんなことを言い出したのに驚き教室は一瞬、静まり返る。


「えっと、その、他の国ではウサギや犬、カタツムリを食べるところがあるそうです。けれど、日本人が海藻を食べるのはおかしいと思われるらしくて……それに、その、コオロギを食べるのはまだ絶対に安全だとは言い切れないと思います!」


 やっとの思いで、そう言い切ったこころちゃん。しかし、そんな彼女の言葉にクラスメートは一斉に笑い転げた。


「何、言ってんだよ小木! コオロギなんてみんな食べてるし、給食にだって出てくるだろ? お前、コオロギが嫌いだからって嘘つくなよ!」


「で、でも、果物アレルギーとかアボカドアレルギーみたいに後から新しく見つかったアレルギーもあるらしくて……コ、コオロギだって、まだどんな危険性があるかわからない、ってお父さんが……」


 その言葉に、先生までもがぷっと吹き出す。


 こころちゃんのお父さんは反コオロギ食を掲げる、有名な料理研究家だ。もっとも、その扱いは「今なお似非科学を信じている変人」といったところでほとんどの人に鼻で笑われているのだが……顔を真っ赤にし、うつむくこころちゃんに先生は優しく諭すように声をかける。


「小木さん、コオロギ食の安全性は証明されているし好き嫌いはいけませんよ。今日の給食もコオロギが出るから、しっかり食べるようにね」


「もし小木が食えないなら、俺が代わりに全部食ってやるよー!」


 茶化すような椎野くんの声に、また教室が笑い声で包まれる。仕方なく、席についたこころちゃんだったがその目元には涙が滲んでいた。


 恥ずかしかった。悔しかった。みんなの前で馬鹿にされ、からかわれ。大好きな父親まで愚弄されたようで、こころちゃんはぎゅっと机の下で拳を握る。


『栄養豊富な僕をいっぱい食べてね!』


 教科書に描かれたコオロギのイラストは、満面の笑みを浮かべてそう口にしている。こころちゃんはそれに憤りを感じ、それをそっと鉛筆で塗りつぶしてしまうのだった。




 その日の給食はコオロギのから揚げにコオロギのスープ、コオロギパウダー入りのコッペパンだった。


「小木、お前が食えないなら俺が食っちゃうぞー?」


 言いながら椎野くんが、小木さんの唐揚げを一つ、ぱくっと食べてしまう。

 じゃりじゃり、咀嚼する音が耳障りだが小木さん以外はみんな笑うばかりだ。先生はそれを言葉だけ窘めてみせるが真剣な様子はどこにもない。ただ、みんなが喜々としてコオロギを食べる中でこころちゃんだけが箸を動かそうともせず――腹の虫がぐうぐう鳴るのをまた、同級生にからかわれてしまうのだった。






『日本史上最悪のアレルギー事故』

『給食に使用されたコオロギでアレルギー症状 児童数名が死亡、十数名が重症』

『「コオロギに含まれる成分の一部がアレルゲンとなる」米研究機関発表』

『コオロギ食 全面見直しを検討』




「……『昔の』人は馬鹿、か」


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― 新着の感想 ―
[良い点] いいね! 私も昨今のコオロギ食を問答無用で推されるのが気に入らないので、最後の展開が気に入った。 昆虫食は人それぞれ、選らばせて欲しいよ。
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